M.I.A.
保紫 奏杜
Chapter1
A Trading Point - 1
“作戦行動中行方不明〈Missing In Action〉”
死と隣り合わせの任務に
後方からの閃光、耳を
それらが一瞬の感覚で、グレンの脳裏を
グレンは小さく
ここ数年で起こる頻度は減っているが、これ自体には慣れている。しかし作戦行動中の今、ふいに記憶が蘇るのは珍しかった。それに、いつも悪夢として見るものとは何かが違った気がする。何が違ったのかは分からない。だが、なんとはなく、違和感があった。
世の中には、超感覚と呼べるほど鋭い感覚を持っている者がいる。彼ら異能者の少なくとも一部は、その超感覚を明確に意識しているわけではない。なんとなく『そう思う』という感覚を出力しているだけなのだ。
多くの者は、天候の変化を鳥や虫が事前に感じ取っても当たり前だと思うだろう。それらの生物にある感覚を、人間には無いと断じることは正しいだろうか? 答えは
人だって事前に天候の変化を感じ取っているはずなのだ。その感覚が『なんとなく』という
ゆえにグレンは、自身の感じた違和感を捨て置かなかった。
「〈イーグルアイ〉。『積み荷』らしき物はまだ見つからないか?」
グレンの属するCIAのチームは、ある男を追っている。世界を股にかけ武器を密売している商人だ。その男の所在はある程度把握しているのだが、彼を法的に追い詰める決定的な証拠が掴めていない。今回、この国のテロリストに謎の武器を提供するという情報を掴んだため、こうして
「車から降りてきた連中は、それらしい物は運んでいないわね。彼らの向かう先は、やはりホスト・リーダーが居る場所のようよ」
通信を介して返ってきたのは、明るい女の声だ。彼女——〈イーグルアイ〉は、夜は停止している積み荷運搬用のタワークレーンへ忍び込み、そこから港の広範囲を見張っている。
チームメンバーは従事する作戦ごとに異なるコードネームを使っており、今回グレンのコードネームは〈フロッグ〉だ。傍受対策である。
「連中の
「G7になります」
通信器に立て続けに入ってきた声は、年配の男と若い男だ。年配の方がこのチームの現場指揮官であり、二人は離れた指揮所から情報支援を
グレンは頭の中で、今いるコンテナ上からのおおよその距離を
「
思考の端で聞こえた指揮官の軽口には、グレン含め誰も反応しなかった。面白くないひと言はいつものことだ。こちらが同じレベルで一言いうと「無駄口を叩くな」と理不尽な注意をされるが、自身で言うのは良いらしい。「緊張の緩和のため」なのだそうだ。
「シャキッと始まらんところも、まさにそうだろ」
指揮官が指摘したのは、この会合の集合の仕方だった。通常こうした会合では、ホスト側が待つ場にゲスト側が来て合流する。しかし今回はそうではなく、バラバラなのだ。港の通常営業が終わった夕刻から車がバラバラに入ってきている。時間も、進入口も、停車する位置もだ。
車列を作って人目を引いてしまうことを避ける効果はあるだろう。しかし、今回は大して意味がない。グレンたちが先回りをしているからだ。
ホスト・リーダーがすでに予測された
実のところ、この方策を取られるのは捜査機関側からすれば
まず、ホストとゲストの見分けが付けにくいのだ。バラバラに入られるため、その都度、どちら側の者なのかを調べなければならない。厄介なことに、今回、ホスト側の顔情報は地元警察からCIA側へ提供されていなかった。それでもCIAが独自に把握した情報があるため、グレンたちはそこから判断している状態だ。だがやはり、地元の機関に比べれば確度は低い。
グレンたちの知るゲスト側でないならホスト側、という見方はできるが、その判断は危ういものだ。たまたま顔の割れていないゲスト側の可能性もある。ゆえに最終的には、『ホスト側の可能性が高い』というような曖昧な判定に落ち着けざるを得ない。
こういった問題を発生させられている『
さらに捜査機関にとって都合が悪いのは、潜伏していることを知られる危険性が高まることだ。現にバラバラに降車した面々は、周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいる。銃で武装している彼らはそれを隠そうともせず、物陰を覗き込んだり、積み上げられた箱やコンテナをつつき回しているのだ。
「これってお仲間の位置、バレちゃってるんじゃないの?」
〈イーグルアイ〉が不満そうな声を上げた。そう思わせられる行動を上から見たのだろう。
「問題ない。それはあちらさんの事情だ」
指揮官の返答は冷たかった。しかし、実際CIAが介入する現場は大体がこういうものだ。実質『兵隊』を持たない諜報機関である以上、力押しでの主力は現場の責任機関に頼ることになる。その協力関係において「余計な手出しはするな」と釘を刺されることの方が多い。
「〈アリーキャット〉。そちらは問題ないか?」
「問題ありません」
通信で指揮官の呼び掛けに答えたのは、このチームのもう一人の女性工作員〈アリーキャット〉だ。彼女は外部から港への侵入を警戒しており、脱出が必要となった際には〈イーグルアイ〉とグレンの回収を任じられている。
「最初の車の到着から何分経った?」
「二十七分です」
次の指揮官からの質問には、彼と同室にいる若者〈ハミングバード〉が答えた。
「これで全員集合かもしれないな。連中も、いつまでもだらだらした状態を続けはしないだろう」
その意見には、グレンも無言で同意した。武器密売の取引現場など、長引かせても良いことはきっと何もない。
「そう願いたいわ。これが朝までなんて絶対にゴメンよ」
「おトイレ事情か?」
〈イーグルアイ〉があまりにも嫌そうに言うので、グレンは少しからかってやった。〈イーグルアイ〉とはもう長い付き合いだ。
「ハズレ。それはここにもあるから。困るのはコーヒーよ」
「あら、私なら誰が使ったか分からない簡易トイレはご遠慮したいけれど?」
〈アリーキャット〉のからかいに、〈イーグルアイ〉が微かな笑い声を立てた。
「それは半分アタリ。誰が担当者かは調べて分かってる。その上で使いたくないのは同感」
「おい、
「あら、新しいお客さんだわ」
指揮官の呼びかけを遮る形で、〈イーグルアイ〉が報告を挙げた。いつものように無駄口を叩きながら、しっかり観察を続けていたらしい。
「見覚えがあるわよ、あの歩き方。マウンテンのところの用心棒の一人ね。ほら、今は見えないけど、肩にサメのタトゥーを入れてる奴いるでしょ」
「ケルヴィン・アーリントン。通称ボグです」
〈ハミングバード〉から、すぐに答えが返ってきた。〈イーグルアイ〉の見ている景色は、転送されている指揮所でも確認している。『マウンテン』というのは、追っている武器商人の通称だ。
「ああ、そんな名前だったわね。確か軍隊上がりの男よね。いい体してる」
グレンは〈イーグルアイ〉の軽口を聞きながら違和感を覚えていた。ボグは武器商人マウンテンが傍に置いている腕の立つ護衛の一人のはずだ。常に身の危険を感じているであろうマウンテンが、自身の護衛を薄くする理由は何だ?
「〈イーグルアイ〉、こちらでも確認する」
「
指示された方向に姿勢を変え、グレンは暗視装置付きの双眼鏡を覗き込んだ。そうしながら、もう一つの違和感に思い当たる。
バラバラにやって来ていた車からは、二名から五名の者たちが降りてきていた。その中でマウンテン側と見ている者たちは、二名か四名だった。これをグレンは特殊部隊員の基本行動単位であるツーマンセルを意識しているものだと考えていた。さすがに練度が高いと感心さえしていたのだ。
〈イーグルアイ〉が見つけたボグは、最後にやってきた車から降りてきたようだった。その傍にはあと二人の人影がある。彼らは三名で降りてきたのだ。もし自分の読みが正しいと仮定すれば、彼ら三人の内一人は非戦闘員の可能性がある。もしそれがマウンテン本人であれば、彼を確保する絶好の
「
「中身は見えるか?」
「ん~、RPGが二丁のようね」
それだけの取引にしては手が込み過ぎている。グレンはさらに増えた違和感と共に、ボグの向こう側にいる者を確認しようと目を
確かに一瞬目にした横顔に、息を呑む。この十年、片時も忘れなかった男の顔だ。
「ランドル……!?」
グレンから大切な者を奪った悪魔が、そこにいた。
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