第2話 プロローグ 2
翌日の昼に母親は、今日は娘の為、手料理を振るって大きなハンバーグを作った。普段彼女は料理をほとんどしない。これも娘と距離を近づけるために施したのだ。
しかし、娘は遊びに出かけてからなかなか帰ってこない。あんまり遠くに行かないよういつも厳しく注意をしてきたし、また、娘もその言いつけを守っていた。
それなのに、家を出てからもう二時間も帰ってこないなんて……。
――まさか、誘拐されたのでは……。
母親はそう思うと一気に青ざめた顔になった。慌てて家を飛び出して、彼女の行きつけの公園へ向かおうとしたら、丁度娘は家の近くまで戻って来ていて、母親を見て無邪気に笑った。
「あ、どうしたのお母さん」
「何だ、返ってきてたの。……良かった。本当お母さん心配してたんだから」
ホッと胸を撫で下ろす母親だったが、彼女が手に持っていた物を見て一気に血の気が引いた。
それは昨日捨てたはずのフランス人形だった。髪はぼさぼさで、着ている服は所々傷が入ってある。
娘は母親の視線がフランス人形の方に向いていることに気づき、嬉しそうに両手で母親に見せる。
「昨日の人形さんだよ。お母さんが捨てたからボロボロになっちゃったけど、可愛いからあたしの部屋に置くんだ。名前はジェシーって言うんだって」
母親は頭を抱えながら、悲鳴を上げた。その声は隣家の住人まで聞こえるほどであった。
「どうしたの。お母さん?」
娘は純粋無垢に首をかしげると、母親はまた強い力で、彼女から人形を奪い取った。
「どうして私の言うことが聞けないの? こんなもの捨てるべきよ」
と、母親は小走りで、丁度ゴミ収集車が来ていることをいいことに、ゴミを回収している作業員に叫んだ。
「すみません。これもお願いします」
そう言って、母親は人形を彼に渡した。
「止めて、お母さん。あたしいい子にするから」
娘も母親の近くまで走り、泣きながら人形に向かって手を差し伸べる。
そのやり取りを見て、作業員は母親に言った。「……いいんですか? お嬢さん泣いてますけど」
「いいんです。さっさとどっかにやって」
母親は半ば錯乱状態だった。とにかく娘にこの人形を持たせたくない。
ずっと涙を流す娘に、作業員は戸惑いながら収集車のプレートに置き、そのまま回転していく。人形が見えなくなると、娘は膝をついて見えなくなった人形に向かって手を差し伸べている。一方母親は溜まっていたつまりが取れたように長い深呼吸をした。
「これで、良かったんですね?」
何気に作業員が母親に問うと、彼女は「ええ、結構です。ありがとうございました」と、深々とお辞儀をした。
「……行こう」
と、母親は娘に手を差し伸べるが、彼女がようやくそれを受け入れたのは、収集車が次のルートに向かっていった時だった。
娘は黙って母親と手をつないでいた。母親は娘の機嫌が気になって、顔色を窺ったのだが、娘は先程あれだけ涙を流していたのにも関わらず、まるで何事もなかったかのように、涙が乾いていた。
娘は母親の視線に気がついて笑った。
「ねえ、お母さん。今日の昼食は何?」
すると、母親は慌ててニコッと笑った。
「今日はハンバーグよ」と、言おうかどうか迷っていたが、彼女は娘を見ずに話した。
「どうして、さっきのお人形さんが好きなの?」
すると、彼女は屈託のない笑顔で声を張り上げた。
「だって、あたしと、ジェシーちゃんは繋がってるんだもん」
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