"いぎょじ"の村


あるところに、白い妖精と黒い妖精がいました。

色以外見た目はまったく同じな二人は、歌をうたうことが大好きでした。


白い妖精が歌えば、村中から人が集まりました。

「なんて美しい声だろう」

「心が洗われるようだ」

と誰もがほほえみ、白い妖精に花や贈り物を捧げました。


けれど黒い妖精が歌うと、人々は耳をふさぎ、顔をしかめました。

「縁起が悪い声だ」

「気味が悪い」

とみんな立ち去り、黒い妖精はいつも一人ぼっちになってしまいました。


それでも黒い妖精は歌うことをやめませんでした。

彼女にとって歌は生きるための息のようなもの。

歌をやめれば、自分という存在が消えてしまうように思えたのです。


ある晩、黒い妖精は月明かりの下で、ひとり小さく歌いました。

その声を、白い妖精は耳にしてしまいました。


――ああ、なんて恐ろしい声なのだろう。


自分の美しい歌が、この醜い歌と並べられることが耐えられませんでした。


白い妖精は村人たちに告げました。

「黒い妖精の歌は災いを呼ぶ。あの声が村を不幸にしてしまうのです」


村人たちは恐れ、やがて黒い妖精を追い出しました。

黒い妖精は泣きながら森の奥へ逃げました。

それでも声を止められず、ひとり歌い続けました。


やがて、森の深い闇だけが、その歌に応えました。

黒い妖精の声は闇と混じり合い、次第に形を変え、人々が夢にうなされるような禍々しい歌となっていったのです。


村では病や不幸が続きました。

人々は言います。

「すべて黒い妖精のせいだ。あの子さえいなければ」


その頃には白い妖精の歌も、誰の心も癒せなくなっていました。

かつては花のように集まった人々も、誰一人笑わなくなったのです。


白い妖精は思いました。

――あの子さえいなければ、ずっと賞賛を受けていられたのに。

――あの子を消してしまえば、また元に戻れるのに。


そうして白い妖精は、深い森へと足を踏み入れました。

黒い妖精の歌声を、深淵の奥へ、二度と戻れないように閉ざすために。


……その夜を境に、妖精は人々の前から姿を消しました。


けれど森の奥からは、今でもときおり歌声が聞こえるといいます。

澄んだ白い声と、濁った黒い声が絡み合い、聞く者の心を狂わせる、不気味な歌が。


おしまい。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 目を覚ますと、自宅とは違う天井が目に入った。古い木目は暗闇の中に佇むブラックホールのように見える。ここは実家の客間だ。幼い頃から、この部屋の雰囲気が怖くてあまり近寄ることはなかったが、昔私が使っていた部屋は現在物置になってしまっているので、帰省した時に布団が敷かれるのは大体この部屋になってしまった。


 祖母がよく聞かせてくれた御伽噺を夢に見た。二人の妖精のお話。村の北東にある森に入ると狂って出て来れなくなると、よく言われていた。それは二人の妖精のせいだと。いまならただ危ない場所に立ち入らせないための大人の策略だったのだなとわかる。でも確かに、あの森では人が消える。

 小学生の頃、三軒向こうに住んでいたクラスメイトの雄大君が行方不明になったのを思い出す。五人くらいで森の近くで遊んでいた時のことだったと思う。所謂ガキ大将、怖いもの無しの雄大君に、私は妖精の御伽噺を聞かせたのだ。彼はそんな話は聞いたことがないと言い、度胸試しにと森に入っていった。私や他の子は、彼の背中が森の暗闇に消えていく姿をただただ眺めていた。まるで大口を開けたような木々の中に自ら入っていくような、そんな印象だったのを今でも覚えている。

 その夜は大人たちが雄大君を探す声が村中に響いていた。私は布団の中で寝返りを打ちながら、彼は妖精に会えたのだろうかなんて考えていた。もう一度寝返りを打つと、襖が少し開いていることに気がついた。隣の部屋からうっすらとオレンジ色の光が漏れていて、祖父母がなにか話しているようだった。私は好奇心と眠れぬ夜の暇つぶしにと、こっそり匍匐前進で襖に近づき聞き耳をたてた。


「いぎょじになったが?」

「んや、連れてかれたんでねーか?」

「んだば次んときはどすんだ? はっきりさせねーと……」


 私にはわからない話だなと思ったが、妙にその時の会話は記憶に残っている。『いぎょじ』という聞き慣れない単語は特に。

 その後雄大君が見つかることはなく、彼の家族はみんな引っ越して行った。それ以降、私は余計にあの森に近づかなくなった。




 一ヶ月ほど前に友人が消えた。コスプレ仲間のるるちゃむ。この村の近くにある川で撮影をしてすぐのことだった。彼女は消える直前の配信であの川で撮れた心霊写真について語っていた。体にしめ縄を巻きつけられた、魚みたいな顔をした子供が写っていたと。残念ながら、撮影データは私の元にはないのでそれを確認することはできないが、なんとなくわかった。


『いぎょじ』だ。


 私が帰省したのは、祖母に『いぎょじ』のことを聞きたかったからだ。だけど、それはなにか禁忌に触れることな気がして、まだ聞けていない。あの川は雄大君の消えた森とは別の場所にある。でもよく考えると……水源はあの森だったのかもしれない。


2023年9月29日

ひまり/note有料記事『妖精の住む森』


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 資料の中から、るるちゃむと共に撮影をしていたひまりちゃんがnoteに載せたであろう有料記事が出てきた。現在その記事は消されているので、中身が一致するかは定かではない。だがこのnoteによると、彼女は写真に写った存在に心当たりがあったようだ。


『いぎょじ』


 検索してもヒットはしなかった。先日ひまりちゃんに送ったDMを再度見るも、やはり返信はない。私は少し考えると、彼女に追撃のDMを送った。


"いぎょじ"についてお話を聞きたいです。


 資料の中にるるちゃむの配信やひまりちゃんのnoteがあるということは、坂下さんの作っていた作品に関係があるということなのだろう。普通に考えれば、例の古民家がある島根の村=ひまりちゃんの実家。つまりは『いぎょじの村』ということだ。

 

 程なくして、DMに既読がついた。

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