第34話 応援

 大塚の口からとんでもないことが吐き出され、俺は思わず硬直してしまった。

 足立にも同じことを言われたことがある。

 しかしそれはあいつが柚木さんのことが好きで注目していたから感じたこと。

 女子特有の察知能力なのかもしれないが、それでもここまで周りに知られているのは……。


「……どうした清水。黙り込んで」

「え、あ、いや……。何でもない。ま、まあ俺と柚木さんが付き合ってるとかは無いから」

「そうなのか?」

「うん……」


 真実だ。

 嘘なんて一切ついていない。

 俺と柚木さんは付き合っていない。


 なのに。

 それなのに。


 どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。

 キュッと締め付けられて、呼吸が苦しい。


 すると大塚が俺の肩に手を置きながら言ってきた。


「お前の筋肉が萎んでいるぞ。やはりまだ筋肉が足りてないんじゃないのか? 強靭な肉体は強靭な精神を作る。つまり筋トレすれば全て上手く行くということだ!」


 独自の筋肉理論を展開してくる。

 普段なら暑苦しいとか、やかましいとか思ってしまうかもしれない。

 でも今の俺はそんな大塚の筋肉馬鹿なところに救われていた。


「じゃあ今度筋トレ教えてくれよ」


 そう言うと大塚は途端に目を輝かせる。


「む! それでこそ清水! お前だ! 心の……いや、筋肉の友だ! 略して筋友だ!」

「やめろそれは! 何か金玉みたいだろうが!」

「そうか? 良い略語だと思ったんだが」


『――続いての競技は借り物競争です。出場する生徒は、入場口にお集まりください』


 グラウンドにアナウンスが流れる。

 いよいよ午後の競技がスタートだ。


「借り物競争……。確か柚木が出るのではなかったか?」

「そうそう。運動苦手らしいから」


 個人的には運動が得意な印象があったので、打ち明けられた時は結構な衝撃だった。


「む……。つまり柚木も筋肉が足りてないということか……」

「筋友にしようとするなよ?」

「なぜ分かった? 清水お前、エスパーの類なのか?」

「流れ的に誰でも分かるわ! ってか、本当にしようとしてたのかよ!」

「1人でも多くの筋肉を救い、そして生み出したいからな」

「筋肉を『人』で換算するの止めろよ」


 ツッコミを入れながらこの場に居ない澤田さんに心底同情した。

 ……本当に、本当に大変なんだろうな。


『――それでは借り物競争スタートです』


「柚木ぃぃ! ファイトだぁぁぁぁ!」


 アナウンスと共に雷管が響く。

 そして隣の大塚が耳が破裂しそうなほど大きな声援を上げた。

 同時に応援席にいたクラスメイトたちも気づいて、柚木さんのことを応援し始める。

 午前中よりもさらに熱気と活気が増したグラウンドは、多くの応援の声で溢れていた。


「お前は応援しないのか?」

「え、あ……。え~っと……」


 口をモゴモゴさせながら迷っていた。

 もちろん応援したくないわけじゃない。

 むしろ気持ちだけなら誰にも負けない自信はある。


「応援は力になるぞ。お前もスポーツやってたなら分かるだろ」


 そう言われ、俺はハッとする。

 そして……。


「柚木さーん! 頑張れ~!」


 大声で彼女のことを応援した。

 いきなり大きな声を出したせいか喉が少し痛い。

 本人に聞こえたかどうかは分からない。

 でもどこか晴れやかな気分になっていた。

 

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