名もなき旅人の影

@Buivanlinh

序章

第1時代の3786年。広大な大陸アーナラにおいて、巨大な闇がゆっくりと、静かに、そしてやがて激しく広がり始めた。それは原始の森、豊かな谷、そしてあらゆる生き物の魂を飲み込んだ。


地獄の深淵から、魔王ザヒダクが蘇り、太古の魔力と一万年にわたって蓄積された憎しみを宿していた。彼は血に飢えたオークの軍勢と人類を裏切った者たちを率い、諸王国に死をもたらした。


彼の闇は戦争だけではなかった。それは精神を堕落させ、本質を歪め、希望を絶望に変える邪悪な魔法であった。都市は混乱の中で崩壊し、緑の平原は黒い砂漠へと変貌した。どれほど強く輝く光であっても、彼の足元では次第に色褪せていった。


かつてない脅威に直面し、人類は古の同盟者を求めざるを得なかった。深き森の主であり、自然の声を理解し、意思によってそれを操ることのできるエルフ族が、ついに同盟に同意した。しかし、たとえ二つの種族が力を合わせても、戦局は変わらなかった。戦争は七世紀以上にわたり続き、血と灰の時代が続いた。王国が次々と滅び、勇敢な王や女王たちの名も戦後の子守唄の中でこだまするだけとなった。


光が完全に消えようとしていたとき、人類の限界を遥かに超えた力を持つ四人の偉大な魔術師が現れた。彼らは魔力、魂、運命を一つにし、究極の封印魔法を創り出した。最後の戦いにおいて、彼らは命、記憶、そして名前までも捧げ、ザヒダクを虚無へと追いやった。


封印を解く唯一の方法は、古の書に記されていたが、それはすでに失われていた。炎と煙が消えた後、アーナラは徐々に回復した。王国は再建され、平和が静かに、そしてかろうじて戻った。人々は忘れ始めた。闇の記憶は次第におとぎ話となり、冬の夜に暖炉の前で語られる物語として残るのみとなった。


だが……永遠の封印など存在しない。永遠に眠る呪いもまた存在しない。


アーナラのどこか、埋もれたはずの何かが静かに目覚めようとしている。過去からの囁きが夜の闇にこだまし始めている。そして、それが太古より運命に刻まれていたかのように、新たな旅が始まろうとしている。英雄たちのものではなく、誰にも記憶されず、誰にもその出自を知られぬ者の旅が。

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