配信者が住んだ古民家は因習村にありました

『古民家住みます系配信者に襲いかかる恐怖』


 いくつか出した企画の中で最終的にGOサインが出たのはそれだった。うちで用意した俳優たちを配信者という体にして田舎の古民家に住まわせる。最近流行りの「古民家を改築するコンテンツ」を撮る彼らに襲いかかる怪異……そんな企画だ。この古民家改築の動画は最近よく見るジャンルで、そこに同じく流行りの『因習村』を組み合わせる。古民家のある村にはおかしな因習があり?といった流れにすればSNSでも目を引くだろう。


 千歳船橋駅から徒歩15分、最近できたコンクリート打ちっぱなしの垢抜けたデザイナーズマンション……ではなくそんな建物の影に隠れたいまにも押し潰されそうな雑居ビルの2階に、僕の働く映像制作会社「エイトフィルムズ」はある。仕事内容は主にテレビの下請けとしての仕事やYouTuberのWeb番組制作。それとは別に自社でも定期的に企画を立ち上げている。放送学科のある芸術大学を卒業後、憧れのテレビ局への就職は叶わず、渋々先輩の紹介で入ったのがこの会社だ。

 ディレクターというのは、テレビ局では自ら企画を立ち上げるのはもちろん、現場を回す力や編集のノウハウを学んだ先にたどり着くポジションだ。ADとして入ってすぐになれるようなものではない。だけどこの会社では人手不足もあり、入社して半年でディレクターとしての地位を手に入れることができた。吹けば飛ぶような、名前だけの役職だ。


「昔はうちも"呪いのビデオ"のパチモンみたいのよく撮ってたんだよ」


 そう話すのはプロデューサーの井村さん。この業界ではよく見るロン毛パーマと髭の組み合わせが特徴で、格言は「タバコを吸わないやつは出世しない」だ。タバコをふかしながら話す井村さんは、なんだかワクワクしてるように見えた。


「ホラーはいいぞ〜? 自分が考えた演出がダイレクトに視聴者に届くからな。恐怖と感動は単純ってのはよく言うんだよ。逆に一番難しいのは人を笑わせるコンテンツだな。あればかりは芸人の手を借りるしかない」

「会議の時も言いましたけど、僕本当にホラーとか苦手で……」

「ならお前が怖いと思う演出を素直にやりゃいいんだよ。ホラー慣れしてたりするとさ、なにが怖いのかとかわかんなくなっちまうんだ。そういう意味でもお前は適任だよ」


 僕がホラーが苦手な理由を、ここでこの人に話そうとは思わなかった。それは仕事においてノイズにしかならないと、わかっていたからだ。せっかくの自社企画、やるならクオリティの高いもの、バズるようなものを作りたい。苦手と言っても作るのはあくまでモキュメンタリー、「本物のような偽物」だ。実際の心霊スポットに行くわけでもなければ、呪物を取り扱うわけでもない。そう思うと、気持ちが軽くなった。


 撮影開始予定は2024年4月。あと三ヶ月で構成、キャスト、ロケ地などを決めないといけない。その中でも一番難易度が高いのがロケ地だ。特に今回は「古民家」という特性上場所が限られる。本当に古民家を買い取るわけにもいかないし、かと言って建てるような予算もない。一番現実的なのは古民家であることを売りにしている民宿をロケ地として使用させてもらうことだが、演出レベルとはいえ改築のシーンなんかをどうするのかが課題になっていく。


古民家 貸し出し


 理想のロケ地が見つからず、半ばやけくそにそんなアバウトな検索ワードを入れると、ある一件のサイトがヒットした。昔懐かしいデザインの、いかにもパソコンに不慣れな人が作ったであろうサイト。回線速度の確認に使われる某男性俳優のホームページのようなデザインだ。


自然に囲まれた古民家です。

お好きに使っていただいて構いません。

管理人は手を出しません。

ご連絡はこちら→090-●●●●-●●●●


 「お好きに使って」がどこまでを指し示すのか、その確認も踏まえて詳細を聞くために、記載されている番号に電話をかけた。


「はい」


 15秒ほどの呼び出し音の後に出たのは、低い男性の声だった。


「あ、突然のお電話申し訳ありません。私、株式会社エイトフィルムズの坂下と申します」

「はぁ……」

「実は、古民家についてのサイトを拝見しまして、こちら条件が合えば使用したいと思っているのですが、サイトにあります"お好きに使って"とはどれくらいの範囲で」

「そりゃ好きには好きにだよ。それ以下でもそれ以上でもねぇ」

「たとえばその、改築なんかは……」

「改築らぁ?」


 僕は会社のこと、そして今回の企画について管理人さんに話した。モキュメンタリーと言っても伝わらなそうだったので、あくまでタレントが古民家をリフォームして住んでみるといった内容で、改築も本格的なものではなく演出レベルのものだと説明した。


「んだば問題ねぇよ。別に元に戻さなくてもええ」

「ほ、本当ですか!?」

「どうせほっといても朽ちてくだけでな。あれの管理に困ってただけでよ、それでちょっと小遣いでも稼げればと思っただけだ。好きにせぇ」

「あ、ありがとうございます! それで、料金なんですけど」


……っゃ……ゅき……ぁっ!


「うるせえって! いま電話中だら! わりぃな、子供が騒いでてよ」

「あっ……い、いえ。それで料金なんですけど」


 ロケ利用では、法外な値段を請求してくる場所も珍しくない。それこそ、写真と映像ではゼロが一つ二つ違うなどもザラだ。管理人はロケ利用の相場がわからなかったようで、こちらから破格の値段を伝えると、それが相場だと勘違いし了承してくれた。僕は一番の問題だったロケ地の手配がうまく行き嬉しい反面、管理人の雰囲気に一抹の不安を抱えていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 以上はあの議事録の、2024年1月9日以降の坂下さんの日報などから読み取れる情報を私が多少の脚色をしつつまとめたものだ。モキュメンタリーの制作は順調に進んでいたようだ。これ以降の日報や資料なども引き続きまとめてみることにしよう。






 


 

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