第43話 マジ凄くね?

「まさか如月さんと石橋が幼馴染みだったとは……」

 

 俺は教室に向かいながらブツブツと呟いた。

 途中まで一緒にいた石橋は、担任に捕まってプリントを運ばせるために職員室へ連行されていった。

 

 そう言えば……この前数学の課題やり忘れて怒られてたっけ。

 やっぱり課題とかそういうのはきちんとやるべきだな。

 1回だけ俺も忘れてて柚木さんに教えてもらったことがあったけど。


「おーはよ!」


 まるで計ったかのようなタイミングでやってきた柚木さんが、元気な声を出しながら俺の肩に手を置いてきた。


「おはよう柚木さん。昨日はありがとうね」

「ん~? 全然良いよ! 気にしないで!」

「そう? でも俺に教えてたら柚木さん、自分の勉強できないんじゃない?」

「そんなことないよ? 人に教えるって、めっちゃ復習になるし」

「そういうもんなのか……」


 正直に言ってあまり理解できなかった。

 そもそも他人に勉強を教えるほど俺は高い知能を持っていないので、当然と言えば当然である。


「ところで今日、お昼って予定ある感じ? 誰かと食べるとか」

「いや特に何も」

「じゃあウチらと一緒に食べよ! 勉強も教えられるし」

「それはありがたいけど……。『ウチら』ってことは柚木さんだけじゃないよね?」

「瑠奈がいるよ」

「俺がお邪魔しても大丈夫なの?」

「当ったり前じゃ~ん!」


 アハハと声に出して笑いながら俺の背中を叩く。

 前向きに考えている彼女とは裏腹に俺は少し不安が募っていた。


 入学当初よりは距離が縮まったとは思う。

 何ならお昼は一緒に食べたこともある。

 だが、それは状況が状況だったからだ。


 素直に話すと、如月さんが俺のことをどう思っているのか、まだよく分からないのだ。


「あ、瑠奈じゃん! おはよ~! 丁度良かった!」

 

 教室の前でタイミングよく出てきた如月さんに気づいた柚木さんが、テンション高めに声をかける。

 ……いややっぱりあれは通常運転か。


 俺からしてみたら大分テンション高く見えるが。


「おはよ恵奈。丁度良かったって何が?」

「今日の昼さ、清水君の一緒に食べて良い? ついでに勉強教えようと思って」

「清水?」


 名前を聞いた如月さんが俺の方を向く。

 さっき石橋に言われたからか、彼女の目がいつもより鋭いような気がした。


「いいよ。でもあたしにも教えてね」

「モチ! 任せて! マジで大船に乗ったつもりで!」

「頼りにしてる。恵奈が居なかったらあたし補習祭りだから」

「お祭りならウチも行きたい!」

「何で恵奈って頭良いのに時々馬鹿なの?」


 如月さんの口からナイフのような鋭いツッコミが放たれた。

 現に柚木さんは「あう!」と声を漏らして、わざとらしく胸を抑える。

 でもとりあえず俺が参加するのは大丈夫らしい。

 

 午前中の授業は現代文、世界史、体育という流れ。

 最初の2つを乗り越えれば何とかなるという感じだった。

 もちろん現代文と世界史は眠気と戦うことに必死だが。

 体育に関しては体育祭の時にリレーを走った影響か、周りからの評価が劇的に変わった。

 例えばサッカーやバスケはチームを作ることになる。

 今までは基本的に最後まで余り、仕方なく招かれるみたいな形だ。

 しかし最近は前半に呼ばれることが多い。

 正直に言って嬉しい。単純かもしれないが嬉しい。


 だから体育の授業が前よりも段違いに楽しいのだ。


「あ~! やっと昼だ~! 腹減った~」


 体育が終わり、グラウンドから校舎に戻る途中で隣を歩いている石橋が言う。

 ストレッチするように首や肩を回しながら。


「そうだな~」


 流れに乗ろと、俺も肩を回しながら石橋に同調する。


「あ、そう言えば清水。お前あれだろ? 如月と一緒に飯食うんだろ?」

「何で知ってるんだ?」

「さっきメッセ来た」


 と、体操着のズボンからスマホを取り出す石橋。


「お前スマホ持ったまま体育受けてたのかよ」


 そっちの方が印象強く思わずツッコんでしまった。


「俺レベルになれば、この程度朝飯前だぜ☆」

「微塵もカッコよくないからなー」

「んだよ、乗れよ!」

「お前にか? じゃあ乗るからしゃがんでくれ」

「そういうことじゃねえよ!」


 くだらない会話をしながら校舎に入ると、ちょうど体育館でやっていた女子たちも教室に戻るところだった。

 クラスが2つ分ということでかなりの人数がいるが、その中でも柚木さんを見つけるのは容易い。


 金髪という分かりやすい特徴と、その整った顔立ちに豊満な体。

 改めて見ると他の女子たちとは一線を画す存在だ。


「あ、清水君じゃん~」


 ジロジロ見ていたからか、彼女も俺に気が付いて笑顔で手を振ってきた。

 そのまま俺たちの方へと歩いてきて、右の手の甲を顔の近くまで上げる。


「凄くない?」


 謎のドヤ顔をかましながら柚木さんは言った。


 ……ん?


 何のことは分からなかった俺は数秒停止した後、再び彼女の右手に注目する。

 しかし何の変わらず色白で細い指が映るだけだ。

 いつもと変わらない箇所がどこなのか、俺には分からなかった。


「えっと……ごめん柚木さん。ちょっと分からな――」

「バスケやったのにネイル剥がれてないの。マジ凄くない?」


 ちょっと食い気味に説明をされた。

 言われてから改めて彼女の爪に注目すると、確かにピンク色のネイルが奇麗に残っている。


 なるほど。そういうことか。


 ここに来てようやく理解が追い付いた。


「マジで奇跡過ぎでしょこれ! 今日のネイルめっちゃ盛れたから絶対剥がれて欲しくなかったし! もう~! バスケやるって忘れててしまった~ってなったよね~」


 朝よりも数倍明るく、元気な声を出す柚木さん。


 内容についてはよく分からないけど、心底嬉しそうに楽しそうに話す彼女を見ていると俺まで幸せな気分になった。

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