第37話 彼女のお陰
「清水!」
とぼとぼとグラウンドの真ん中に向かって歩いていると、一足先に声をかけてきたのは足立だった。
「あの……俺――」
「お疲れ!」
謝罪をしようとしたが、先に俺の肩をポンを叩いて労いの言葉をかけてきた。
「え?」
予想外の優しい態度に思わず力が抜ける。
足立の顔をみると、首を傾げながら俺のことを不思議そうに見てきた。
「どうした?」
「あ、いや……えっと……。責めて来ないのか?」
「責める? 何でだよ」
「いやだって。俺のせいで2位になったし……。これじゃ優勝も――アダっ!」
強烈なデコピンを食らって思わず後ろに下がる。
「何するんだよ!」
そう叫ぶと、足立はデコピンを放った方の手を雑に振りながら言ってきた。
「あのな……。さすがにそれは自意識過剰過ぎるだろ。お前が全部の責任を負ってると思うのか?」
「そ、そうじゃねえよ! 別に自意識過剰ってわけでもないし! でもあそこの場面はどう考えても……」
「だからそれが自意識過剰だって言ってるんだよ。それとも手でも抜いたのか? わざと負けたりしたのか?」
「そんなことしてねえよ! するわけないだろ」
「じゃあそれでいいじゃねえか」
「……え?」
「全力を尽くして走った。手を抜かずに、本気でやりつくした。それなら文句を言う奴居ねえよ」
「足立……」
「まずは2位でゴールしたことを喜ぼうぜ。悔しがるのはその後でも遅くないだろ」
そう言いながら背中を向け、頭の後ろで腕を組みながら歩いていく。
もう俺の頭には『謝らないと』という思考は無かった。
罪悪感の代わりに募ったのは悔しさという感情。
でも心の晴れやかさは段違いだ。
うまく言えないけど、変にこびりついたヘドロが取れたような感覚。
「水っち~。1年生は退場だって~」
「あ、うん」
澤田さんに呼ばれて小走りで他のメンバーに追い付く。
俺が皆に追い付くと、気づいた各々が温かい声をかけてくれた。
「お疲れ清水」
「水っちお疲れ様~」
「おつー」
「お、お疲れ様!」
「……お疲れ様。あ、ビワ食べる?」
「皆ありがとう。皆こそお疲れ様。……あと、何で烏野さんはビワ持ってるの?」
「……分かんない。でもポケットにあったから」
「いつの?」
「……さあ?」
ええ……何それ怖。
相変わらずの眠たげの目を向けながら首を傾げる。
リレーメンバーとなってから関わりは増えたけど、未だに烏野さんだけは本当に全く掴めない。
実は最初の頃は何を考えているのか理解しようとしたが、石橋と澤田さんに止められたことがある。
あの2人でも分からないのだから俺が分かるはずもないのだ。
「……大丈夫か?」
突如、隣にやってきた大塚が心配そうに聞いて来た。
「大塚もお疲れ。大丈夫かって何がだ?」
「お前の胸筋がいつもより傷ついている。走っただけではそこまでにはならないはずだ」
鋭い指摘が飛んできて思わず歩く足を止める。
すると同じように大塚も足を止め、言葉を続けてきた。
「お前が1位を抜かそうとしたとき、不自然に減速したように見えた。……まさかその胸筋と関係があるのか?」
思いの外勘が良い。
筋肉を理解し尽している大塚だからこその着眼点なのだろう。
別に隠すことでもない。
だから俺は歩くのを再開してから大塚に説明した。
「抜く瞬間にさ、相手の肘が胸に当たったんだよ」
「肘?」
「そ、こうやって」
自分の肘を使って起きたことを再現する。
「故意かどうか分かんないからさ。別に言わなかったんだ」
「……そうか」
「もっと外側を走れば防げたのかな……」
ボソッと小さな声で呟いた。
何を言っても後の祭り……タラレバでしかない。
でも言うのを抑えきれなかった。
肘が当たったことを公言していないのだからこれくらい言ってもいいだろう。
「ね~。最後に皆で写真撮ろうよ」
「お! 良いじゃんそれ!」
「撮ろう撮ろう! おーい! 大塚と清水も早く来いよ」
ちょっと先を歩いていた石橋たちが手を振りながら叫ぶ。
俺は隣にいる大塚の方を向きながら
「行くか俺たちも」
「ああ。俺たちの筋肉をしっかりと記録に残さないとな」
「服は脱ぐなよ?」
「安心しろ。ズボンは履く」
「しれっと上脱ごうとするんじゃねえよ」
そんな馬鹿みたいな会話をしながら皆の元へ小走りする。
柚木さんが推薦して参加することになったリレー。
最初は俺なんか相応しくないと思っていた。
正直に言って、今でもちょっと分不相応だとは思っている。
でも……それでもいい。
俺以外の人がここに居て良いって思って、そう言ってくれたから。
完全に自分の気持ちや考えが変わるわけではないが、それが分かっただけで嬉しくなる。
入学当初の俺ならきっとあり得なかった未来だろう。
それもこれも全部彼女のお陰。
あの日、彼女がシャワーを借りに来た日から俺の高校生活は変わった。
またお礼を言いまくって困らせてやろう。
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