第20話 イチゴ柄の絆創膏
――それは突然の出来事。
柚木さんが作った美味しい夕飯を食べて、お皿を洗っている時のことだった。
パリンッと音と見事に砕けた俺の茶碗。
「あっ」
声を上げた時にはもう遅かった。
割れた茶碗が元に戻るようなことはない。
とりあえず破片を拾おうとした時、ドタドタと足音を立てながら柚木さんがやってきた。
「大丈夫⁉ 割った⁉」
「あ~。ちょっと手が滑って……。でも大丈夫、俺の茶碗だから」
そう言いながら破片を拾う。
家で割った時に「危ないから触っちゃダメよ!」と母親に止められた記憶を思い出す。
「大丈夫じゃないじゃん! 清水君血出てるって!」
「え?」
指差されたところを見ると、手の平の横の部分から少し血が垂れていた。
痛みが無かったので全く気付かなかった。
つまり傷口はかなり浅いということだろう。
「早く手当てしないとダメじゃん! 絆創膏は?」
「そんなものはない!」
「そんな自信満々に言わないで! もう何でないの! マジであり得ないんだけど!」
ちょっと怒ったような口調で言い放ち、隣にやってきた柚木さんが腕を掴んできた。
「とりあえず早く水で洗って! そしたらティッシュで止血して! ウチから絆創膏持ってくるから」
「え、あ、お、おう……」
「返事ははい!」
「はい!」
いつもの彼女よりも迫力を感じ、俺は大きく返事をして言われた通り傷口を水で洗う。
傷口が水で染みて少々の痛みが走る。
その間に柚木さんは絆創膏を取りに家を出て行った。
数十秒ほど水で流した後、数枚ティッシュを取って傷口を抑えながら座って待つ。
こうやって目に見えて怪我をするのは久しぶりだ。
そもそも自分でご飯を作ることもなかったので、食器洗いというものしていなかった。
小さなことかもしれないけど、こういうところで変化というのを感じることがある。
買い物をしている時とか、メッセージのやり取りをしている時とか、今日みたいに一緒に帰っている時とか。
入学の時の自分と今の自分が同じ人間であることが不思議なくらい、日常が変わっている。
でも俺自身が変わったという自覚がない。
だからこそやっぱり不安も募る。
――いったい、いつまでこんな日常が続くのだろうかと。
急に1人になったせいか、ネガティブな思考の進みが良かった。
……課題の進みもこのくらい早ければいいのに。
そんなことを思っていると、再びドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「お待たせ清水君! はい、手出して!」
駆け寄ってきた柚木さんが絆創膏を片手に持ちながら言ってきた。
「いやいや、自分でつけるよ」
「それじゃ綺麗に貼れないかもしれないっしょ! ウチがやってあげるから早く!」
「でも……」
「怪我人なんだから文句言わない」
これは絶対に引き下がらないな。
そう予感した俺は大人しく切った左手を差し出した。
柚木さんは包むように俺の手に触れてティッシュを取る。
触られた瞬間にちょっとドキッとしたのは本人にはバレないよう平然としておく。
しかし意識しないようにと思えば思うほど敏感になるものである。
どうして俺の五感はこんなにもあまのじゃくなのだろうか。
柚木さんの手は柔らかくて温かい。手入れもしっかりとしているのだろう。
水仕事もしているはずなのに、とてもすべすべだ。
でもとても小さくて細い。
ギュッと強く握ったら簡単に折れてしまいそうなほど華奢だ。
こうやって半ば強引に治療する時は男らしいとか考えたりするけど、改めて体に触れるとめちゃくちゃ女の子だ。
……当たり前か。
「よしっ! できたよ!」
「ありがとう柚木さん。これからは気を付けて――」
お礼を言いながら視線を左手に下げ、俺は言葉を失った。
だってそこには太くてごつい手には似つかわしくないイチゴ柄の絆創膏があったから。
「なにこの絆創膏!」
「可愛いっしょ! それイチゴの匂いするんだよ。嗅いでみて」
「……ほんとだ。凄い」
「でっしょ~。ウチのお気に入りなんだよね~」
「いやそうじゃなくて! 明らかに似合わないでしょ!」
俺にイチゴ柄の絆創膏なんてプロ棋士がタピオカ屋に並んでるくらいのシュールだ。
「別に良いじゃん~。大丈夫大丈夫似合ってるよ」
「似合ってるか……?」
「それにほら」
突然柚木さんがパジャマをたくし上げて、無防備な足を見せてきた。
「ウチもここに貼ってるからおソロでいいじゃん」
屈託のない笑顔を浮かべながら柚木さんはピースをする。
それを見た途端、さっきまで騒いでいた自分が途端に恥ずかしくなる。
俺はなぜ絆創膏1枚でここまで躍起になっていたのだろうか。
たまにある。自分でも分からないところでスイッチが入る時が。
これがコントールできればいいのに。
「……お揃いか」
1番最初のそれがまさか絆創膏とは思わなかったけど。
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