第7話 スライム娘 ①
教壇に立ったのは、私たちの担任であるイリア先生だった。
小柄なのに不思議と存在感がある。
陽の光を受けてきらめく金の髪。
背中には透き通るような羽が生えていて、それを邪魔しないように、背中の大部分が大胆に空いた衣装を身にまとっている。
改めて見ると――やっぱり綺麗だなぁ。
妖精種らしい儚さがあって、思わず目を奪われてしまう。
「それでは、今日の授業を始めます」
透明感のある声が教室中に広がり、教室の空気が一瞬で落ち着く。
私は慌てて背筋を伸ばし、意識を授業へと引き戻した。
イリア先生が授業の指標を話し始める。
「一年生の前期の授業では、各種族に関する基礎知識を重点的に学びます。
なぜなら――互いの種族を理解することが、共存していく上で最も大切だからです」
「本日は、スライム族について教えていきます」
黒板にチョークが走り、先生は軽やかに線を引きながら説明を始めた。
分布は主にニヴルヘルム。
湿潤な土地を好み、常に豊富な水分を取り込みながら暮らしていること。
その体は、すべて核を中心に構成されていること。スライム族の体は“魔水”に近い性質を持っていて、少しだけ他の魔力の影響を受けやすい。
そして――世界融合事件の際には、いち早く人間族に協力し、浄化能力を駆使して毒に汚染された大地を蘇らせ、多くの人々を救ったこと。
今の世界において欠かせない存在であること。
先生の澄んだ声が教室に広がる。
「ふぅん……」
私は頷きながらも、教室に差し込む日差しに目を細める。
ぽかぽかと暖かくて、まぶたがだんだん重くなってきた。
先生の声が子守歌のように聞こえはじめ、もう意識が夢の世界へと傾きかけたとき――。
「そして、特に重要なことがあります」
その一言だけが耳に残る。
けど私はもう限界で、こくりと船を漕いでしまった。
「スライム族にとって“核”は命そのもの。核が傷つけば体を維持できなくなり、適切な治療を施さなければ命を落とします。
他の種族に例えるなら、妖精族にとっての世界樹、ドラゴン族にとっての逆鱗、人間族にとっての脳にあたります」
私の意識は半分夢の中。
だから、その重大な話の続きを、私は聞き逃してしまった。
「さらに……スライムの核は婚姻関係にも深く関わります。
スライム族のプロポーズとは、互いの核を交換します。これは単なる形式ではありません。
スライム族にとって核とは命そのもの。
それを差し出すというのは、未来を共に生きる覚悟の証明なのです。
古くは“核誓”と呼ばれ、今もなお種族の大切な伝統として受け継がれています。
だからこそ、核を託すという行為は、深い信頼と強い絆の上にしか成り立ちません。」
「次に…………」
ぼんやりした声が遠くに響いて――そこで、
びくりと体が揺れて、目が覚めた。
しまった、寝ちゃってた……! 授業中なのに。
気づけば教室の空気はもう切り替わっていて、先生は黒板から離れ、次の課題について説明していた。
「それでは、ランダムで二人組になってディスカッションを行いましょう」
イリア先生が軽く指を振ると、淡い光の粒子が教室を舞い、生徒たちの周囲でふわりと線を描く。
光が二人ずつ結ばれると、それがペアの合図だ。
私の目の前に光が伸び――
「よ、よろしくお願いします」
控えめな声とともに目の前に現れたのは、スライム族の女の子だった。
ゲームでよく見るような不定形のスライムとは違い、ちゃんとした人間に近い姿をしている。
透き通るような淡い青色の髪が肩先まで落ち、教室の光を受けて淡く光る。
大きめの瞳は水色に近く、少し陰気さを帯びているけれど、どこか守ってあげたくなる可愛らしさがある。
まつげが長く、小さな鼻と、ほんのり紅く染まった頬が可愛らしさを引き立てている。
口元は控えめに閉じられ、少し緊張している様子がうかがえる。
全体から透明感のある印象が漂っていた。
服は制服の形をしているが、独特の素材でできており、まるで水滴を纏ったかのように透け感がある。
水分を多く含む自分の体質を考慮して作られたものだろう、動くたびに柔らかく光を反射し、体の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる。
「よろしくね。私は人間族の神代ほのか」
「し、知ってます……。神代さん、有名ですから」
え、私そんな有名だったっけ? と内心で首をかしげる。
「そうなんだ。でも堅苦しいのは苦手だから、ほのかって呼んでね」
「そ、そんな恐れ多いです……! ぼ、僕なんかが……」
耳まで真っ赤にして慌てる姿が可愛らしくて、私は小さく笑ってしまった。
「あっ、自己紹介の途中でしたよね。僕は……スライム族のミルルです」
「ミルルちゃん?」
「は、はい……っ」
声が小さくて、今にも消えてしまいそう。でも一生懸命な感じが伝わってくる。
「そ、それで……ディスカッションですよね」
「うん。じゃあ、まずは私が人間族のことを説明するね」
私は教科書に載っていた内容を思い出しながら話し始めた。
平均的な寿命、身体能力の特徴、適応力の高さ。
私は教科書を思い出しながら、人間族の特徴や文化を話した。
寿命や身体能力の平均値、適応力の高さ。言ってみれば“教科書どおり”の説明をする
「って感じかな」
「わ、わかりました……。ありがとうございます」
「うんうん。何か質問ある?」
「じゃ、じゃあ……かみし……ほ、ほのかさんの好きな食べ物はなんですか?」
……あれ? 人間族じゃなくて“私個人”に関する質問? でもまあいいか。
「私? そうだなぁ……ケーキとか甘いものが好き。プリンもよく食べるよ」
「甘いもの……プリン……」
ミルルは口の中で繰り返すようにつぶやいた。
目の前のぷるぷると震える体の質感に、思わず昨日食べたプリンを連想してしまう。
その後も、好きな色や趣味のことなど、ぽつぽつとした質問が続いた。
「じゃあ次はミルルちゃんの番だね」
「わ、わかりました。ええと……」
少し悩んだあと、彼女は口を開いた。
「授業でも説明がありましたけど……スライム族は湿地や湖の近くに住むことが多いです。
核が中心にあって、体はそれを守るために存在しています……。
毒や汚れを分解できるから、昔は病や汚染を浄化する役目もあったんです。
あと……スライムの姿って、成長はしますけど極端には変えられないんです。
核に魂の情報が刻まれていて、それが形を決めているから……。
だから、人によって大きさや色が全然違うんです」
「へぇ〜」
「それに……核はただの“命の中心”ってだけじゃないんです。
感情や記憶もそこに宿っていて、私たちにとっては心臓と脳を合わせたようなもの。
だから、核を守ることが最優先で……。
一族の伝統では、幼いころから“核を隠す術”を学ぶんです。
外に出るときは服や装飾品で自然にカバーして……でも、完全に隠すのは難しいから、見抜かれないように注意して暮らしてきました」
彼女は指先で胸元を軽く押さえながら、少し照れくさそうに続ける。
自分の種族のことだからか、言葉は滑らかで、先生の説明よりもずっと分かりやすい。
「……こんな感じで、大丈夫でしょうか」
「うん、すごく分かりやすかったよ。ありがと〜」
「えへへ……。役に立てたなら、嬉しいです」
そう言ったとき、ミルルは初めて笑顔を見せた。
小さくて控えめだけど、その笑顔は可愛らしかった。
少し肩の力が抜けたのか、さっきまで縮こまっていた猫背もほんの少しだけ伸びて――そこで気づいた。
猫背に隠れていたせいで分からなかったけど、
この子……胸、けっこう大きい。
「じゃあ、私からも一ついい?」
「は、はいっ! なんでもどうぞ……!」
私は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「ミルルちゃんのこと、触ってみてもいいかな?」
「え?」
彼女の大きな瞳が見開かれ、透き通る体がわずかに震えるのが見えた。
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