第22話 チンアナゴ


 あまりの展開に俺は呆れてしまった。

 パリピのような外見の男がいきなり告白をするなんて思ってもみなかったぜ。

 コクられたリリカも面食らったようで、俺とパリピの顔を交互に見ている。

 だが、リリカはすぐに平静を取り戻した。


「お断りします。私は修行中の身。恋愛なんて考えている時間はありません」


 まあ、そうなるよなあ。

 ろくに知らない相手と付き合えるはずもない。

 だがパリピはしつこかった。


「修行なら拙者と共にすればいい。二人一緒ならお互いを高められますぞ。なんなら拙者が師匠になってもいい」

「私の師匠はひとりだけです!」


 リリカだけを見ていたパリピがようやく俺の方を向いた。


「師匠とはこちらの御仁か?」


 視線に敵意が込められている。

 しばらく俺を見つめていたパリピが肩をすくめた。


「このような男と一緒にいてもろくなことにはなりませんぞ」

「師匠を悪く言わないでください!」

「だが、先ほどこの男はなにをした? そなたひとりを戦わせて、のんびりと観戦しておっただけではないか」


 パリピにはそう見えたか。


「弟子を危険な目に遭わせるなど、とんでもない師匠だ。拙者と一緒に来た方がそなたのためになる」

「適当なことを言わないで! 師匠はすごい方なんですからね」


 ぷんぷんと怒るリリカの前でパリピは背中に背負った長剣を抜いた。


「そこまで言うのなら真実をお見せしよう。この男と拙者、どちらが強いかその目で確かめるがよい」


 えーと、なに?

 これは俺が戦わなければいけないってこと?

 こいつと立ち会う義理なんてないんだけど、いまは時間が惜しい。

 俺には明日の弁当の仕込みがあるのだ。

 それに、いまはしっかりとパリピを叩き潰しておいた方がいいだろう。

 リリカのストーカーになっても困るからな。


「いいよ、相手になってやる」

「ふふ、おぬしが負ければ彼女の師匠は拙者だぞ」

「かまわない」

「よし、剣を抜け!」


 パリピと向かい合うと、腰に差したグランシアスが嬉しそうにつぶやいた。


「ライガ、吾輩を使え。お前に協力しよう」


 グランシアスの魂胆はわかっている。

 俺に協力するなんてとんでもない。

 こいつはリリカにいいところを見せたいだけだ。


「だめ。グランシアスは包丁だから戦闘には使わないの。人間の血の付いた包丁なんて気分が悪いだろう?」

「魔力コーティングがされているのだぞ。刀身に直接血などつかん」

「そんなに戦いたいの?」

「武人の血が騒ぐわ」

「おめえは剣だから血なんか流れてないだろうが」

「わかっている。ライガの得意な抽象的表現というやつだ」

「屁理屈を……」


 俺たちの会話にしびれを切らしたパリピが叫ぶ。


「貴様、真面目に立ち会わんかっ!」


 だが、突如パリピの足になにかが絡みついた。

 足をとられたパリピは前のめりに倒れてしまう。

 地面に倒れたパリピのこめかみを俺はしたたかに蹴り上げ、勝負は決した。


「師匠!」


 リリカが駆け寄ってきてパリピの息を探る。


「気絶しているだけだ。死んじゃいないよ」

「そうですか。でも、この人はどうして倒れたんですか?」

「それは【チンアナゴ】だ」

「チ、チンアナゴ?」

「うむ。こいつだよ」


 俺は地面から生えた光る触手を指さした。

 その姿は海底から顔を出したチンアナゴによく似ている。

 だからそう名付けたんだけどな。


「これはいったい……?」

「俺が魔力で作り上げた触手だよ。足の裏の魔法穴34番から繰り出し、地中を通してやつの背後に出したんだよ。チンアナゴがやつの足をとって転ばせたってわけだ」


 本当はチンアナゴの先端をとがらせて心臓を突くこともできた。

 でもさ、愛の告白くらいで命をとるのはかわいそうだろ?

 だから、転ばせるだけにしたのだ。


「ず、ずるいではないか……」


 意識を取り戻したパリピが俺を非難してくる。


「ずるくなんかないぞ。これは戦闘だろ? 相手の裏をかくのは当たり前のことだ。俺がグランシアスと喋っていると思って油断したお前が悪い」

「くっ、貴様、それでも剣士か!?」

「俺は弁当屋だ。剣士じゃねえ!」


 弁当屋と聞いたパリピが目を白黒させている。

 理解が追い付いていないようだ。

 そうだ、せっかくだから宣伝をしておくか。


「スズラン商店街で弁当屋ライガを営んでいるんだ。明日の日替わり弁当は生姜焼きだぜ。美味いからぜひ買いに来てくれよな」

「師匠……」


 ん? リリカが非難の目で俺を見ているぞ。

 あ、しまった!

 こいつに弁当屋のことを教えたらリリカの居場所もわかっちまうじゃないか。

 バカ、バカ、バカ、俺のバカ。

 商売に熱が入るあまりに、ついうっかりしちまったぜ。


「あ~、ということで、お前は俺に負けた。こいつのことはきっぱり諦めろ。付きまとったりするんじゃないぞ」

「わ、わかり申した……」


 とりあえずはこれでいいか。

 もしリリカになにかあれば俺がただじゃおかない。

 秘密裏にぶっ殺すことも想定しておこう。


「それにしても師匠、【チンアナゴ】はおもしろい技ですね」

「うむ、そのうちリリカにも伝授しよう。優先度が高い技だからな」

「そうなのですか?」

「もちろんだとも」


 俺は両肩にある11番と12番の魔法穴から二本のチンアナゴを作り出した。


「いいか、これがあれば盛り付けをしなが玉ねぎをきざむことができる。洗い物をしながら揚げ物だって可能だぞ」

「おお!」


 ウネウネと動くチンアナゴはまったく別の動きをしている。


「すぐにでも覚えたいです」

「そう焦るな。両手とチンアナゴを同時に、かつ別々に動かすためには脳を鍛えなければならないのだ」


 マルチタスクをするには、それだけ脳に負担がかかるということだ。


「脳を鍛えるにはどうすればよろしいのでしょう?」

「それこそ身体強化能力の応用さ。魔力で脳の処理速度をあげる。そのためのナンバリングシステムもいつか教えよう」


 ここで教えてもいいのだが、無関係なパリピの前ではやりたくない。

 それに、いまは一刻も早く10層にある神殿の間へ行きたいのだ。


「よし、そろそろ行くか」

「そうですね。全速力で行きましょう」


 今度こそ俺たちは走り出した。


「お待ちくだされ!」


 背中越しにパリピの声が聞こえたけど、俺たちはそれを無視するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る