第三章 激白 ①

「で、何でいきなり私に話しかけにくるのー?」

 同日放課後。

 部室に向かう土岐を、俺と星海で呼び止めて近くの空いている教室に入り込んだ。

「星海よりも誰よりも、要さんと仲が良い俺の知り合いって言ったら、土岐しかいないだろうが」

「あれ、ちょっと待って、波風君の知り合いって今の台詞に入っている人で全員なんじゃ……」

「えぐいことを言うな!」

 そんなことないだろう、天文部メンバー以外にも知り合いくらいはいるっての。

 席が隣の男子なんて時折喋ったりするほどの仲だ。名前は思い出せないが。

「認めなよ。その方が楽になるよ」

「何故に自首させられる流れなんだ」

「大丈夫、私たちが居るから」

「これ以上ないほどの慈愛の目を向けるな!」

「僕もいるから心配しなくて良いよ」

「星海そっち側なのかよ!」

 一瞬で二体一の構造になってしまったのがシンプルに寂しかった。

 隣の席の彼にはもっと積極的に話しかけて仲良くなろうと強く思った次第だった。

 涙が出そうになる両目を死に物狂いで見開き、「冗談抜きで頼む」と土岐に言う。

「えー。いくら方針立てられないからって、条件突きつけた張本人を捕まえて情報聞き出そうとするー?」

「これしか思いつかなかったんだ」

「波風君が要ちゃんと仲良くなるっていう展開は?」

「そんなノウハウがあるならとっくに星海に伝えている」

「あー、言っとくけど、要ちゃんと星海君、無茶苦茶仲良いからね。少なくとも波風君と私の百兆倍は仲が良いから」

「桁違いにも程があるだろうが! もう少し何とかならないのか」

「少なく見積もってこれくらいだからねー。多く見積もったら百垓(がい)倍」

「何だその知らない単位!」

 土岐と俺はそれほどまでに信頼関係を気付けていないのかと悲しくなると同時に――出会って数日の関係性よりも果てしないほどに深く関係性を気付けているならば、何の問題もないのではと思ってしまった。

 土岐がここまで言うならば、案外、二人のどちらかが動けばうまく行くのではないだろうか。

 その考えを星海に伝えようと目線を向けると、星海は、何故か驚いた表情をしていた。

「ど、どうした」

「いや、なんか、波風と土岐さん、すこぶる仲良いなって思ったんだけど……」

「は?」「へ?」

「ほら、反応も同時だし」

「「そんな訳無――」」

「今度はハモったよ」

「「…………」」

 何も言うまいと黙ってみると、この行動すら土岐と被ってしまって本当に何もできなくなってしまった。

 星海がニンマリとしながら見てくる。

 その視線から逃げるように目を背けると――見つめ合う形になり、より一層いたたまれなくなってしまった。

「あー、本題に入らせてくれ」

 下手くそな切り替えをしたあと、ようやく土岐に目線を向ける。

「まず、男性の好みを教えてくれ」

「初手の質問がそれってどうなのー?」

「真剣な話なんだ。土岐の願いを叶えるためだったら、何だってする」

「ふーん。そのためには当事者も利用するんだねー」

「当たり前だろう。土岐の『願い事』を一秒でも早く叶えるためなんだから」

「……ふーん」

 土岐は突如そっぽを向いた。視線を後ろに向けてしまう。先程まで真っ直ぐ見据えることができていたのに、これでは土岐の真意が掴みにくい。すかさず「どうした、具合でも悪いのか」と聞くと、「具合悪い方がまだ良かったよ」と即座に呟かれる。何が何だかわからないまま、土岐はようやくこちらを向いて、言葉を紡ぎ始めた。

「要ちゃんが好きな男性の要素……外見的なところは一切聞いたことがないね」

「内面的な要素はどうだ」

「『好きなことに一生懸命なだけで惹かれるでしょうが』。――これが、要ちゃんとした唯一の恋バナかな」

 恐ろしく要さんのモノマネが上手いのも、仲が良い証拠の一つと言えるだろう。

 そんな土岐がそう言うのなら、この情報は間違いないに決まっている。

 加えて、星海だ。

「星に関してなら条件合致しかしてないぞ!」

「そうだね、そうだよね! 僕は真に受けてしまって良いんだよね!」

「えー、それはあまりにも単純でしょうー」

「何でだよ! 星以外はしどろもどろの極致だが星関連ならいけるだろうが!」

「だってさー、要ちゃんだよ? 星海君も波風君も、勿論私なんか優に及ばないほど星に対して一生懸命だよ。パソコンを通してだけど」

 そうあっけらかんという土岐に対して――

 どうにもこうにも引っかかってしまって――

 俺は、「要さんよりも一生懸命な奴が目の前にいるだろうが」と、口に出してしまう。

「自分の好きな星から目を背けて、誰かのために必死に願うなんてこと、あって良い訳ないだろうが」

 ふとした言葉だった。

 単なる思いつきと表現しても良いかもしれない。

 それでも土岐は、間違いなく両目を見開いている。

 考えてみれば至極当然だった。

 土岐は、多分――自分ではなく――誰かのために必死になる人物だ。

 その誰かが判明したら、『願い事』がわかるのかもしれない。

「……波風君って、何でもわかっちゃうんだね。『願い事』を叶えたから?」

 真顔をこちらに向けながら、土岐は言う。

「それとこれとは関係が無いな」

「『願い事』を叶えたことは否定しないんだね。――要ちゃんの言う通りだ」

「待て、今何て言った」

俺が『願い事』を叶えた事実を伝えたのは、この学校で星海だけだ。

その張本人を見ると真顔で首を横に振っている。

星海がばらしたわけではない。

叶えた『願い事』を用いている場面を見られた土岐が推測するならわかる。そうではなく、ほぼ絡みが無い要さんがわかるというのは、どういう意味なんだ。

「知らない。要ちゃんに直接聞けば良いじゃん。私にした質問も、全部」

 そう言って土岐は立ち上がり、教室後方の扉から出て行こうとする。

「おい、どこに行く!」

「お手洗い。言わせないでよ、バカ」

 不機嫌な表情を一瞬見せた後、そのまま教室の外へと出ていった。

「…………星海、どういうことだこれは」

「……要さんが、情報網を用いて波風が『願い事』を叶えたっていうのを推測したってことかな」

「それにしては、断定が過ぎる」

 何が何だかわからない。

 どうやら俺は、土岐や星海どうこう関係なく――要さんという一人の女性と対峙しないといけないらしい。

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