第12話 違う未来(柚木視点)

 隣に同じクラスの男子が住んでいるのに気づいたのは入学して1週間くらい経った時。

 学校にも慣れ初めて、仲良くなったクラスメイトたちと一緒にファミレスに行った帰り。

 家に入ろうとするところでばったり目が合った。

 その時はまだやっぱり『男の人』っていう存在が怖くて、ウチはそこで立ち尽くしちゃったんだけど。

 彼は軽く頭を下げて家の中に入っていった。

 傍から見たら不愛想とか、態度が悪いって思うかも。

 でもウチにとっては『興味ない』っていう雰囲気を出してくれたのがすっごく楽だった。

 クラスの男子たちはウチのことを見る目に何やら下心みたいなのが透けて見えたけど、彼にはそれが全くなかったから。


それから少し彼のことが気になった。

お隣に住んでるし、もしかしたら話す機会もあるかもしれない。

バレないよう学校でチラッと様子を伺ってみたりして。


……けど、正直に言って彼のことはよく分からなかった。


 誰に対しても付かず離れずみたいな距離で接してて、人当たりが悪いわけじゃないけど『友達』を意図的に作ってないような感じ。

 人と関わるのが好きじゃないのかなとか思ってたけど、ごみ捨てとか椅子運びとか他の人がやりたがらないことを率先してやったりして。

 喋ったことは無いけど根は優しくて人想いなんだなって思った。

 話すチャンスは一向に来ないけど。

 そう思ってた矢先、急な雨で服も体もびしょ濡れになっちゃって、家に帰ってシャワーを使おうとしても給湯器が壊れて水しか出ない。

 ほんとにこの世の終わりだと思った。

 寒いし雨で気持ち悪くて汚いし。

 冷水を浴びようと思ったけど、風邪とか引いたらもっとめんどくさい。

 だから彼にシャワーを借りようとお願いしにいった。

 今考えると結構軽率だったと思う。

 でもあの時はとにかく『シャワー浴びたい』で頭がいっぱになっちゃってたんだと思う。

 ずっとその頭のままなら良かったのに、インターフォンを押してから急に冷静になっちゃって。


「どうしよ! どうしよ!」


 ドアの前で迷惑にならない程度に地団駄を踏む。

 どんなに焦ってももう遅いんだけど。

 だってもうインターフォンを押しちゃったし。なんか中からガタガタ音聞こえてくるし。

 やがてドアが開いて戸惑いの目をしながら清水君が出てきた。

 ウチが来たのに対してめっちゃ焦ってるみたい。

 ま、急に話したこともないクラスメイトが尋ねてきたらびっくりするよね。

 でもここまで来ちゃったら引くわけにもいかないじゃん。


「あのさ……シャワー貸してくれない? 給湯器が壊れちゃったらしくて、お湯が出なくて……」


 もうちょっと自然に言えると思ったけど無理だった。

 いきなり申し訳ないし、それに恥ずかしいし。


「え?」


 清水君も困った声を出してる。

 向こうの返事を待とうと思って喋らないようにしてたけど、沈黙が気まずくてつい我慢できなかった。


「やっぱり……ちょい厳しい感じ……?」


 断られても仕方ない。

 むしろ断られる前提で言ったつもりだった。

 でも清水君はハッとした顔をして全力で手を仰ぐ。


「いや、いや、そうじゃないよ! いきなりだったから驚いただけで……。うん。俺の家のシャワーで良いなら大丈夫だよ」


 ウチの無理なお願いを彼が受け入れてくれて生活がちょっとだけ変わった。

 給湯器が直るまでっていう短い期間だけど、今まで全然関わりが無かったクラスメイト兼お隣さんと一緒にいる機会が劇的に増えた。

 お礼に作った晩御飯とかも喜んで食べてくれたりして。

 最初は気にしてない素振りをしていたのに、お風呂上りのウチのことを見てちょっと顔を赤くして。

 でも必死に邪な気持ちを出さないようにしてて。

 とにかくウチにすっごい気を遣ってくれているのが分かった。

 今まで抱いていた男の人への恐怖心なんかもいつの間にか清水君相手には無くなって、とても楽しかった。


「……もし……さ、無理してるだったら来なくても大丈夫だよ。もちろんシャワーは引き続き借りてもいいし。でも夕飯作ってくれたりとかは……もう……」


 だから清水君の口からそんなことを言われた時はショックよりも罪悪感の方が強かった。


 ウチがちゃんと説明できなくてごめんね……。

 そんなことを言わせてごめんね……。


「ウチが来るの迷惑だった……ね」


 彼にそんなことを言わせるウチはもう、ここに来る資格はない。


「ごめんね、気づかなくて」


 そしてウチはそのまま部屋を出て行った。

 ああ……。何で……。

 ウチはもっと一緒に居たかったのに。

 素直にそう言えたら未来は違ったのかな。

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