第十一章:神の指先、紡がれる調和の未来

「エリナ、アイリス! あの魔物を頼む!」

「はい! / 承知した!」


 アッシュの叫びに応え、エリナとアイリスが魔物に向かって突進する。

 アーサーが召喚したキマイラは、獅子の頭、山羊の体、蛇の尾を持つ強力な合成獣だ。口からは炎と毒のブレスを吐き散らす。


「させません! 【聖域(サンクチュアリ)】!」


 アイリスが神聖な結界を展開し、ブレスを防ぐ。その隙に、エリナがキマイラの側面に回り込み、聖剣を鋭く振り抜いた。


「せいっ!」


 聖なる刃が、キマイラの強靭な皮膚を切り裂く。二人の連携は、数々の戦場を共にしてきたかのように洗練されていた。王国の最強の盾と、最強の矛。かつてはありえなかった共闘が、今、実現している。


「くそっ、なぜだ! なぜ俺の魔物が……!」


 焦るアーサーを尻目に、リリィが彼の足元に自作の閃光弾を投げつけた。


「きゃん!」


 眩い光に目が眩んだアーサーは、リリィの尻尾アタックを受けて気絶した。あっけない幕切れだった。

 問題は、残された『混沌の核』だ。主を失ったことで制御を失い、今にも暴走しようと激しく脈動している。これが暴走すれば、王国どころか、大陸全土が混沌に飲み込まれてしまう。


「アッシュ、お願い!」


 アイリスが悲痛な声を上げる。


「ああ、任せてくれ」


 アッシュは、暴走寸前の核の前に立った。これが、彼の最後の仕事だ。

 彼は静かに目を閉じ、意識を集中させる。そして、これまでで最大級の【概念再構築】を発動した。

 彼の意識は、物理的な世界を超え、『混沌の核』の概念そのものへと潜っていく。そこは、破壊、無秩序、憎悪、絶望といった、負の概念が渦巻く混沌の海だった。常人ならば、一瞬で精神を破壊されてしまうだろう。

 だが、アッシュの心は穏やかだった。彼の中には、アルカディアで出会った仲間たちの笑顔があったからだ。エリナの強さと優しさ。リリィの探究心と明るさ。アイリスの涙と覚悟。そして、アルカディアの住民たちの笑い声。


(混沌があるなら、その対極もあるはずだ)


 アッシュは、混沌の渦の中心で、一つの輝きを見出す。それは、ほんの小さな『調和』の光だった。彼は、その光を掴む。

 そして、自分の持つ全ての力、全ての想いを込めて、その光を増幅させていく。

『混沌と破壊の概念』を、『調和と創造の概念』へと、書き換える。

 神の領域に踏み込む、大いなる御業。


「――世界は、もっと美しいはずだ」


 アッシュがそう呟くと、禍々しい紫色の光を放っていた『混沌の核』は、その色をゆっくりと変えていった。紫から、青へ。そして、全てを包み込むような、温かな黄金色の光へ。


 その瞬間、王国を覆っていた黒い霧が、まるで夜明けの霧のように、光の中に溶けて消えていった。病に苦しんでいた人々は健やかな眠りから覚め、枯れていた大地には、新しい芽吹きの兆しが見えた。

 王国に、光が戻ったのだ。

 地下迷宮で、黄金色に輝く核を見つめながら、アッシュは静かに微笑んだ。


「……終わった」


 彼は英雄として王都の人々から称賛された。王や王太子ギルバートからは、公爵の地位と、望む限りの褒美をやろうとまで言われた。

 だが、アッシュはそれらすべてを固辞した。


「僕の居場所は、ここじゃないので」


 彼はそう言って、仲間たちと共に、多くの人々に見送られながら、静かに王都を去っていった。彼らが目指す場所は、ただ一つ。辺境の楽園、アルカディアだ。

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