【第2部】県道241号線 ―還ル森―【4話】
霧が晴れた瞬間、道が変わっていた。
さっきまで立っていた位置に戻ろうと数歩引いたのに、
背中に“木の幹”がぶつかった。
「……え?こんなところに木……?あった?」
由良が震えた声で言う。
南条がカメラを構えながら首を振った。
「いや……さっきは何もなかった。景色が……入れ替わってる?」
「入れ替わってる?だって停めた車はあそこに……あれ……あそこに……あれ……」
由良の指が震える。
私は息を飲んだ。
“森は動いている。”
霧島のノートにあった言葉が、
ゆっくりと脳内で形を取る。
そして思う。
――ここから戻れるのか?
その問いが、3人を個別に侵食し始めた。
南条が振り返った。
彼の表情が、普段の彼ではなかった。
何かを“見つけた”顔だ。
「……あの……何かがおかしい。楓さん……」
南条が足元を示した。
そこにあったのは、
“自分の足跡”だった。
だが。
三人分の足跡のうち、
楓の足跡だけが、戻る方向に向いている。
私たちはまだ戻っていないのに。
私だけが――
“先に戻った形跡”を残していた。
由良が涙目で言った。
「楓さん……これ、どういうこと……?」
私は答えられなかった。
心のどこかで、
“本当は戻ってきたことがあるのに、忘れているだけじゃないか”
そんな恐怖が喉までこみ上げる。
三人はまだ“同じ現実”に立っているのだろうか。
さらに進むと、聞き慣れた音が耳を打った。
ガン、ガン、ガン……
金属が叩かれる音――ガードレールの音。
南条が肩を震わせる。
「楓さん……これ、録音と同じリズムです……霧島さんの映像で鳴ってた……」
由良は耳を押さえた。 「違う……っ、これ……家の前の音に似てる……朝、新聞が来るとき……叩かれるみたいな……わかんない……!!」
二人とも別の“記憶”を重ねている。
それで気づいた。
この音は、三人それぞれに“違うもの”として聞こえている。
現実の共有が壊れ始めている。
南条が低く呟く。
「俺たち……同じ音を聞いていないのかもな」
突然、南条がカメラを下ろした。
「……楓さん、映像……見た方がいい」
画面には――
霧の向こうを歩く私の姿が映っていた。
“今の私”ではない。
髪が濡れ、服は泥だらけ。
顔は見えないほど暗い。
それでも私は気づいた。
歩き方。
肩のライン。
癖のような仕草。
確かに“私”だった。
南条が言う。
「……さっき回したばかりの映像ファイルです。
でも……これは ‘今’ 撮った映像じゃない。
少なくとも数分後 の楓さんです」
映像の中の私は、霧の奥へ消えていく。
由良が呟く。
「これ……私たち……帰ってるんですか?
それとも……もう帰った後の楓さん……?なに……?もうわかんないよ……」
私は声が出なかった。
それとも、戻ったのが“別の私”だったのか。
現実の層が重なる。
未来と現在が混ざる。
すると――
霧の中で、誰かがこちらを見ていた。
白い服。
長い髪。
顔は霧に覆われている。
霧島沙耶。
私は確信した。
声が聞こえる。
「……楓。まだ、走ってる……」
その言葉が風のない空気を震わせた瞬間、南条が叫んだ。
「来るっ!!!」
霧が、まるで“生き物の腕”のように伸びてきた。
南条が私の手を掴んだ。
「走れ!!戻るんだ!!」
由良も後ろで叫ぶ。
だが、私は分かってしまった。
南条の言う“戻る”出口は――
本当に私たちの戻るべき現実なのか?
“未来の楓”が歩いていった方向ではないか?
“霧島の影”が手招きした方向ではないか?
そして――
本当の私はどこにいるのか?
本当の私たちはどこにいるのか?
ここは元の場所なのか?
この問いが胸を抉った。
走る中で、ガードレールの音が爆発するように響く。
ガン、ガン、ガン!!
ガン、ガン、ガン!!
霧が裂ける。
出口が見えた。
だが――
その先に立っていたのは、
私の後ろ姿だった。
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