第11話 盗賊の末路


 リリカは何度も【止点刺突】を失敗し、そのたびに俺が盗賊たちを治療した。


「いてえよぉ……」

「頼む、もう勘弁してくれ」

「盗んだ宝はすべてさしあげますから!」


 最初は獰猛だった盗賊たちも、いまでは蛇に睨まれた蛙よりおとなしくなっている。


「宝なんていりません。はっ!」


 盗賊の泣き言に耳を貸さず、リリカは止点刺突の修練に励んだ。

 なんだか盗賊たちが哀れになってきたぜ。

 まあ、やらせているのは俺だし、これも悪行の報いだと諦めてもらおう。

 俺たちを襲撃したこいつらが悪いのだ。


 リリカは何度も失敗しながら止点刺突を試しているがなかなかうまくいかない。

 最後の方になると首領のワッツさえもおとなしくなり、自ら体を差し出したほどである。


「あの、痛くしないでくださいね……」

「私だって成功させたいのです。いきますよ……えいっ!」

「うえっ! あ、体が動かなくなりましたよ、リリカさん!」

「本当ですか? 突かれるのが怖くて嘘を言っているんじゃありませんよね?」

「本当ですって! 千里眼の名に懸けて誓います!」

「どれどれ」


 心眼で見て見ると、たしかにワッツの魔法穴が塞がれていた。


「お、ちゃんとできているぞ」

「やったぁ! 師匠、ついに成功しました!!」


 ふぅ、ここまで長かったな。

 だが、わずか一時間で成功するのだからリリカもたいしたものである。


「師匠、なんとか成功しました。盗賊のみなさん、ご協力感謝します」

「会得には何年もかかるかもしれないが、諦めないことが肝心だぞ」

「はい、頑張ります! 私も新鮮な魚を運びたいですから」

「その意気だ。封印魔法の開発に成功した暁には、寿司弁当をつくるからな!」


 ようやく終わったことで盗賊たちにも安堵の顔が広がっていた。

 こいつら、すっかり心が折れていやがるな。

 いまなら体が動けたとしても、おとなしく連行されていくだろう。

 だが、俺は悪党を信用しない。

 念のために俺が止点刺突をやり直して、動けなくなった四十人の盗賊を奴らの荷車に積み込んだ。


「これから、お前たちを警備兵に突き出すからな」


 そう言っても、文句を言う盗賊はひとりもいなかった。



 リリカは恐縮していたが、荷車は俺が引っ張った。

 思わぬところで時間をとってしまったので、これ以上遅れたくなかったのだ。

 午前中に水を手に入れて、夜はカジノ、そしていつもの飲み屋で常連たちと酒を酌み交わしたい。

 全速力で走るリリカに合わせて、俺も荷馬車を引っ張る。

 やがて、俺たちはレノアという小さな町までやってきた。

 ここなら警備兵の屯所があるので、盗賊たちを引き渡すのに都合がよかった。


「こんちは~、ライガ弁当店ですぅ。じゃなかった、山賊を捕えたので引き渡しに来ましたぁ!」


 俺たちを出迎えた警備隊長は四十人の盗賊に目を丸くしていた。


「なんてこった、千里眼のワッツ一味じゃないか!」

「街道で襲ってきたので、捕まえておきました」

「こいつらを生け捕りにするなんて、あんたら、たいしたもんだなあ」


 千里眼のワッツは懸賞金の掛かったお尋ね者だったので、俺たちは報奨金を受け取ることができた。

 その額、100万レーメンである。

 この額は一般的な労働者の五か月分の給与に当たる。


「思わぬ臨時収入になってしまったな。止点刺突の修行にもなったし、万々歳だ」

「そうですね。【棚からポーション】とはこのことですね」

「こいつは山分けにしよう」


 盗賊たちは二人で捕まえたのだから当然そう提案したのだが、リリカは大袈裟に手を振って辞退してきた。


「とんでもありません。私ひとりだったら奇襲されてやられていたでしょう。これは師匠がとっておいてください」

「そうはいかない。修行中の給料は少ないのだからリリカがとっておきなさい」

「いえいえ、それこそ、そうはいきませんよ」

「いやいや」


 二人で押し問答をしていると警備兵が金貨の入った革の巾着を持ってきてくれた。


「そら、ご苦労さん。いい儲けになったな。あんたら腕のいい賞金稼ぎみたいだから今後ともよろしく頼むよ」

「賞金稼ぎ? 私とお師匠さまは弁当屋ですよ」

「弁当屋だって?」


 しまった!

 俺は店のチラシを持ってこなかったことを悔やんだ。

 この町なら、弁当やケータリングの配達は可能なのだ。

 兵舎の祝い事があるときなど、オードブルの注文が入ったかもしれないのに……。

 まだまだ俺も商売に対しての性根が据わっていない。

 俺もまた弁当道の道半ばということか。

 そう、こんなところでグズグズしている暇はないのだ!


 受け取った金貨の半分をリリカの手にねじ込むと、リリカはなおも反発した。


「師匠、これは受け取れません!」


 だが、これ以上のやり取りをする気はない。


「バカ者! そんなことより、いまはレビの泉だ。美味しい水を手に入れて最高のご飯を炊くことだけを考えるんだ」


 俺の気迫にリリカも息を飲んでいる。


「俺たちに時間はない。最高の弁当をつくることだけを考えよう。50万程度のはしたかねでうだうだ言うんじゃない」

「し、失礼しました! 私が間違っていました」


 俺たちのやり取りを見ていた警備兵が、不意に口を挟んできた。


「あんた達、レビの泉に行くのかい?」

「水を汲みに行くんだよ。あそこの水は最高だからね」

「それは残念だったな。行っても無駄足になるかもしれないぜ」

「泉になにかあったのか?」


 気の毒そうな表情で警備兵は説明してくれた。


「レビの泉は誰でも汲める名水だったんだけどさ、一年前からウィルボーンさまという方が住みついちまったんだ」

「ウィルボーン? どこかで聞いたことのある名前だな」

「そりゃあそうさ。前の宮廷魔術師長だからね」


 そういえば、そんな奴がいたな。

 何度か見かけたことがあるけど、真面目そうな爺さんだった。


「ウィルボーンさまは宮廷魔術師を引退されて、国王陛下より直々にレビの泉を賜って、別荘をつくったんだ」

「なんでまた、あんな不便なところに別荘をつくったんだ?」

「レビの水は波動魔導水とかいって、特別な力を秘めているそうだぜ。だから、余所者が水を分けてもらいに行っても追い返されるって話だよ」


 泉の水はたくさん湧き出てくるのだ。

 頼めば少しくらい分けてくれるだろう。


「お師匠さま、盗賊を捕らえた報奨金を謝礼にすれば水をもらえるのではありませんか?」

「え~、それは嫌だなあ。このかねはカジノで――」

「カジノ?」


 いつも明るいリリカの目が、スッと細くなった。

 これまで見たことがないような険しい顔をしているぞ。


「師匠、ギャンブルはいけません」

「そ、そうか?」

「私の父はギャンブルで身を持ち崩しました。膨大な借金をつくり、酒で現実逃避をして死んだのです」

「お、おう……」


 どちらも俺の大好物じゃん!


「おかげで母と私はずいぶんと苦労したものです。ギャンブルなどこの世から消えてしまうべきものなのです」

「だが、少しくらいなら……」

「いいえ、なりません!」


 リリカはきっぱりとした口調で否定した。

 これまで、反発などいちどもされなかったからびっくりだ。


「わ、わかった。とりあえずその話はあとにしよう。いまは泉の水を手に入れないとな」

「……そうですね」


 リリカの迫力はなんなんだ!

【単鬼】と恐れられた俺がビビっただと……?

 これもまた、リリカの秘めたポテンシャルだというのか!


「なんにせよ、謝礼を払って水を分けてもらうなどありえない話だ。額にもよるけど、弁当の原価が上がってしまうからな」

「確かに。そのぶんを値段に上乗せすることなんてできませんよね」

「まずはウィルボーンと話し合ってみることにしよう」


 レビの泉までは残り10キロメートル、走れば十分くらいで到着するだろう。

 町を後にして、俺たちは再び走り出した。

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