第8話 エルフと侍
出発は明日の朝からだ。
湯で綺麗に体を拭いた後、俺たちは星空を見上げながら、束の間の休息をとった。
「ねぇ。シゲンさんは何歳なの?」
「四十三歳だ。おまえは?」
「二十四歳だよ」
「え!? お、おまえ、そんな歳なのか!?」
「エルフ族は寿命が長いからね。人間でいえば半分くらいの年齢かな。エルフ族は三十歳で成人になるの」
二十四歳の半分で、十二歳。なるほど、やっぱり子供だな。
エラリアは頬を赤らめて、少し照れたように言った。
「で、でも、一応ね……。最近、子供が産めるようになったんだ……」
……初潮の話だろうか?
気まずい沈黙が流れる。深く掘り下げないでおこう。
「シゲンさんはどこの国の人なの?」
「ロントメルダ領が故郷かな」
本当は日本なんだが、言ったところで話は通じないだろう。それに、トラブルを避けるためにも、日本の話は極力しないようにしている。
「シゲンさんって、変わってるね……。武器とか料理が、全然見たことないもの」
「んー。これは俺だけだよ。他の人はもっとそれらしい」
「……変わってるな」
「そうか? 俺だってエルフは変わってると思うけどな」
「フフフ。そういう変わってるじゃなくて……」
と、俺に身を寄せた。
「おいおい」
俺の困惑をよそに、彼女はそのまま眠りについてしまった。
まあ、二十四歳でも、俺からしたら子供みたいなもんか……。
翌日。
俺は夜明け前から起きて、愛刀を手に素振りを始めた。
汗を流し、体をほぐす修練を兼ねているので、基本である三挙動を徹底する。刀を振りかぶり、下ろすまでの動作を三つに区切り、全身の神経を研ぎ澄ませて繰り返すのだ。
阿、吽、
身体中が温まり、大粒の汗が舞い散る。その汗粒を刀で斬ることが理想である。
これぞ阿吽神影流。修練の型。汗斬り。
これ、我が剣術の極意なり。
と、師匠は言っていたっけ。
「ふぅ……」
二百回の素振りが終わった頃には、東の空が白み始めていた。寝床に戻ると、エラリアが目を覚ましていた。
「シゲンさん、おはよー」
「おう。おはよう。すぐ朝飯作るな」
「大丈夫。もう作っておいたから」
そう言って、彼女は木の椀を渡してくれる。その中には、温かい木の実のスープが入っていた。飲んでみると、口当たりが良くて優しい味がした。
「うん。美味いな」
「よかった……」
エラリアは気の利く子だな。
「毎日やってるの? 素振り」
「ああ。日課だな」
「だから強いんだね」
「日々の研鑽を驕ることなく続ける。それが阿吽神影流」
エラリアは大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「すごい……。なんだか崇高だね」
剣術が身を守ってくれるのは確かだ。この世界は、モンスターや盗賊が存在する。腕を磨くことを忘れてはいけない。
「俺は、もっと強くなりたいんだ」
そうすれば、たくさんの厄災から身を守ることができるからな。
「シゲンさんは魔力は使えないの?」
「ああ。俺は刀一本だ」
「修練を積めば使えるかも……」
「エラリアは使えるのか?」
彼女は小さく首を横に振った。
「私ができるのは魔力感知だけ。魔力を持っている者が近くにいればそれを察することができるの」
「へぇ。便利じゃないか」
「こんなのはエルフなら誰でもできると思う。エルフの国では、魔力操作は成人してからと決まってるの。でも、シゲンさんならできると思う」
魔力……。この世界には魔力を使った魔法が存在するらしい。
ヒラキ村には魔法を使える者はいなかったからな。
魔力操作と言われてもよくわからない。
しかし、興味がないわけじゃないんだ。
「教えてくれる人がいれば、修練してもいいんだがな」
「いるよ! ファランシアなら魔法使いの先生がいる!」
「へぇ……」
「私を送り届けてくれたら、お願いしてみるよ! シゲンさんは命の恩人だもん!」
「ほぉ……。魔力の修練か……面白そうだな」
これは、彼女を送り届ける楽しみができたな。もしかしたら、新しい阿吽神影流が誕生するかもしれない。
あ、そうそう。出発する前にこれを彼女に渡しておきたい。
「この金は、おまえが使った方がいいだろう」
と、コズン金貨の入った袋を地面に置く。
「どういうこと?」
「奴隷商が持っていた金だよ」
一応、死体は埋めてやったんだ。
その時に所持金だけは埋没料としてもらっといた。
でも、俺が使うのは違うと思うんだよな。
「あいつらが死んだのは非人道な行為の末路だと思っている。犠牲者であるおまえが使った方が、あいつらも浮かばれるさ」
全部で五万コズンある。
これだけあれば少しはマシな装備が買えるだろう。
そんなことを考えていると、エラリアは首を横に振った。
「そのお金は、シゲンさんの旅の資金にして欲しい」
「いや、しかし……」
「ううん。いいの! シゲンさんが使って! 私を助けてくれたんだから、そのお金を使うのはシゲンさんだよ」
命を助けてもらったことに気を遣っているのか……。
だがな。彼女に酷いことをしたのは人間の大人なのさ。
俺が奴隷商の罪を償うってのはおかしな話だが、大人を代表して、彼女の心の傷を癒す責任があるように感じるんだ。
エラリアと初めて会った時、彼女は酷く怯えていた。
きっと、人間の大人にトラウマを抱いたのだろう。
誘拐なんかされたらそうなるに決まっている。
「この金はエラリアが使った方がいいと思う。酷い目に遭ったが、この金で人生を取り戻してくれ」
「……ありがとうシゲンさん」
そう言って彼女は金貨の入った小袋を引き取った。
うん。これでいいんだ。
と、思ったのも束の間。
彼女はその小袋を俺の前に差し出した。
そして、大きな声を張り上げた。
「シゲンさん!」
「な、なんだ?」
「私に、剣を教えて欲しい!」
え……?
「このお金は入門料……。私は強くなりたい。どうか私を弟子にしてください!」
いや、人生を取り戻すって、そんな使い方か?
エラリアはまっすぐに俺のことを見つめていた。
この表情は……。友達を助けたいって顔だな。
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