第90話 オーウェルの助言
十分に休息がとれたようで、オーウェルの声には張りが戻っていた。
「重責を果たしてくれた後で、また重要な任務を頼むのは申し訳ないが、教導国で教皇と今後のことを話してもらいたい」
はい、承知しましたとわかっていたのか即座に返事をすると、オーウェルは私に言った。
「閣下はどこまでをお望みなのでしょうか」
「その言い方は、まるで謎かけだな。君の立場はわかっているさ。ヒールランドの国民であるとともに、ギュンター教の司教だ。いわば蝙蝠のようなものだからな」
私は何とも言えない笑みを浮かべたオーウェルを見て言った。
「だが、それゆえ私は君を信用している」
「それはどういうことでしょうか」
オーウェルは私の言葉に意外な思いと共に、想定外の疑問を感じたようだった。
「正直なところ、どちらかを問えば君はギュンター教よりだ。だが、教導国とは一線を引いている。そこはヒールランドよりと考えているはずだ。そうなると、今回手に入れたケーキの切り分け方は、君に聞いた方がすんなりいくだろう。ちがうかな」
私はヒールランドの総統であり、教導国をにしてもギュンター教にしても、利用はしても味方とは思っていない、むしろ逆だ。
敵が真に求めることを理屈で考えても、実際のところは結局ヒールランドありき考えに過ぎない。
「閣下は正直なお方です。私はギュンター教を信仰しておりますが、そこに権力や富を求めてはおりません。今回のこともできれば避けるべき事案でしたが、エリーの国王は結局のところ、権力と富のためにギュンター教を利用しようとしました。それを私は止める手立てを講じただけなのです」
「面白い言い方をするな。教導国や教皇ではなく、君にとって最も守るべきはギュンター教だということだな。私にとっては、最も厄介な者だが、今回はそれが役に立つ。こういう言い方は気に入らないだろうが、私はあくまで施政者なのでな」
オーウェルはわかっております、というように一礼した。
「私は閣下を尊敬しております。なので率直にお話ししますが、エリー王国をどうしようとお考えなのでしょうか」
「そうだな、そこが問題だ。ギュンター教は現状通り、そこに手を貸すこともしないが、特権を与える気もない。その上でエリー王国とは軍事的な同盟を締結したいと考えている」
「それはエリー王国を属国にするということでしょうか」
「どうだろう、そこは考え次第だろう。まあ、エリー国軍とヒールランドの進駐軍の規模の割合によるし、新国王になる王子に政治的な制度に関する助言はするが、どう治めるかまでは口出しはしないつもりだ」
オーウェルは、それを属国と言わずに何を言うのかというように苦笑した。
「わかりました。ですが、そこは私がどうこう言うべきことではありません。しかし、それを教導国、いや教皇がどう受け止めるかは明らかです。昨日までギュンター義勇軍であったものが、今度は自分たちを監視する軍になるのと同じですから」
うーんと私はため息交じりに唸るしかなかった。
想像はできていたが、教皇の人となりを知っているオーウェルに言われると現実的に面倒臭さにうんざりする。
「何か懐柔策を考えねばなるまいな」
「そうですね。建前でも、ギュンター教を敵視する気はないというモノと、実効性がある信徒への賛同が得られるモノを用意する必要はあるでしょう」
そんなモノがあるとは到底思えないが、オーウェルに言われた以上、何か考えねばなるまい。
私は傍らで黙って話を聞いていたラプラスを見ると、予め各部局に指示を出しておいた教皇への飴に関する提案書を持ってくるように命じた。
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