かげろうホワイトブラッド
今日は天気が悪く、一日中雨が止むことは無かった。時折雨脚が強まるときがあり、そのときは傘をさしていても足元が濡れるくらいであった。下校時にはちょうどよく雨が弱まって、傘さえさしていれば難なく道を歩ける程度になっていた。私と梓は傘をさして大通りを歩き下校していた。天気が悪いので、どこかに遊びに行こうという雰囲気にはならなかった。横断歩道を渡った向こうで、梓と私はいつも別れる。梓が私に話しかけてきた。
「最近雨ばっかりだねえ」
「だな。ちょっと気分下がっちゃうよね」
だねえ、と梓は相槌を打った。今は梅雨の時期で何日も雨続きだ。いつだったか聞いた、人間の心理状態は天気の良し悪しに左右されるという心理学の小話を思い出した。雨ばかりが続くと、不思議とテンションも下がりがちになるというのは、人間の性質的に仕方のないものかもしれない。交差点の信号が青に変わり、私たちは横断歩道を歩き始めた。
とそのとき、どこからか聞こえてきたクラクションの音が、耳をつんざいた。音の方を見ると、自動車が猛スピードでこちらに突っ込んできていた。クラクションの音が繰り返し鳴り響いている。私は叫んだ。
「危ないっ!」
そう口にはしたものの、身体は恐怖のあまり、ぴくりとも動いてくれなかった。それなのに何を考えたのか、私は梓の身体を抱いてしまった。梓も恐怖のせいか、身体を動かす気配が無かった。もう車はすぐそこまで迫っている。このままでは、ぶつかる――
そう思ったとき、一筋の影が、私たちと車の間に割り込んできた。
そして、衝撃音が辺りに響き渡った。金属のへこむ音、ガラスの割れる音、タイヤのスキール音が同時に鳴り響いた。ゴムの焦げたような刺激臭と、何かが燃えたような匂いが辺りを包んだ。
私たちは車に吹き飛ばされた……わけではなかった。身体に衝撃が襲ってくることはなく、私は梓を抱きしめたまま、目を瞑ってその場に立ち尽くしていた。そして私は、ゆっくりと目を開いた。
目を開くと、目の前に人が立っていた。その人は左腕を真っすぐに突き出し、なんと、車の動きを止めていた。踏ん張ったせいか、靴はコンクリートと擦れて、かすかに煙を出していた。その人が突き出した左手が、車のボンネットにめり込んでいた。車の前方は大きくひしゃげ、ぷすぷすと黒い煙を出していた。私は、その人の背中に見覚えがあった。これはきっと、弦谷先輩だ。
その人は振り返って、低い声で私たちに警告した。
「車が爆発するかもしれないから、離れて」
その人の顔を見て、声を聞いて、確信した。これは弦谷先輩だ。弦谷先輩が、車を止めたのだろうか? 私はそう思った。弦谷先輩の左腕にガラス片が刺さって、血が出ていた。血が出ていたのだが、不思議なことにその色は赤ではなく白色だった。そして、弦谷先輩が警告してくれたというのに、私はこんな質問をした。
「え、弦谷先輩……ですよね?」
「いいから今すぐ離れて。危ないから、早く」
弦谷先輩は私の質問に取り合わず、そう言いながら車の運転席に向かった。そしてドアを開け、中にいる運転手に語りかけた。
「大丈夫ですか。爆発するかもしれないから、早く離れましょう」
すると弦谷先輩に腕を引かれて、運転手が出てきた。運転手は唖然としたまま、弦谷先輩に腕を引かれて道路脇へと向かっていった。私たちもその後についていった。私たちが道路脇に避難した直後、爆発音と共に車のボンネットから火が上がった。
私はそれを見て胸を撫でおろした。あの場でじっとしていたら、きっと爆発に巻き込まれていた。弦谷先輩が冷静に警告してくれたお陰で、怪我をせずに済んだのだ。すると、梓が恐る恐る聞いた。
「弦谷先輩って……人間なんですか? 車を片手で止めるなんて……」
弦谷先輩は梓に向き直って言った。
「その質問に対しての答えは……半分正解で、半分間違いかな」
また車から爆発音が聞こえ、火の手が強まった。雨が降っているというのに、熱せされたぬるい風が、車の方からやってきた。ガソリンの匂いもそれに乗ってやってきた。そして、弦谷先輩が言った。
「あたしはね、サイボーグなんだ」
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