第9話 弟子と修行と味噌汁と

 エラリアは、金貨の入った小袋を差し出し、決意に満ちた表情で深々と頭を下げた。


「このお金で、どうか、弟子にしてください!」


 うーーむ。


「そう言われてもなぁ……」


 女の子に剣術を教えるのは初めてではないが、エルフの少女はどう扱っていいかわからん。なにより、戦いの道に進むことは危険でもあるのだ。


 彼女はぎゅっと拳を握り、ぶるぶると体を震わせた。


「私はもっと強くなりたい! もっと強ければ、奴隷商になんか捕まらなかった。友達だって、救うことができたんだ……! このお金はそのために使いたい!」


 その目は真剣そのものだった。

 たしかに、弱さは悲しみを生む。彼女は、そのことを身をもって知ってしまったのだろう。


 俺は一瞬、迷ったが、彼女の純粋な思いに心を動かされた。

 俺は小袋を受け取る。


「分かった。引き受けよう。ただし、おまえをエルフの国に送り届ける間だけだ。それでいいか?」


 エラリアは少し寂しげな表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みへと変わる。


「うんっ! それでも嬉しい! ありがとう、シゲンさん! いや、シゲン先生!」


 こうして、俺はエラリアを弟子にして、神樹国ファランシアへ向かうことになった。


 森の中をしばらく歩くと、日は高く昇り、昼前となる。


「さて、昼食の前に食材を収穫しておこうか」


 俺はエラリアに、森で収穫できる食材について説明した。

 自然の中で自活する力を養うことも、修行の一環なのだ。


「これがネギだ。俺の料理はこれをよく使う」

「はい。わかりました!」

「ふふ。まぁ、そんなにかしこまらなくて良いよ。俺は剣術を教えるだけだからさ」

「えへへ。うん。わかった」


 彼女は嬉々として食材を探しに森へ入っていく。

 その間に、俺は手頃な木を削り、木剣を作ることにした。


 三十分ほどすると、茂みの中からエラリアが駆け出してくる。


「先生! ネギ、いっぱいあった!」

「おお!」

「あと、山芋とキノコ、木の実と薬草! たくさん採ってきたよ!」

「え……?」


 眼前には食材が山盛りである。

 ネギだけ見つけてくれれば良かったんだがな……こんな短時間で大量じゃないか。

 エルフ族は木の実や山菜を採るのが得意らしい。修行の一環どころか、普通に俺の生活が潤ってしまった。なんというか、優秀な人材を弟子にしてしまったな。


「昼飯の前に、剣術の稽古を始めるぞ。ほら、おまえの剣だ」


 俺は先ほど作ったばかりの木剣を渡した。


「わぁ! ありがとう!」

「まずは基本の三挙動からだ」


 俺は自ら手本を示す。

 まず一挙動で、木剣をまっすぐ振り上げた。


「これは静の心だ。精神を集中する」

「うん」


 二挙動は、呼吸と動きを一致させて打突の準備。

 三挙動で、力強く振り下ろす。


「これを阿、吽、破咤はたの順で繰り返す」


 すると、エラリアは俺の真似をして、「あ、うん、はたぁっ!」と声に出しながら素振りを始めた。


「気合いは心の中でいい。静かに念じるんだ」

「うん! 分かった!」

「背筋はまっすぐだ。顎を引いて、脇を締めろ」

「うん!」


 彼女は言われた通りに、静かに、しかし、力強く素振りを繰り返した。その真剣な眼差しは、間違いなく剣士のそれである。これなら覚えも早そうだ。


 まさか、エルフに阿吽神影流を教えることになるとは……。いやはや、人生とは分からないものだな。


 さて、彼女が素振りを繰り返している間に、俺は昼食の準備を始めるとしよう。食材はばっちり揃っているので、おいしい料理ができるだろうな。


 三十分ほどで、料理が完成した。


「エラリア。昼はここまでにしよう」


 彼女は、湯気の立つ椀を見て、目をランランと輝かせた。


「わぁ! お味噌汁だ!」

「今回はキノコ入りさ!」


 ふふふ。こうやって弟子に料理を作ってやるのは桔梗師匠がやってくれたことなんだ。

 まさか、俺も師匠と同じようになるとは思いもしなかったよ。

 俺は両手を合わせ、軽く頭を下げた。


「いただきます」


 エラリアはそれを見て、いそいそと真似をする。


「いたらきまふ」


 少し間違えているが、可愛らしいものだ。


「この仕草は俺の国では当たり前にやっていたことなんだ」

「へぇ……」

「食材を産んだ自然や、料理を作った人に感謝を伝える言葉だ」

「うわぁ! なんだか神秘的だね」


 そんな風に考えたことはなかったが……彼女に言われると、確かにそうかもしれないな。


「ハフハフ! 熱っ……。おいひい!」

「がっつくな。火傷するぞ」

「だって、美味しいんだもん! 夢中になっちゃうよ。この酸味とコクは、毎日食べても飽きない味だね」


 そうなんだよな。味噌汁は毎日食べても飽きない。

 味噌は偉大なのだ。


  *  *  *


 参謀のゴルガーは部下を連れてヒラキ村に訪れていた。


「ヒラキ村のみなさんにはご迷惑をおかけしました。これはそのお詫びの品です」


 彼は部下に命令して大きなかめを馬車の荷台から降ろした。

 瓶の中に入っているのは味噌である。

 ゴルガーの顔は嫌味満々。それでいて、どこか誇らしく自慢げであった。


(ククク……。さぁ、驚け。田舎者ども。最新の調味料だぞ)


 王都で暮らす彼にすれば、これは都会マウントなのである。

 この味噌をきっかけに村を利用することを考えるほどであった。

 しかし、彼の思惑とは裏腹に、村人の反応が悪かった。

 みな、瓶に入った味噌を見て平然としている。

 彼は察したように天をあおいで笑った。


「ハハハ! そうか……。そうですよね。大丈夫。これは食べ物なのですよ! 『み・そ』と言うのです。見たこともない食材に忌避感を表すのは当然でしたな。ははは。まぁ、一口食べれば、その美味さの虜になることでしょう。これはある食材を利用しているのですが、わかりますかなぁ?」


 村長は何食わぬ顔で答える。


「大豆じゃろ。発酵させて作るんじゃ」


 ゴルガーは目を丸くした。


「なに!? どうして知っているのだ!?」

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