あなたへのプレゼント
猫飼つよし
第1話 プロローグ
最後の花火が上がった後、ブルーシートを敷いて、座りながら夜空を見上げていた大勢の人たちは歓声を上げた。
その後、そそくさと立ち上がってシートをたたみ、共にした河川敷を後にしていく。
その光景を目の当たりにしていた、五歳の少女は、母親の花柄のロングスカートを引っ張り、「もう終わりなの?」と、きょとんとして聞いた。
すると、母親は少女を見下ろした状態から、しゃがみ込んでニコッと笑った。
「そうよ。終わりよ。二時間あっという間だったね」
「どうだ。花火は綺麗だっただろう?」
母親の隣には父親がいた。少女の家庭は三人家族であり、今日は両親と共に、家から歩いて三十分ほどにある河川敷まで来ていた。
「うん、凄く大きくて綺麗だった」
彼女は屈託のない白い歯を見せて笑った。
三人は帰る大勢の人波に紛れ込むように、押しつぶされながら階段を上っていった。
「肩車をしようか」
父親はメガネを掛けていて、背が高く優男であった。
「うん」
そんな父親が少女は好きだった。
肩車をすると、一気に視野が広がった。帰る人波を見るのも何だか楽しいもんだ。
しばらく歩くと、大きな道路に出た。信号待ちをしている人たちが沢山いて、混雑していた。
三人もそれに続いて並んだ。両親二人は帰宅後の風呂の話をしている。
暗い夜道に何台もの車が行きかう。少女は夜の外出が今までに何回かあるが、街灯と信号の先のマンションの電灯だけが光っており、好奇心と恐怖心が同時に入り混じっていた。
ふと、彼女は一つの光景に目を止めていた。そこにはたくさんの花束が道路付近に置かれている。その横には人形だろうか。暗くてあまり見えなかった。
「ねーねー、お父さん。下して」
そう言う彼女に、父親は「うーん、もうちょっとしてからかな」と、周りの人波を一瞥しながら困った様子だった。
それを見ていた母親は、「いいじゃない。ここまで来たなら下してあげたら?」
「……まあ、そうだね。わかった」
父親は母親には逆らえないようで、しゃがみ込んで、少女を開放した。
すると、少女は一目散にその花束が置かれている方に走っていく。
「おいおい、どこに行くんだ?」
慌てて、父親は後を追っていく。母親もそうだ。普段行動力がある少女ではないので、どうしたものかとついていく。
すると、少女が見ていたのは一体の人形だ。金髪でカールされた可愛いフランス人形だった。彼女はすぐさまそのフランス人形を持ち上げて自分の胸に引き寄せた。
「可愛い」
そう嬉しがる少女に対して、父親は茫然としている。
「こら、それは人のものだから止めなさい」
と、父親は言いつけるも、彼女は父親の方を見ながら言った。
「何で、この人形置かれてたんだよ。誰のものでもないよ」
「これは後で持って帰る人がいるの。離しなさい!」
後ろで見ていた母親は、血相を変えて、彼女が抱えているフランス人形を力尽くでもぎ取ろうとするのだが、どこにそんな力があったのだろうか。彼女は離そうとしない。
「いいから捨てなさい」
「イヤ」
と、二人の口論が続き、ようやく母親は少女から人形を奪い取った。
「こんな汚いものは、もう見ない方がいいわ!」
母親はかなり感情的になり、怒りに任せて木々の中に投げ捨てた。
「何で捨てるの? お母さん……」
少女は木々の中に入ろうと走るのだが、母親に右腕を掴まれた。
「離して。人形さんが可哀想だよ」
彼女は嗚咽交じりに言葉を漏らした。この汚い人形にどんな愛着を湧いたのだろうか。母親は不思議でたまらなかった。
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