第3話:非日常へようこそ


「ラノベ派生アニメだ…」



自分の口から零れた第一声が耳に届いて、ゾクリと背筋を震わせた。


門を潜った先にあるのは、石造りの洞窟。黄ばみがかったレンガのようなものが敷き詰められた道は、真っ直ぐな正面とそこから脇に逸れる横道に繋がっている。ポツポツと置かれた松明のおかげで正面の視界は悪くない。洞窟のような形状だからか空気は少し澱んでいる気もするけど…そんなのが気にならないくらいには、この心は高揚している。

アニメだ、漫画だ、ラノベだ…2次元でしか見なかったものが…ダンジョンが、ここにある!


ワクワクとした心を弾ませる私の後ろで重苦しい音とともに門が閉じる。触れれば帰ることもできるんだろうな、というのはなんとなく門の雰囲気で理解した。同時に、目の前に文字が出現する。


【開示】


【ダンジョン発見者を認識、スキル:《幸運少女》を獲得】


ほぅ、と自分の口から息が零れる。今の自分の顔は絶対見たくない。どんな表情をしているかありありとわかってしまうから。

ファンタジーを目にしたことへの感動と感嘆…そこに混ざる、現実を直視した妙な納得感


スキル:幸運少女

スキル。なんてファンタジーらしく夢のある言葉だろうか。

ダンジョン発見者を認識、ということは1番最初にそのダンジョンに入った人間に無償で与えられるスキルなんだろう。これが他のダンジョンでも同じように"幸運"が贈られるのか、あるいはそれぞれのダンジョンでバラバラなのかはわからない。このダンジョンだけ特別にスキルを贈ってる…なんてことはまぁ、多分ないだろう。自分がそんな凄すぎるダンジョンに出会えたとは思えない。

そして問題なのはスキルの中身…幸運少女なんて夢のある豪運強運を得られるミラクルスーパー最強スキルに聞こえるけど…こちとら、ラノベ読者だ。私の知識上、幸運なんてスキルはそんな都合の良いスキルじゃない。運がいいというのは、結構ピーキーな力のはずだ。

人はみんな、死ななきゃラッキーとか軽傷でラッキーとか、"比較的ありがたい"ぐらいで幸運だと感じる。ダンジョンで敵に相対したとき、「強い敵が勝手にすっ転んで倒れてラッキー」と「強い敵に相対したけど死なずに帰って来れてラッキー」では意味が違いすぎる。

ようは、幸運ってのはその人の思い込みに近いんだ。

果たして私の"幸運"はどこまでいけるか…少なくとも現状、私の自分への期待値は低い。そんな私にこういう思い込み系のスキルが贈られるなんて、なんとも皮肉で現実味のあるダンジョンだ。わかりきってはいたけど、SSRスキルで無双、なんてラノベ展開は許されないらしい。



「まぁゲームでラック値上げればクリティカル率と宝箱くらいは影響出るし…ま、どうやってクリティカル率必要となるくらいに接敵できるか問題は残るんですけど」



今何より重要なのは、この状態でどうやってモンスターと戦うか。ここはダンジョンだ。まず間違いなく敵モンスターはいる…いるよね?ここがどんなダンジョンかわからないけど、モンスターがいないダンジョンなんてラノベじゃまず有り得ないし。

なら大事なのは自己の現状確認。幸運以外に使い道のあるものがあるかもしれない。


空中に手を翳す。ダンジョンにおいて、ファンタジーにおいて、絶対的に必要なもの。



「ステータス・オープン」



…………何も出ない。



「ステータス、スキル、スキルボード、スキル・オープン、鑑定、鑑定眼」



………何も、出ない。


は?出ない?この状況で?ステータスが?いっみわかんない!?


ファンタジーにおいて、ステータスは不可欠な絶対要素。自分のステータスを見たりスキルを確認したり敵を分析したり、様々なことで使うものだ。ステータスがないと自分のHPもレベルも所持スキルも何一つわからないんだけど!?

まさか"鑑定"がスキルとして持ってないと見れなかったりする?いや無理ゲーでは?現代ファンタジーのダンジョンって最初からステータス見れなきゃ結構詰みじゃない?


他に、他になにかステータス系の言葉なかったっけ?でも基本ステータスかスキルボードで出るイメージなんだけど…さっきの幸運少女だけでももう1回確認って……幸運、少女?

そういえば、さっきは……



「【開示】」



ぽつりと呟くと同時に、目の前に文字が現れる。さっきも見た同じ現象に、思うことは1つ



「なんっで日本語表記!?オープンとかでいいじゃん!」



どうやら英語表記は許されないらしい。理由は知らん。きっとさっきのスキルも"ラッキーガール"ではなく"幸運少女"なんだろう。違いは知らん。

何だか無駄に疲れながらも出てきた情報を確認する。



【ステータス

名前:天堂湊音 Lv.1

スキル:《幸運少女》Lv.1】



ステータスもスキルもレベルも英語じゃねえか…と呆れた思考が過ぎるがそれは置いといて。

簡潔に書かれた自分のステータスを再度見て静かに息を吐く。なるほど…"こういう系"か


ラノベにおいてスキルの形態は大きく2つにわけられると私は思っている。

1つは取り付け式。ステータスボードでポイントを振り分けたり、女神様からもらったり、スキルを購入することで「手に入れてから使い方を知る」タイプ。ゲームでスキルブックとか探すのもこっちのタイプだ。

もう1つは体得式。火傷を負えば火属性の耐性スキルが習得できたり、剣道をやっていれば剣術スキルが手に入ったり、「できるようになったらスキルになる」タイプ。このタイプは自分の趣味とかが勝手にスキルになることが多いため裁縫とか料理よかオリジナルスキルが表記されることが多い気がする。


私は、ダンジョンからスキルを貰った時点で1つ目の形態だと思ってた。幸運少女以外のスキルがないのも可能性として考えていた。もしかしたらなにかあるかもと期待はしたけど。けど、私の個人的知識の中で断言するけど!1つ目の形態でHPとMPの表記がないとかありえない!MPの表記をしないのは大抵スキルが自己派生である2つ目のほうだ。裁縫や家事、剣術なんかは普通の現実から生まれたもので、だからこそファンタジーの世界になっても"魔法"という認識にならないからMPの表記をしないラノベも多い。

HPもMPも振り分けポイントもない自力主義…ただし今までの生活で培ったものは考慮しない?なんだそのクソゲーは。それともあれか?体得式だけど私にはスキルとして体得できるほど使い物になるものがありませんってか?ちょっと可能性として有り得そうでなんかヤダ



「…というわけで、と」



ふぅと息を吐き出す。大丈夫、落ち着いた。ラッキーなことに、持ってないものを諦めるのには慣れている。わからないものはわからない。スキルがないことも情報がないこともそういうもんだ、諦めろ。

そして考えろ、今わかる全てで思考を回せ、ファンタジーを楽しめ!


スキルの取得方法はまだ断言できない。ダンジョンクリアでまたスキルを得られる可能性もあるし、どっちタイプか今判断する必要性はない。

今1番大切なのは、どっちのタイプであろうと現状攻撃手段がないこと。もしモンスターが出現したら、どうする?

死にたくない。無茶は絶対なし。でも情報が何もないまま帰るのはファンタジーオタクのプライドが許さない。ってかモンスターに相対してない現状では正直あんまり危機感がない。フラグかもしれないけど。

ならば、と持ち物を確認しようとして…


ピチャンと、水音が響いた。この石ブロックでできたダンジョンから聞こえる水音…自分以外のナニカがいる、と実感して冷たい汗が流れた。水音は陰になった脇道から、妙な音を響かせてその姿を表す。


ラグビーボールくらいの大きさの液体…液体?固体?の身体がピチャンというかピチョンというか、みょーんみたいな音をたてて陰から出てくる。弾力のある身体を跳ねさせているそれは、けれど着実にこちらに近づいてきていて。

スゥーと、思わず息を吸い込んだ。いやだって、これって、これってさぁ!



「絶対スライムじゃんっ…!」



モンスター相手に大声を出さなかった私は偉い。こんな目の前に、ファンタジーの醍醐味とも言える存在がいるのに!私偉い!


珍しく自分を褒めながらも、近づいてくるスライム相手に1歩、また1歩足が下がる。

いやだって。私のファンタジー知識は2次元から来てるから。

スライムってのはゲームでもラノベでも基本雑魚モンスターとして最序盤のチュートリアルになることが多い。魔法だろうが物理だろうが1発KOのイメージもある。

だけど。異変種とかスライムキングとかで実は超ヤベーパターンも少なからずあるのだ、スライムってのは。

そういうのは基本主人公が出会って仲間にしたり多大な経験値として乗り越えたりするから私のとこには来ないと思うけど…けど私がスライムに完勝できる保証がどこにある。スライムと同じくらいこっちも雑魚なんだ。

見誤るな、思い上がるな。主人公が乗り越えれるものを自分もできると勘違いするな。私は私のできることしかできない、いつだってこっちが格下なのだと思い知れ。


ラノベ知識を思い出せ、大事なのはまず情報だ。そもそもアレが本当にスライムかどうかもわからない。思い込みは危険。

スライムに手を向ける。



「【開示】」


【ステータス

名称:スライム Lv.1

スキル:《毒液》 Lv.1】


文字の羅列を認識するのとほぼ同時に、さっきまでゆったりと跳ねていたスライムがぎゅうっと身体を縮め…こっちに、飛んだ。


ヤバいと感じてすぐに身体が動いたのは、スライムという存在に警戒していたラノベ知識様様。でも当然、バトル漫画のように速攻で戦闘態勢に入れるわけでも、飛んだスライムを避けれるわけでもないので。できたことと言えば1つくらい。



「来っるなあああああ!!!」



ただただ持ってた鞄を振り回す。スライムに当たるかどうかは賭けだけど、こういう時の《幸運少女》だろ!

ベタンっと良い音とともに確かに捉えた感触。振り回した鞄によってスライムがベシャリと壁に叩きつけられた。そのままへばりついたスライムは地面に落ちるよりも前にキラキラとしたエフェクトを散らし、カランと小さななにかを残して消えていった。


ゲームエフェクトだ…という感嘆より先に、バクバクと心臓が鳴る。手に持っていた鞄の側面から、中に入れていたペンやクリアファイルが落ちてくる光景に、手が震える。

スライムを叩いた鞄は、触れていたところからドロドロと解けて穴を開けていた。

スキル:《毒液》

ほぼ間違いなくその効果…もし開示せずに手で触れていたら、なんて考えたくもない。


とにかく一旦落ち着いた、と一息つこうとして…みょんと、音がした。ついさっきまで聞いていた音に身体が一瞬強ばる。

落ち着け、現状を考えろ。鞄はもうほとんど使用不可能。もう一度開示を唱えるけど自分のステータスは変わっていない。そして私の疲労度、めっちゃ疲れてる。うん、戦闘は無理。


ファンタジーは好きだが死にたくはない。主人公になれないのは納得してるけど冒頭で見本のように死ぬモブは嫌だ。せめて主人公の活躍を尻目に低レートで勝手に生きてるモブくらいで許してほしい。ってか私からファンタジーへのワクワクを奪うな。

左右のポケットに携帯とボールペンを突っ込みポーチとクリアファイルを側面の溶けた鞄で雑に包んで小脇に抱え込む。そしてなにより、スライムを倒したときに落ちた石ころみたいなのを握り締めて迷いなく門に手を伸ばした。触れた門が開くのを見ながら、最後にスライムへと…いな、ダンジョンへと向き直る。



「ぜってーまた来る。だから、もーっと遊ぼうね」



毒液に殺されかけた恐怖と、すぐに脱出する負け惜しみと、だけど全くもって止まらないワクワクを詰め込んで、私はダンジョンから脱出した。

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