名もなき神々の王【Re:loaded】

70光年の修羅

常世編

第1話 その名ニュクティーモス

 天が黒ずんだ厚い雲に覆われ、朝夕なのかも分からぬ荒涼とした天蓋も朽ちた円柱カラムのみ遺る神殿の石盤が敷き詰められた中央に一段高く白い大理石の牡牛の像が横たわる。


 その背は窪み台座として平らに削られ磨かれていた。


 こちらへ声が届かないが頭に掛けた面紗ベールが外れ目の腫れた顔を隠しもせず、女達が泣き叫ぶ。


 台座へ一歩一歩進む足は怒りに震えていた。


 痩せ衰えた身躯に乗っかる頭に王冠を戴く“王”、眼窩も窪んだ眼に見えるのは希望エルピスのすべてを乾かせる絶望!


 両手に抱く紫の身包みの中から泣きもせずに眠っている赤子を台座に捧げた父たる王が、


「父を憎め、神を憎め、天すら、……全てを喰らい尽くす“λύκοςリコス”狼と化せ!」


 天へ神への呪詛を吐く。


Kboomドカーン!!”


 轟くイカヅチに急かされ魔神、”牡牛モーロック”の生贄の儀を我に示せ!と嗤う。


 【雷霆ケラウノス】に撃たれ朽ちた神殿ごと爆ぜ、台座に贄として捧げられた赤子も、


“雷に焼かれ焦がされた!”


 と、“王”以外誰も吹き飛ばされ、空気の焦げた匂いに絶望し、雷の堕ちた後へ目を向けられない。


 大地から膨大な量の土・石・砂・岩・岩塊が巻き上がり瞬時で巨大な人、女の体を成し、牡牛の台座を覆っていた!


 奇蹟、その言葉では足りない神、女神の顕現で【雷霆ケラウノス】が弾かれ阻まれた。


“自への服従を誓わせんが為に、……父に子を贄と捧げさせ、死を与えさせた。”

“冥府が赤子の無垢な魂を憐れみ……黄泉帰らせた。それをまた、雷で……。”


――“此の赤子の何を畏れている!”――


 巨大な大地の女神ゲーの顕現した体も各所からプスプスと煙が立ち昇り、ゲーも無事ではない。


“……!”


 沈黙する天を睨み、


“此の赤子は、万物の母たる我が預かり育てよう!”


 其の地に居た全てが皆、巨大な女神へ膝を崩し、“王”の祖母に当たる女神ゲーに平伏し祈った。


 ゲーの『隠り世』へ赤子は連れ帰られ、ゲーから“ニュクティーモス”と名付けられる。


 大地母神ゲーの養子となり、何れかの時、【半神デーモン軍団レギオ】を率いて全知全能の【ZEUSゼウス】よりも絶大な生ある者全ての支配者、“ΑアルファにしてΩオメガ”を僭称する唯なる存在へ戦いを挑む!

 男は、いつものように欠伸が出るほどの不景気風の中、地方の県道で軽自動車を運転していた。


 クライアントからの他県への呼び出しで高速代を出してくれそうにもない会社を呪いながらも法定速度で走っている。


 スマホのポップ画面では、


”まだか?まだか?”


 のメッセージだ。

 見たら、それだけ、着くのが遅くなるのに、


”このクソが……。”


 と書き込める訳もなく既読スルーの無視だけが唯一の抵抗?


 左手に見える長い生垣を見ながらずいぶんな敷地だなと感心しながら、学園都市と呼ばれる所以から何らかの研究施設とふんでいたら、案の定、〇〇高エネルギー物理研究所と書かれた門柱を横切った。

 確か、大型ハドロン衝突型加速器が地下に敷設されてるとか?何ができるかはチンプンカンプンだが宇宙のある状態を再現とか?スパコンと連動させてシミュレーションできるとかできないとか?

 数学の宇宙に意識が埋没する前に街路樹から猫が顔を出した。

 猫をよけて、ゆっくり減速させながら路肩に駐車させる。


”すぐ、どこかへ逃げ出す!”


 と思った猫は三毛猫で運転席のドアに近づきながら、必死に鳴きわめいている。


”何事か?”


 とドアを開けて、三毛猫を拾い上げ頭を撫でる。


「ミーちゃん、どうしたの?」


 と独り呟く。


  ”ミーちゃん”、小さなころ、家で飼っていた三毛猫の名前を自然に呼んでいたのだ。

 自分でも、不思議に違和感なく、その猫とミーちゃんが"同一の存在"に思えてならない?

 すでに、小学校に上がる前に道路へ飛び出し車に轢かれ……死んでしまっている。

 毛肌の感触も鳴き声も、そのものでしかない!

 鳴き声ではなく 。


“兄ちゃん、逃げてー!!”


 と頭蓋に響くメッセージを浴びせられて、茫然とするよりも体が猫を拾い上げたまま、車に乗り込み逃げ出そうと必死にアクセルを踏んだ瞬間!

 道路に亀裂が走り、”溶岩流マグマか?”と見紛う、真下から吹き上がる熱気と閃光に一瞬でアスファルトが溶かされ、爛れていく!足元から脳天まで熱湯に浸かされたように“焼き焦がされる!”と周囲を真っ白に覆う光源に囲まれ……意識が途絶えた。

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