父母代理サービス

井上磁

第1話父母代理サービス

前払いの10,000円60分コース

私は毎週金曜日の20時、父母代理サービスを利用する。


大学を出て間もない頃、性的な怪しいお店だという印象だったがどうやらそうではないらしい。

最近は大々的ではないもののネット広告でもよく見かけるようになり、以前見た時よりも利用し易いサービスとなっていた。


私は「そういう」サービスには関わらないで生きていく人間だという認識だったが、どうやら間違っていたようだ。

何だって私は母子家庭出身で昔から父親への憧れがあったのだ。

「父への憧れ」というのは私「あいか」の父の話ではなく、父そのものの概念だ。

あいか自身、本物の父を知らずに育ったためか、今まで知り合ってきた塾の先生や友達の歳の離れたお兄ちゃんを勝手に自己の理想の父親と重ねる節があったのだ。


それをあいかも自覚していた。


とにかく、その事実を思い出すことで私はこのサービスを利用する「既成事実」を作ったのだ。60分10,000円。決して安い金額ではないが、別に心が汚れる訳ではないし、相手を穢す訳ではない。レビューを見てみたところ評価も良いし、女性客もいるらしい。

それに、ホテル街にあると思っていたがそんなことなく、治安の良い土地に綺麗な「店」

がそこに建っていた。

気づけばその店の前に私が立ち尽くしていた。

「ぱっと見何のお店かわからない…。利用者の配慮が手厚い…?」

その配慮が欺瞞を主張する気もするが来てしまっては仕方がなく、ライトアップされた階段を登っていくと店のドアの前に到着した。


ドアの前には「父母代理サービス」「未成年以下、又は高校生は利用禁止」と書いてあるパンフレットが目につく。

一枚パンフレットを頂くや否や後ろに人がいないかを確認してから冷たいドアノブにそっと触れ、ドアを開ける。


建物自体は古いのかぎいっと音を立てる。

その音に気がついた受付の女性は柔和な笑顔で私を受け入れた。

「あ、20時に予約した谷本です。」

「はい。お待ちしておりました。初めてのご利用ですか?」

「あ、はいっ。」

「それでは身分証明書のご提示とこちらの問診票をご記入くださいませ。」

緊張が滲み出ていることはきっと相手にも伝わっているのだろう。自分でもわかるくらいに声が震えていたのだから。

あいかに問診票が手渡され、ソファに腰掛ける。

渡された問診票には

名前

性別

年齢

住所

電話番号

サービスをどこで知ったか

…とありふれた内容で安心したが裏に続きが書いてあった。

父母どちらを利用するか、また揃って利用するか。父母の年齢、見た目、声色、身長、シチュエーション、好きな食べ物、自己の年齢設定…などと細かい内容を記載しなければならなかった。

平気かな。大丈夫かな。「本当に“そういう”店なんじゃないか」と今更心配になる。

しかしよく用紙を見てみると右下に太文字で「父母代理サービスは、性的なサービスを一切行っておりません。もしそのような行為、またはそれに類する行為があった場合には、罰金の対象となり、以後のご利用をお断りさせていただきます。ご理解とご協力をお願い申し上げます。」と書かれてある。

そうね。そうだよね?と若干疑心暗鬼になるが問診票にはそう書いてあるので一旦安心することにした。

安堵のため息をつき受付に問診票を渡す。

「はい、確認が完了いたしました。初めてのご利用ということで、慣れない点もあるかと存じますが、お父様が丁寧にご案内いたしますので、どうぞご安心ください。それでは、7番のお部屋へお進みくださいませ。」

本当に始まってしまう。

支払いは既にしてあり後戻りはできない。

7番の部屋は…あの突き当たりのとこか、緊張する。私、気持ち悪くないか。人間として、倫理的に。

色々考えているうちに7番の部屋に着く。私は妙に静かな廊下が恐ろしく感じ、逃げ込むように部屋に入る。

数十歩歩いただけだというのに冷や汗をかいて床に座り込んでしまう。

その時ノックが3回聞こえ反射的に裏返った声で返事をしてしまう。

ゆっくりと開いたドアから40代半ばくらいの、眼鏡をかけ細身で、やや身長が高めの男性が手を広げてやって来た。

「あいか〜。久しぶりじゃないか。…元気だったか?」

「はいっ…あ、うん!元気!」

「よかった。よかった。ごめんなぁ。お父さん忙しくて全然帰れてなかったよな。もう1カ月ぶり?寂しい思いさせたね…。」

お父さんは申し訳なさそうに眉を下げて私に近寄る。

「ううん…!平気!」

「あ、そういえばあいか、お前高校に受かったんだって?しかも地元一番らしいじゃないか。お母さんから聞いたぞ〜。えらいなぁ。おめでとう!」

お父さんは私の頭をぽんと軽く撫でる。

「…!や、やめてよ。お父さん。私、もう…」

「高校生になるって言いたいのか?はは。お父さんからすればね、高校生も赤ちゃんのようなもんだよ?ほら、あいかも昨日までこんなにちっちゃかったんだから。」

そう言って両手で小さい輪っかを作る。

「嘘だよ〜。そんなの。へへ。」


あれ、何だろう。


「とりあえず、なんだ、来週の土日どっかいくか?動物園?水族館?」

「お父さん…子供扱いしすぎ!…私はお父さんと一緒にいたい。」

「そうかそうか。わかった。一緒にいようね。」

そうやって私に微笑みかける。

私は胸が痛くなる。

なぜかこの感覚が浪漫的なものではないと感じる。本物だと感じる。

「お父さん……あ…」

私は自分でも気づかずに泣いてしまった。

「あっ…すみません。すみません。」

その瞬間、暖かな胸に抱擁される。

「わかってる。あいか。…お前がいつも頑張ってること。父さんはいつでも味方だから。」

べちゃべちゃな顔になった私と目を合わせて塵紙を当ててくれる。

「ほら、ちーん」

私は女児に還っていく。

私が落ち着いたことがわかると父は口を開き提案する。

「アイス…食べないか?」

「えっ」

「好きだろ。アイス」


タイマーを横目で見ると残り17分だった。

お店の近くのコンビニへ父と移動する。

もう高校生なので信号で手は繋がない。

「どれが良い?チョコ?いちご?」

「…どっちも」

「そうか、じゃあ今日は特別だね。」

大きい体に抱きつきたい

褒められたい

遊園地でぬいぐるみを買ってもらいたい

ブランコを押して欲しい

アイスを欲張りたい

全部我慢して来た。

「な、あいか。高校入ったら多分…家族といるより友達といる方が楽しくなるかもしれないだろ…?だから入学するまではこうやってお父さんとアイス食べるだけで良いから一緒に過ごしてくれるかい?」

「………うん。」

掠れる声が妙に脳に響き渡り時間が経った今でもなぜか記憶している。



それ以降のことは記憶が朧げでした。

帰路に就く際に後ろを振り向き「実家」を見つめ、名残惜しかったことは覚えています。


でも、これだけは言わせてください。

少しばかり子供っぽいような気もしますがね。



「すごくたのしかったです。」














































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父母代理サービス 井上磁 @Na2a2sugi

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