第28話 醒めない悪夢

意識が浮上する感覚は、まるで冷たい水の底から、重い体を必死に引き上げるかのようだった。

最初に感じたのは、ズキズキと脈打つ激しい頭痛と、背中に突き刺さる無数の石の冷たさだった。


ゆっくりと瞼を開くと、ぼやけた視界の中に、心配そうに私を覗き込む同僚、田中さんの顔があった。


「宮内さん…! よかった、気がついたのね」


安堵の息を漏らしながら、彼女は私の体をそっと支え起こしてくれた。

差し出されたペットボトルの水を、震える手で受け取り、乾ききった喉へと流し込む。


「私は…どのくらい…」

「一時間くらいよ。みんな、あなたがどうなるかと思って…」


田中さんの言葉が濁る。

その視線の先を追うと、乗客たちが作るいくつかの集団が目に入った。

皆、こちらを遠巻きに見ている。

その目に宿るのは、憐れみ、そしてそれ以上に濃い、恐怖と猜疑の色だった。


特に、加藤を中心とした一団は、あからさまな敵意を私に向けていた。

彼が何かを囁くたびに、周りの人々がこくりと頷き、私への警戒を強めていくのがわかった。

私が「鬼」に選ばれ、理性を失いかけたあの数分間が、彼の支配体制を確固たるものにするための、絶好の材料となってしまったのだ。


(私は、もう信用されてない…)


孤立。その事実が、冷たい楔のように胸に打ち込まれる。

私が必死の思いで抗った結果が、これだった。


その、張り詰めた空気を切り裂いたのは、場違いなほど明るく、無邪気な声だった。


「みんなー、おにごっこはもうおしまい!」


全員の視線が、声の主、伊藤美咲へと注がれる。

彼女は石積みの山の上で、満足げに手を叩いていた。


「『おに』がちゃんとつかまえないから、つまんなーい。だから、つぎはねー…」


美咲は、にっこりと笑った。

その笑顔は、天使のように愛らしいのに、見る者の背筋を凍らせる、底知れない闇を孕んでいた。


「『かごめかごめ』をしよっか!」


その遊びの名を聞いた瞬間、乗客たちの間に絶望が伝播した。

鬼ごっこという単純なルールですら、死のゲームに変貌したのだ。

では、『かごめかごめ』は? 後ろの正面は、一体、誰なのだろうか。


新たな悪夢の始まりを告げる歌が、静かに、河原に響き渡ろうとしていた。

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