第9話 化身と濡れ衣
一度か二度。いや、もっとかもしれない。酷い激痛に、何がそうしたのか、何度そうされたのかさえ、朦朧とした意識で判断がつかない。
暗殺者の1人であるサキニムは、もう自分が限界である事を悟った。
「ひひ、こんな事なら、あのチビに死体を投げつけられた時、一緒に当たってれば、楽に死ねたかも」
帝都の影に生き、薄汚い波止場地区で、ゴミのように死ぬはずだった、幼い日。
手元にあったのは、溺れ死んだ姉から預かった、大ぶりのナイフだけ。
それからずっと他人を巻き込んで、死ぬ日を先延ばしにしているだけの、虚しい日々。
だが思えば、暗殺ギルドであるシャドウ・フッドを追放された時から、ずっとケチが回っている気がした。
「もう、終わらせちまうのも良いかもなぁ」
歯の奥に隠した毒薬。いつでも噛み込めるこれを使えば、一瞬で全身から血を流して死ねる。
けど、預かったナイフが鍔鳴る。何度も。
「もう少し粘ってみるか、くそ」
まだ、思いっきり噛み込む事だけはできる。しかし、彼の悲運は予想より、遥かに残酷だった。
「な、なんだアレは」
砦から天高く飛翔する、巨大な白鳥。あまりの美しさに彼は呆然と見つめ、次の瞬間体験したことのない寒波に、彼は木の葉のように吹き飛んでいた。
「な、うわぁあ、げっ、が、ぐふ、ああああ!?」
雪崩のように飛んでくる瓦礫と雪。何度も身体をぶつけ、口の中に仕込んだ毒薬も、歯と共に飛び出してしまう。
「一体、何が、嘘だろおい」
世界はすでに一変し、一面の銀世界。加えて、まるで塗料でも流し込まれているかのような、天から容赦なく降り積もってくる豪雪。
運が無いという程度ではない。嘆くにしても、まるで喜劇の一幕。
視界を覆う完璧な白に、天と地の境界線まで曖昧で、自分がどこにいるのかも分からない。
「嘘だ、いくらなんでも夏なのに、なんでこんな、ちきしょう!」
一度生まれた物は、そう簡単に死ぬことができない。生きることとは本来とてつもなくしぶとく、かつ、ほとんど自動的なのだ。
彼が安易に死ねないことを、もう一度自らの歯を確認して後悔するのは、そのすぐ後であった。
◇◇◇
ブラウエニー山砦の被害は、ボクたちの想像以上だった。
小さくても、暖かくボクたちを迎え入れてくれた城壁は破壊され、2階の貴賓室は、もう数本の柱しか残っていない。
恐るべきことに、破壊の中心は大きくズレている。仮に直撃していれば、山砦そのものが崩壊していても、おかしくなかった。
「どうみても国家交戦規定違反の崩壊魔法です。おそらく、密造された魔法杖を束ねて、強引に使用したのだと思われます」
「それは確かか、ネモネ殿」
「はい。この雪が降る前に、幻惑魔法で行使位置を割り出しましたが、術師本人が爆散した跡が残っておりました。間違いありません」
一緒に食料を馬車に積み込みながら、殿下とスティル隊長に所感を述べた。
死を前提とした魔法行使なんて、全術師への屈辱極まりない。その上、あの異常な魔力濃度では、このあたり一帯が迷宮になりかねない。
ふざけているのにも程がある。これは、明確な国家反逆罪と言える。本気で冗談じゃない。
「ならば、あの場に居た5名に招集を命じる。余と同じ馬車に乗り、急ぎあの者から、詳しい話を聞き出さねばならん」
「承知いたしました、我が君。私が術師メーアヒェンに、お伝えして参ります」
メーアヒェンちゃんの助言で、ボクたちは雪が降り積もる前に、最優先で移動の準備を開始している。
雪の勢いは絶え間ない。あと1時間もすれば、ファラガット城塞方面にも、進めなくなるかもしれなかった。
「全馬車にソリの増設。完了しました!」
「馬のかんじきも、取り付け完了です!」
「よし、生きている者は全員乗り込んだな。死んだ者の遺髪は?」
「既に全員回収いたしました。いつでも」
「では、移動を開始せよ」
スティル隊長が報告を聞き、殿下の号令で、馬車は新たな銀世界を駆け抜けていた。
手当たり次第に、急いで荷物を積み込んだ馬車内は狭い。それは、先頭を離れて駆けていく殿下の馬車も、例外ではなかった。
「順調です。冬をこえて整備してないかったと言う割には、何とか」
「うむ、よくやってくれたスティル。それで、術師メーアヒェンとやら。あの魔法はどういう事だ?」
「魔法?」
「あの冬の頂って魔法だよ。召喚魔法の一種なの?」
「わかんない」
「わかんないって、じゃあ誰に教えてもらったんですか?」
「教えてもらってない。毛むくじゃらを倒して、父上が困ったら唱えなさいって」
ふむ。メーアヒェンちゃんは、少し困ったようにボクを見つめている。
いやいや、みんなそんなボクを見つめても、天候を変える力なんて、聞いたこともないよ。ボクは彼女の保護者……には、少しなりたいけれど。これとそれとは違います。
「じゃあその、父上様の、お名前は?」
「父上は、父上だよ?」
「え、だから、お名前」
「⋯⋯⋯⋯?」
そっか、たぶん名前を本当に知らないか、覚えてないんだ。寒村の子供なら十分あり得るし、大人でもたまにあるもん。ボク自身も父親の名前知らないから間違いない。うーん、となると少し、質問を変えるべきかな。
「その、春を受け取らないっていうのは、どういう事か知ってる?」
「次の春まで、あの丘で雪は降り続けるんだって。そういう
「春までずっとなの、中断は?」
「一度はじめたら無理、ずっとだよ。でも迷宮が急にできるなら、妖魔も出てくる。だから封じたの」
迷宮から妖魔が次々に湧き出てくる。本当なら国家を揺るがす事態だt。理由は理解できた。
でもこれは、非常にまずい事になった。ファラガット城塞と帝都、その向こうの北国であるモナ・フロスガー公国は、帝国の主要な交易路と言っていい。
多くの鉱山と、船によるモナ・フロスガー公国の資源が手に入らなれば、国益に甚大な損失が出てしまう。
「なんて事を、しでかしてくれたのだっ⋯⋯!」
話を黙って聞いていたレボルト君が、顔を真っ赤にして怒りはじめた。
額から血をだらだら流しながらで、まるでオーガか何かみたいな剣幕で、驚いた。
「待て、レボルト。これは元を正せば暗殺者たちの犯行であり、この者に問われ、緊急なる対処を承諾したのは余だ。責任は余にもある」
「しかしですな、殿下!?」
「落ち着いて下さい、レボルト様。額から出血死してしまいますよ」
割れた兜の破片が額に突き刺さったのか、レボルト君の包帯が血で赤くなり始めている。みんなそうだけど、早く神官さまに見せないといけなかった。
「くっ⋯⋯触らんでいい、自分で処置できる」
「いや、私が癒そう」
スティル隊長様が鎧の聖印に触れて祈ると、したたり落ちていたレボルト君の出血が止まった。
「回癒魔法ですか」
「ああ。僧兵の中にも使える者がいる。今ごろ皆も治癒しているだろう。それよりも何とかならないだろうか、ネモネ殿」
おそらく、人の魔法でどうにかできるものではない。魔力こそ感じなかったけど、迷宮になる事に近いのかもしれない。
「残念ながら、対処法は存在しないかと思われます。帝都にある叡智の塔内の書籍ならば、何らかの手がかりが得られるかもしれませんが」
「よし、ならばこの件は全員、他人に話す事を禁じ、
代案ではないけど、殿下がメーアヒェンちゃんの行動を承認したという体裁は、非常に上手くない。ただ黙る選択肢だけでは、誰かに邪推される可能性も高い。
どうにか対処しなければなるまい。どうにか。
「我が君、代案ではございませんが、お1つ」
「うむ、申してみよ」
「あの場の目撃者は、この5人しかおりません。ならば、暗殺者たちにすべて濡れ衣を着せるのが、一番よろしいかと存じます」
「それは良いのか、魔女よ?」
「魔女ですから。そもそもあの雪を降らせた張本人が、どういう物か把握していないのです。であれば、この曖昧な状況を最大限利用するしか、もう手が無いかと思われます」
ボクの提案に、全員押し黙った。そうだ、連中が殿下を襲わなければ、こんな事にはならなかった。
責任のほとんどは暗殺者たちにある。なのに連中だけやりたい放題で関係ないとか、誰が許せるものか。
絶対に、何がなんでも巻き込んでやる。そうでなければ、あの戦場で傷つけられたすべてが、納得する訳が無い。
「名案だな。どちらにせよこの事態。ファラガットの首長にも相談せねばならん」
「砦に勤めていた者たちにも、何らかの説明をせねばなりません。彼らは帰れると思っています」
「わかっている、スティル。余が直々に説明するとしよう」
馬車の窓を開けて、後方を確認してみる。もう山砦が見えないほど、雪は降り積もり続けている。
ボクの魔法に、あの爆発的な寒波。おまけにこの雪だ。これだけやって生きているなら、暗殺者たちは伝説の怪物か何かだろうと、ボクは思えていた。
◇◇◇
あとがき
思い詰めると突っ走るネモネさん。忠義者になりすぎですねえ。
次回『濡れ衣と欲の形』
襲撃を制し、ファラガット城塞へ到着した一行を待っていたのは、首長とパトリック殿下の許嫁であるケイドリン令嬢だった。一方で暗殺者であるサキニムは、自らが誕生に加担した迷宮の底で、思わぬ出会いをすることに。
次回から暗殺者サキニム側の描写も追加されますが、互いの時間軸はほぼ前後いたしませんので、ご安心ください。
暗殺者サキニム側は、アダルトチックな描写も多くなります。どなた様もお楽しみに。
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