第23話 弟子たち


 季節は初夏の風情で、気持ちのよい風が吹いていた。

 こんな朝は掃除も捗るというものだ。

 昨日は中央魔窟の10層まで行って神殿の間の土をとってきた。

 シエラが指定した素材の一つは手に入ったわけだ。

 残りはライゼン草。

 これがあれば夢来香を作成してもらえるのだが、なかなか厄介な代物である。

 希少な薬草であり、魔法薬を作る者にとっては垂涎すいぜんの的だ。

 市場には出回らないし、自分で探すしかないだろう。

 だけど、俺には店がある。

 ライゼン草を探す旅に出ている暇はない。

 さて、どうしたものか……。

 まあいい、とりあえずは今日の開店に向けて準備するとしよう。

 リリカが箒を手にこちらへやってきた。


「師匠、掃き掃除がおわりました」

「おう、次は店先の窓ふきを手伝ってくれ」

「承知しました。ところで師匠、【チンアナゴ】を使えば掃除も楽じゃありませんか? どうして使わないのですか?」

「いや、あんなものを商店街の人たちには見せられないよ……」


 気持ち悪がられるだろうし、邪な考えを起こすやつだっているかもしれない。

 ほら、触手っていろいろあるだろう……?

 それとも俺の考えすぎかな?

 とにかく俺たちは二本の手だけを使って掃除をすることにした。


 掃除も終盤という頃になって、早朝の商店街に荷馬車の音が響いてきた。

 現れたのは大きな水瓶をのせた荷馬車とウィルボーン、そして彼の二人の弟子たちだった。


「師父、おはようございます」

「おお、ウィルボーンじゃないか! 約束どおり水を運んできてくれたんだね。ありがとう!」


 ウィルボーンは五日おきにレビの泉の水を届けてくれると約束してくれていたのだ。


「師父とのお約束をたがえるわけにはまいりませんから。どうぞお納めください」

「いやいや、ご苦労さん。100キロの道のりは大変だっただろう? 中に入ってやすんでくれよ。水は俺とリリカで運び入れるから」

「とんでもございません! それは弟子たちにやらせます」

「そう? だったらお願いしようかな」


 ウィルボーンが合図をすると二人の弟子が協力して水瓶を持ち上げた。

 ほう、さすがはウィルボーンの直弟子だ。

 120リットルは入る水瓶を持ち上げているぞ。

 だが、まだまだだな。

 魔力に無駄遣いが多すぎる。


「余計なことかもしれないけど、こっちの魔経路にも魔力を流すんだよ」


 俺は弟子のひとりの腕をつかみ19番の魔点穴から適切な量の魔力を流してやった。


「だいたいこんな感じだ。わかるかい?」

「は、はい……」

「君は二つの魔経路しか使っていないだろう? 腕力を上げたいならこっちの魔経路も使わないと」

「ご指導、恐れ入ります!」


 正しい魔力を教わった弟子は、ひとりで水瓶を持ち上げられるようになった。

 まだまだ拙いが、さっきよりはだいぶマシになったな。

 リリカなら一人で二つくらい持ち上げるけど、比べるのは酷というものか。

 恐縮した顔でウィルボーンが話しかけてくる。


「師父、よろしいのですか? そのように簡単に教えを授けていただいて」

「ん? これくらいならいいさ。ウィルボーンの弟子だというのなら、俺にとっても孫弟子だろう? あ、勝手なことをしたというのなら謝るけど……」

「とんでもございません。ありがとうございます」


 二人の弟子も深々と頭をさげる。


「大師匠、ありがとうございます!」


 水運びはパワーアップした二人の弟子に任せ、俺とリリカとウィルボーンは奥に入って休憩した。

 せっかく来てもらったのだからウィルボーンの【養生魔法】の進み具合も確認しておくか。


「体の調子はどうだい?」

「師父のおかげですこぶるよくなりました。もの忘れも少なくなりましたよ」


 朗らかに笑うウィルボーンは少年のような笑顔を見せた。

 見かけ白髪のおじいさんなのに、キラキラとした目をするなあ。


「ちょっとやってみせてよ。悪いところがないかみるからさ」

「ありがとうございます。師父にみていただけるとはなんたる僥倖」

「ウィルボーンは大袈裟だよ。ほら、はやくやってみて」


 ウィルボーンは目を閉じて静かに魔力を練りだした。

 先の宮廷魔術師長だけあって深みのある魔力をしている。

 放出系の魔法合戦だったらリリカより数段上だろう。


「いいね。だけど魔力の波長が少し違う。もっとこんな感じだ。それからこっちの魔経路が疎かになっている」


 ウィルボーンの魔点穴を突き、お手本となる魔力を流していく。


「これでよろしいでしょうか?」


 さすがに呑み込みが早いな。


「この状態を維持するのは大変だと思うけど、毎日やっていればそのうち慣れるから」

「師父、ありがとうございます」

「いいってことさ。よし、お茶を淹れてこよう」


 腰を浮かせる俺をリリカが止めた。


「師匠、それは私が」


 ところがそんなリリカをウィルボーンが止める。


「姉上、私がやりましょう」


 姉上と呼ばれたリリカが固まっている。

 それはそうだろう、ウィルボーンはリリカはおろか、俺よりもずっと年上だ。


「姉上って、私のことですか?」

「もちろんです。リリカさまは私の姉弟子なのですから」

「やめてください。私とウィルボーンさまの入門は二日違いですよ」


 たしかに芸人システムで言えばリリカが【ねーさん】だよな。

 だが、ライガの弁当屋にそんな序列はない。

 ないというか、考えたことがない。

 自分が弟子をとるなんて思ってもみなかったからだ。


「師匠もウィルボーンさんに言ってください。姉上なんてウィルボーンさんに失礼です」

「好きに呼び合えばいいじゃねえか。俺は関知しないよ」


 その後二人は話し合い、ウィルボーンはリリカを姉上、リリカはウィルボーンをウィルボーンさんと呼ぶことで決着がついた。


「姉上、修行の進捗はいかがですか?」

「日々勉強です。先日はマジックバックラーという技を授けられました。たくさんの素材やおかずが載せられるので便利ですよ」


 リリカがマジックバックラーの概要をウィルボーンに説明している。


「それは素晴らしい。師父のおそばに仕えられる姉上が羨ましいですなあ」

「毎日貴重な経験をしていますね。そうだ、ウィルボーンさんもお店を手伝って行かれてはどうですか?」

「私が? よろしいのでしょうか……?」


 へ?

 二人して俺を見つめているぞ。


「いやいや、ウィルボーンはたしかに弟子だけど、先の宮廷魔術師長だぜ? そんな人が店にいるのは……」

「奥で料理を手伝ってもらえばいいじゃないですか」

「師父、私からもお願いします。どのような雑用でもしますので、師父の妙技を見学させてください」


 本当にいいのか?

 宮廷魔術師長って貴族階級だぞ。


「ウィルボーンさん、きょうは師匠が【チンアナゴ】という術を使って料理の実演をしてくれるんですよ。これは絶対に見た方がいいです!」


 リリカがウィルボーンに【チンアナゴ】の説明をしている。


「そんな素晴らしい技が! 姉上、お教えいただきありがとうございます。師父、どうぞ私も見学させてください。もちろんお手伝いもいたします」

「え~と、今日は生姜焼き弁当をつくるんだ。ウィルボーンがショウガをすりおろしたりするの?」

「はばかりながら、私は魔法薬の作製が得意です。生薬の扱いには慣れております」


 ショウガも生薬ではあるな……。


「だったら、手伝ってもらうか」

「ありがとうございます!」

「よかったですね、ウィルボーンさん」


 リリカとウィルボーンが固い握手を交わしている。

 世代を超えてうちの弟子たちは仲良くなったようだ。

 仲良きことは美しきことなり。

 まあ、これはこれでいいのだろう。


「それじゃあ、さっそく料理にとりかかろうか」


 ウィルボーンには俺の予備のエプロンを渡していると、外から声が響いた。


「お頼み申す!」


 聞き覚えのある陰気な声にリリカが顔を曇らせる。

 あれはパリピの声じゃないか。

 開店前の時間に来たということは、弁当を買いに来たわけじゃないようだ。

 目的はリリカか?

 困ったものだが、あいつにこの場所を教えたのは俺のミスだ。

 仕方がない、俺が出て行って追っ払うしかないか……。


「ちょっと言ってくる。二人はレシピ通り下準備をしていてくれ」


 俺は渋々立ち上がり、玄関の扉を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る