第2章 散文部の殺人
2-1.散文部室の密室殺人
「被害者は櫟絵梨花さん。藍里学園の2年生で、現場である散文部の部員…… か」
絵梨花の遺体を前にし、茶髪の整った髪を七三分けにして上品なスーツを着た男性が、まいったようにそう言った。
彼は
事情説明を兼ねて、現場に入ることを許可された俺も改めて遺体を確認した。何かの間違いではないかとも思ったが、遺体は間違いなく絵梨花だった。
最初はパニックになるだけだったが、冷静なると仲間を殺されたことを実感し、絶望感がこみ上げてきた。
「鑑識によると、死亡推定時刻は本日の19時から21時の間。クッション越しに胸を一突きにされ、ほとんど即死に近い状態です」
絵梨花の側で鑑識と話をしていた、黒髪を左右で小さく縛った童顔の女性捜査官がそう告げた。
彼女は
「19時から21時……ちょうど俺が宅配便を受け取っていた頃か」
そう言いながら俺は、鑑識の捜査が続く中で、改めて絵梨花の遺体を見た。絵梨花の胸のあたりにはナイフで刺されたような生々しい傷があった。
そしてそのそばには、ソファーに置いてあったクッションが血に染まり、穴が開いた状態で落ちていた。恐らくは返り血を浴びないように、クッション越しに刺したのだろう。それにしても……
「全然争った様子が様子が見られないな」
俺が考えていたことと全く同じことを、鑑識の検視結果を見ながら神崎警部が言った。
絵梨花は胸の刺し傷以外、小さな傷さえ負っていない綺麗な状態だったそうだ。よっぽど油断していたか、それとも犯人の手際が相当良かったのか……
「現場から凶器は発見されていないので、犯人が持ち去ったと思われます。それから、被害者のスカートの右ポケットにこれが入っていました」
三葉刑事がそう言って1つの鍵を取り出した。
「あっ、それは部室の鍵です!」
「なんだと!?」
俺がそう言うと、神崎警部は三葉刑事から鍵を受け取り、部室の扉の鍵穴に差し込んでまわしてみた。
「確かに、この扉の鍵に間違いないな。凍倉君、もう一度確認するが、遺体発見時にこの部室の鍵は掛かっていたんだよね?」
「はい、間違いありません。ですので玲司が持って来てくれたマスターキーで開けました」
「名城君、そのマスターキーはどこから持って来たんだい?」
俺の発言を受けて神崎警部は、部室の前で悔しそうに待機していた玲司にそう問いかけた。
「あっ、えーっと……職員室です。金庫の中に保管されていたので、安村先生に出してもらいました」
「安村先生、その金庫は誰でも開けられるのですか?」
事件を聞いて職員室から駆け付けていた安村先生は、学園内で起きた凶悪事件に打ちひしがれた様子で答えた。
「いえ、金庫を開けるパスワードは教頭と守衛責任者しか知りません。先ほどは教頭に電話して、緊急ということで特別にパスワードを教えてもらって取り出しました」
「今日マスターキーを借りに来た人は名城君以外にはいませんでしたか?」
「いいえ、借りに来た人はいないです。そもそもこの鍵は日中は警備員が持ち歩くので」
「えっ、警備員が持ち歩くのですか?」
安村先生の証言に対して、神崎警部が眉をひそめて聞き返した。
「えっ、ええ。学園内を巡回するときに不審な部屋を見つけても、鍵がないと入れないですからね」
「それで今日も警備員が持って行ったということですね。金庫に返却されたのはいつですか?」
「えーっと、9時半くらいでした。部室棟の確認が終わってすぐ返却されたので」
「部室棟の確認とは?」
「あっ、不審人物や遅くまで残っている学園生がいないかの確認です。あと施錠し忘れている部屋があったら施錠してくれたりしてくれます」
神崎警部は安村先生の話をかみ砕くように、腕を組んで数秒間黙り込んだ後で、おもむろに口を開いた。
「では、そのマスターキーと部屋の中で見つかったこの鍵以外に、部室の施錠をすることができる鍵は存在しますか?」
「いっ、いいえ。その2つだけです」
「誰かがこっそり合鍵を作った可能性はないですか?」
「それはあり得ません。この学園の鍵は特殊な作りになっていて、一般の鍵屋さんでは複製できませんから」
そこまで聞いて神崎警部は困ったように呟いた。
「ということは……この事件は密室殺人ということになってしまうな」
「そうなりますね。もしくはその警備員が犯人かですが」
「それもそうだね。安村先生、その警備員の連絡先を教えてください。捜査員を向かわせますので。三葉、確認しておいてくれ」
神崎警部にそう言われた安村先生は意気消沈としたまま頷くと、三葉刑事と連絡先確認のためデスクへと向かっていった。
とはいえ、俺はこの事件がこんな簡単なものではないと直感していた。そもそも警備員が絵梨花を殺害する理由なんてないはずだし。
「とにかく、君たちからも事情聴取をさせてもらいたい。まずは凍倉君からお願いできるかな?」
「もちろんです! お願いします、神崎警部」
こうして、俺達は順番に事情聴取を受けることとなった。
【事件現場の間取り図】
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