龍神の国と祝福の子

不破ぷりん

第一章 第1話

 ブルームは窓の外を見ていた。

 無限に降り続きそうな強い雨が、何もかも包み込むように天から流れて滑り落ちていくのを、ぼんやりと見ていた。 

(この雨がやんだら)

 生まれ育ったスカリー家を出て行くことが、もう決まっていた。

「お兄様ったらまたこんな暗いところで」

 ぷうとバラ色の頬を膨らませて妹のニコラが燭台に火を入れた。

「お前こそ、ノックもなしに入って来るのは相変わらずだな」

「ブルーム兄様は、いいの。だってわたくしと誰より仲良しなんですもの」

 身勝手な理屈でニコラは笑った。生まれたときからずっと一緒にいるこの兄が嫁ぐ日が近づいているのだ。

 ……そう、兄が嫁ぐ日が。

 ニコラは兄と同じ翠眼を細めて見上げた。

「ねえ、お兄様、お顔を見せて」

「こんな顔とっくに見飽きてるだろ? そんなに珍しい顔でもない。ほら、目も二つだし鼻はちゃんと真ん中についてる」

 ふふふ、と笑ってニコラは兄の髪に手を伸ばした。

「わたくしと違ってすっと鼻筋の通った世にも美しいお鼻がついてらしてよ。お兄様を見飽きるひとなんているものですか。特にこの赤い髪が、綺麗なんだわ。この髪はスカリー家でもお兄様だけ。わたくしもできることなら、こんな色の髪がよかったのに」

「そんなにいいもんでも、ないんだけどなあ。目立つし、年寄り受けは悪いし、あと、やっぱり目立つし」

 ぶつぶつと零しながらもブルームは妹に好きなようにその赤い髪を触らせた。こんな戯れもあと少しで、できなくなってしまうのだから。

「わたくしはこの赤い髪、大好きよ。ブルーム兄様によくお似合いだわ」

「いやだからさ、これのせいで目立つし、目つけられるし、難癖つけられるしで、大変なんだぞ?」

「おつりが来るくらいに褒められもするのでしょう。だってこんなに、素敵なんだもの」

 そう言ってニコラは心底嬉しそうに微笑んだ。兄よりも濃い色の髪は暗い室内では焦げたような茶色に見える。深みのある落ち着いたいい色だ。この髪色ならうるさ型の年寄り連中にも何も言われなかったろうに、とブルームは思う。

「お兄様は、お幸せですわね?」

 歌うように妹が訊く。

 ブルームは一度軽く奥歯を噛み締めた後で、確かに頷いた。

「ああ。そうだな」

 満足げに口元を吊り上げる妹の翠の目を見つめ返して、ブルームは囁いた。

「これで幸せでないなどと言ったら、龍神様の罰が当たるだろうよ」

「祝福の子ですもの。誰よりも誰よりも、お幸せにおなりなんだわ。わたくし、お兄様を誇りに思っていてよ。龍神様のご加護が降り注ぎますように」

 ブルームは微笑んで妹に「ありがとう」と呟いた。その翠の目に複雑な色の光が揺らめくのに、まだ少女を脱しきらない妹が気づくことはなかった。

 外は雨が降り続く。

 まだしばらくはこんな雨がやまない。

 どうせならこのまま、永遠に雨季が明けなければいいのに、とブルームは叶うはずのない望みを胸の中でだけ繰り返し願い続けていた。

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