第21話
「いつかキョウくんに会えたら、絶対にお礼を言おうと思っていたの。私の心を救ってくれたのは、他ならぬキョウくんだから。でもこの時はまだ名前も知らなかったから調べようが無くて。それから少ししてネットニュースを読んでいたら、キョウくんの写真と一緒に大きく見出しが出ていたの。『期待の新人アイドル・五十鈴響夜に恋人疑惑が浮上。相手と思わしき女性アイドルも関係を匂わす』って」
「……女癖が悪かったのか、そいつ」
響夜が気に入らないのか、それとも彩月の話に飽きてしまったのか、不機嫌そうな響葵のおでこを撫でる。やはり人間とはいえ、同性のことが嫌いなのだろうか。
「まさか、キョウくんは誠実な人だからそんなことしないよ。でもその記事に対して、キョウくんのファンがたくさんコメントしていたの。『裏切り者』、『嘘つき』、『信じていたのに』、『応援して損した』って。身勝手なコメントばかりで頭から湯気が出そうになるくらい怒っちゃった」
事の発端は響夜が所属する事務所の企画だった。公式動画チャンネルがオープンした記念に所属アイドルが一人ずつ生配信を行い、順当にキョウくんの番がやってきた。
舞台やモデルを中心にテレビ番組でも活躍の場を広げていた響夜だったが、他のアイドルとは違って動画配信やSNS企画は一切行っていなかった。
私生活も謎に包まれており、これまでの経歴も一切不明。
同年代の男性アイドルとは異なる静謐にして神秘的な雰囲気を纏う響夜を、もっと知りたいというファンからの生配信を希望する声が多かったというのも関係するのだろう。
そんなミステリアスな響夜が初めて動画の生配信をするということで、ファンからの期待は大きかったのだった。
「でもしばらくしてその女性アイドルが人気欲しさに嘘をついていたことが判明したの。生配信中にキョウくんが起こした些細なアクシデントを利用したって、女性アイドルが所属する芸能事務所が謝罪コメントと一緒に経緯を明らかにしてくれた」
配信自体は全く問題がなかったそうで、響夜も若干不慣れな様子を見せつつも、他のアイドルと遜色なく用意された企画や事前にファンから寄せられた質問に答えていった。生配信を視聴していたファンからも好評で、コメント機能を利用した追加の質問や結構な金額の投げ銭まであったらしい。響夜はそうしたコメントにも対応して、投げ銭には礼を述べていたとのことだった。
そんな中で問題が起こったのは配信が終わりかけの頃、響夜が配信に使っていたスマホをずらしてしまったようで別の場所を映したことがきっかけであった。
その際に一瞬ではあったものの、問題の女性アイドルが愛用している化粧品と、その女性アイドルが動画撮影の時に使っている部屋とそっくりな室内が画面に映しだされてしまったとのことだった。
元々、響夜自身が謎に包まれていたこともあり、ファンは響夜とその女性アイドルの関係を疑ったが、その生配信の直後にその女性アイドルが響夜との関係を匂わせる発言をネットに投稿してしまった。
やがて一連の流れを煽るように、芸能人のリーク情報や噂話をメインに扱う週刊誌が掻き立てたこともあって追い打ちをかけられた響夜のファンは大炎上。事務所の公式サイトは大荒れしたのだった。
「事態を重く見た女性アイドルの事務所が事情を聞き取りしたことで事実が発覚して、女性アイドルもネットで謝罪文を公開したことでバッシングは女性アイドルに向いた。これで一連の事態は収束して、あとは事務所の命令で謹慎処分中だったキョウくんの復帰を待つだけとなったんだけど、戻ってこなかったの。全ての責任を取って……芸能界を引退しちゃったんだ」
ようやく響夜の名前を知った彩月は連日のように調べた。短大に入学してからも授業とバイト以外の時間は全て響夜に捧げたと言っても過言では無かった。
響夜中心の生活になってからは他のファンと同じように響夜が表舞台に戻ってくる日を待ち続けて、事務所のホームページを一日に何度も覗いた。
仕事に復帰したら他のファンと同じようにCDを買って、映画や舞台を見に行ってイベントに参加しようと。そして響夜に会えたら、自分を救ってくれたお礼を伝えようと心に決めて復帰を待ち望んでいた。
けれどもそんな彩月の期待を裏切るように、ある日事務所のホームページに掲載されたお知らせは、「五十鈴響夜の芸能活動終了について」であった。
「キョウくんのマネージャーさんが運営する宣伝用の公式SNSによると、少しずつ仕事を再開して表舞台への復帰に向けて準備をしていることになっていたんだけどね。ある日、急に引退を宣言しちゃって、公式SNSも閉鎖しちゃったの。キョウくんの復帰を楽しみにしていたファンはすごくショックを受けて、その日のSNSはキョウくんの電撃引退で話題が持ちきりだったんだよ」
「待っていたファンがいたのだな……」
「そのキョウくんのファンだった人たちもしばらくして他のアイドルに移ったみたいで、キョウくんについて投稿する人は減っちゃったの。でも私はキョウくんを忘れられなかったし、忘れたくなかった。だから自分だけでもキョウくんを覚えていようと思って、キョウくんの魅力をSNSで発信しようとを始めたんだ。共感してくれる人もいれば、誹謗中傷する人もいるんだけどね……」
響夜が電撃引退を発表した際、ネット上では二つの意見でファンが対立した。
一つは女性アイドルの人気取りに利用された上に、事務所からも良いように使われて切り捨てられた、ただの被害者であるという同情の意見。
そしてもう一つは響夜自身が何も語らずに引退した以上、多少なりとも女性アイドルと関係があったのではないかという疑念であった。
ファンによって女性アイドルと響夜が過去に共演した映画の公式アカウントに投稿された女性アイドルと響夜が写った宣伝写真を火種として、二人の関係性についてファンの間で憶測が飛び掛かった。
疑惑の火は鎮火するどころかますます大きくなり、双方の個人SNSアカウントでの共通の写真を引用した舌戦が繰り広げられ、最終的には双方の事務所への批判を通り越して、映画の関係者や共演者などの無関係な人たちまで被害が及ぶ深刻な事態にまで発展してしまったのだった。
そんな争いの渦中にネット初心者の彩月が響夜を擁護する投稿をしてしまったことで、響夜をファンの裏切り者として責める一部の過激ファンから目を付けられてしまった。
それからというもの、事態が終息した今でも響夜に関する投稿をすると当て擦りのような誹謗中傷を受け続けていたのだった。
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