第4話:現実は変わるかもしれない


景色が、元に戻る。緑の雑木林と、吹き込む風、入口奥に見える家や工場…見慣れた、いつもの世界

だけど、小脇に抱えている溶けた鞄が、さっきまでのことを現実だと教えてくれる。夢じゃなかった、妄想じゃなかった…ファンタジーは、確かにここにある。

そして片手に握り締めた石ころ…ビー玉くらいの大きさでスライムと同色の硝子玉のようなそれは、きっと間違いない。ラノベにおいてモンスターを倒した報酬に出てくるドロップ品

魔石だ!

ファンタジー世界じゃモンスターの魔石を取り込んで魔力を強化したり売り捌いて金にしたり加工して装飾や武器にしたり…え、ダンジョンが生まれたばっかのこの現代で?そういうのってダンジョンが浸透した世界でしかできなくない?現状取り込むしか選択肢なくない?ん〜?


まぁ、わからないものは一旦置いとこう。もしその内ドロップするのが宝石とかになったらマジで売れるかもしれないし。


そう、その内。次。もう1回。

今日だけで終わらせる気なんてない。ようやく出会えたファンタジーだ。明日も明後日も、何度だって来てやる。

もしかしたらこの後誰かがこのダンジョンを見つけてしまうかもしれないけど、その時はその時だ。また絶望すればいい。


というか。寺のダンジョンで周囲の人が言ってた信じてるけど、ダンジョンはずっと1人限定なんだろうか。その場合、私が出てきたこのダンジョンは次に誰か入れる?「最初に中に入れるのは1人」なのは最初のスキル贈呈のためだろうけど、その後は…うん、わからんね。


情報は足りないしわからないものは仕方ない。明日もう一度来て考えればいい。そっと冷たい岩肌を撫でる。



「明日…明日も、遊べる!」



この門の向こう側にさっきのファンタジーが広がってる。その事実に何度でもワクワクしながら私は家への帰り道をマップで開いた。

お寺には…寄らなかった。色んな声が飛び交うあの野次馬の中で、私の知らないダンジョンの情報が飛び交ってたら、また惨めな気持ちになりそうだから。

残念ながら私ってほんとちっちゃい人間なんだよね


またネガティブな思考になってる、頭をふって切り替える。せっかくのファンタジーなんだから楽しいこと、楽しくなることを考えるべきなんだってば。

情報は全然足りないけど、それはつまり色んな可能性を想像できるってこと。ファンタジーの妄想なら、結構得意だ。これまで何冊のラノベを愛読し、いくつのゲームストーリーを繰り返してきたと思ってる。

妄想は、自由!それに魔法ってのはどんな世界観であれ基本「想像力が命」と言われるのだ。この世界の魔法も想像でできるようになるかもしれないじゃん。


私の脳は忙しい!



「ただいま〜」



そうやって魔法の妄想したり明日ダンジョンに行くのに必要なものを考えていれば家に着くのはすぐ。やっぱり大して離れてなかったなと今更なことを考えてるとバタバタとやかましい足音がリビングから聞こえた。



「湊音!大丈夫だった!?怪我か!?」


「え、大丈夫だけど…なんで?」


「あんた何度連絡しても出ないから…巻き込まれたのかと思って…!」


「……あ、やっべ」



急いで携帯を確認すれば、うん。ずらりと並んだメールと電話の履歴にさすがに申し訳なくなる。絶望したりワクワクしたりでまーったく携帯を確認していなかった。どう考えても私が悪い。



「ほんっとごめん…色々あってそれどころじゃなくて…」


「やっぱりなにかあった?ニュースでも色んな情報が錯乱してて…」



リビングに入れば、ニュースキャスターやアナウンサーが正体不明の異常事態について忙しなく話し合っている。光が墜ちた場所によっては軽い事故になってるところもあり、怪我人や死者については鋭意確認中、と。そりゃ心配するわ。ちなみに父さんにはすぐ連絡着いたらしい。さらに申し訳なくなる。



「なんかヤバそう…でもほんと私は大丈夫だよ。マジで携帯見てなかっただけだから」


「ならまぁいいけど…って湊音!その鞄どうしたの!?」


「あ」



…何度でも言うけど、私は自分に自信がない。やることなすこと上手くいく気がしないし、挑戦して良かったと思う経験もまずない。習い事や塾もろくに続かなくて、無意味に月謝を支払わせてることに何度罪悪感を抱いたか。

どうせやっても無駄、もう手遅れ。そういう思考が癖ついてる。だから…ダンジョンに入ったことも、あんまり話したくなかった。成功した、という結果を持たずに自己を主張することは、したくなかった。


だけど…さすがにこの鞄は隠し通せないよなぁ…



「、あの〜ね?帰ってくるときに、色々あって、さ。巻き込まれ、てはないんだけど」



言葉の詰まる私を母は急かさなかった。それが余計に、心配をかけたのだという罪悪感がのしかかって。

…危ないって怒られて、もう行くなって言われたら、また落ち込むな



「ダンジョンでスライムに、溶かされたんだよね」


「スライム?」



ニュースでは、門の中のことは明言されていない。入った人にインタビューできてないのか、何かしらの情報規制が掛けられているのかはわからないがダンジョンの情報はまだ出ていない。

ファンタジーに興味のない母さんには、ダンジョンとかスライムなんて言われてもピンと来ないんだろう。



「…あの中に、入ったの?」


「うん…」


「怪我は?」


「ほんとに大丈夫。鞄くらいしか被害ないし」



母さんが眉を顰める。怒ってるわけじゃない。けれど心配だって表情はよくわかる。

わかってる、心配かけてるのも、親として危ないことしてほしくないのもわかってる。ってか普通にニュースになるような大事に娘が勝手に介入してたら不安だろうし止めたくなるのもわかる。でも……



「ほんとに無茶はしてない!絶対大丈夫、だから…安心して、見ててほしい…」



こういう無茶なお願いをするのは、多分2回目。大学を辞めたいって言ったときも、がむしゃらで自己中で、ただ"普通"に生きてほしい母さんには理解できなかったと思う。

それでも見捨てない両親だから、私はファンタジーに出会う今日この時まで生きてこられたよ



「まったく…いつも言ってるけど、危険なことはしないこと。あと、ちゃんと相談すること。何が起きてるかわからないけど、報連相はちゃんとして」


「はいっ!」



好きな人生を選んで、ちゃんと楽しんで生きればいい。そうやって甘やかしてくれるから、私は多分怠惰になった。でもそうやって支えてくれるから、多分私は家を地獄だと思わずにすんだ。帰る場所がある、と両親は言ってくれるから……1つだけ、条件をつけて。



「それで、面接はどうなった?今月の生活費も払ってね」


「…はーい、わかってマース」



自立すること、自分で自分を養うこと。実家で暮らすならせめて毎月生活費を出すこと。これが絶対条件。まぁ当然なんですけど。


ファンタジーに現を抜かすのはいいけど、さすがに無職というわけにはいかない。世界はそんなすぐには変わらないのだ。

まずは自分の生活を確保できるバイトを探さなくては…中止になった面接、どうなるんだろ


認めて貰えた安心と、一気に現実に引き戻された憂鬱にげんなりしながらニュースを見ながら鞄を机に下ろすと、その間からひらりと見覚えのない封筒が落ちてきた。



「ん?こんなん持ってたっけ…封筒?」


「どうしたの?今日の面接で貰った?」


「いや、なんだろ」



宛名も住所も書いていない茶封筒。切手すらないその封筒をひっくり返して…



「【日本政府ダンジョン調査課】…は?」



封筒をビリッと破る。中には三つ折りにされた紙が1枚。ずっと流れてるテレビがやけに無機質に流れていく。



『日本政府は、この門をそれぞれ1番最初に潜った者たちを「ダンジョン探索者」として一同に集めることを宣言しました。つきましては政府と話し合った上で現在の情報を集めることを第一とし………なお安全が確認できるまでは門に近づかないように……』



母さんの表情が不安に染まるのがわかる。


手紙に書いてあることは至極単純。形式ばった挨拶から始まり、ダンジョンには最初1人しか入れないこと、入った者にスキルが与えられること、それらは特殊であること。特殊な力を持った以上知識は持っていなければいけないこと。明日集まる場所と時間

そして、これは法的な力を持つ招集であること。



「強制招集?湊音、これって…」


「…大丈夫。警察の取り調べとかと一緒で、政府も情報を集める義務があるってことでしょ。政府もこんな異常事態で慌ててるんじゃない?」



適当に笑って言えば、母さんも不安そうにはしながらもそういうものかと納得してくれた。そのまま明日の準備をしてくる、と言って部屋に戻った私は、ゆっくりと呼吸を整えながらもう一度手紙を読む。

へぇ、ふーん、ほぉー…



「早すぎる、な」



ダンジョンが出現したあの時、地震が起きたのが正午きっかり。これはニュースでやってたから間違いない。私がダンジョンに入ったのはその後、バイト場所まで行ってメールを見て戻って、泣きながら走り回ったあと。今から30分程前。で、現在14時。ダンジョンが現れてからたった2時間


その2時間で政府がダンジョンの存在を認め、ダンジョン課ができて、人を集める場所を用意して、誰がダンジョンに入ったか調べて、全員に手紙を送って、ニュースにもなってる?

さすがに早すぎる。が、方法がないわけじゃない。



「政府に観察か察知みたいなスキル持ちがいるな。しかも手紙はどう考えても転移とか転送のスキル。ん〜これは〜…」



観察眼、鑑定、気配察知etc...ラノベじゃ当たり前に存在するスキル。それらを政府が持っていて、各地のダンジョンに入った人を認識、確認、手紙転送、といった流れか。

あるいは政府に各地のダンジョンを確認できる魔道具のようなものがあって、そこから自動で呼び出せるとかもあるかもしれない。


まぁどちらにせよ。


政府はきっと、ダンジョンの情報を知っていた。じゃなきゃこんな即座に対処なんて無理。ってか魔法とかダンジョンとかが急に現れてそんなすぐ信じれないでしょ。


さてその上で…私はどうするべきかなぁ



「政治に利用されるとか嫌なんだよなぁ…めんどくさい」



政府がダンジョンに入ったものを集めて、果たして聞き取りや情報収集だけで終わるだろうか。ラノベというのはライトと言いながら結構めんどくさい権力抗争の話を書いたりもするのだ。

穿った見方かもしれないが…魔法を使える人間を監視しておきたい、なんて心が政府にないとは思えない。確実にダンジョンの情報は向こうのほうが持ってるのだ。集めたいのはダンジョンの情報ではなく、「私たち探索者がどこまで知ってるか」についてだろう。

そういえば。手紙には私の名前は記載されていなかった。「ダンジョンに入った者」は確認できても、「それが誰で、どんなスキルか」はわからないのかも。そりゃあ知っときたいよね、危険だもん。


法的措置がある以上行かないわけにはいかない。でももし、政府が適当に言いくるめて私たちを手中に置きたがったら?政府の駒にしようとしたら?ダンジョンを探索する部隊を作ろうとしていたら?



「…ん?別に悪い話じゃなくない?」



魔法で戦争を始める、とか言われたら逃げ出したいけど。でもさすがに初っ端からそんなことにはならないでしょ。政府がダンジョンという不明なものを調べるにあたり私たちを使おうとしてるならむしろラッキー。政府の要請ならお金が出るだろうから職に就けるし、少なからずダンジョンのことやモンスターについての情報も得れる。もしかしたら探索における武器とかも買ってくれるかもだし、好きなだけダンジョンに潜れる!

うん、意外とアリだな。

それに政府に前提知識があってダンジョンへの理解があるなら、その発展は私にとってもプラスになる。ラノベ展開と同じように、ドロップ品を売ったりダンジョン配信者が生まれたり、モンスターの素材で装備品が作れたり。そういう現代ファンタジーがこの世界でできるかもしれない!


懸念点があるとすれば、ラノベのように政治に利用されていらなくなったら捨てられる、道具みたいに扱われること。探索を頼まれたのに知らない間にダンジョンの中で領土侵犯とか言われて政治犯にされるとかマジ怖すぎるけど…さすがに考えすぎか?いやでも契約書とか書かされて、それで無理矢理働かされるとか…24時間監視とかになったら怖い…ってか利用されても多分自分で気づけないのが1番怖い。私詐欺とかすぐ引っかかる自信ある。


うん、今考えてもわかんないや。

どうせ招集は明日なのだ。色んな可能性を想像しながら、明日その時になってから考えよう。ほんとに情報収集の聞き取りだけで終わる可能性もあるし。


そんなことより明日帰ってきてからダンジョンに行くときの装備考えるか、と私は普段使っていないタンスを引き摺り出した。

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