元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!

大濠泉

第1話 義母の陰謀によって、夫の不在中に、私は娼館に売られてしまった!

 私、伯爵夫人タリア・グリアーノは、自宅屋敷内で、いきなり、大勢の黒尽くめの男どもによって床に押し倒されてしまった。

 金切り声をあげて、ジタバタして、必死に抵抗を試みたが、無駄だった。


(いったい、なにが起こったの? ここは屋敷内ですのよ!?)


 猿轡さるぐつわを噛まされ、私は両手両脚を押し広げられる。

 そして、力づくで服を裂かれ、何人もの暴漢どもにのしかかられてしまった。

 夫が不在中の隙を突かれた。

 なんと自宅内で、伯爵夫人である私が、下衆げすな男どもに凌辱されたのだ。


 信じられない出来事だった。

 舌を噛み切ることもできず、身体をもてあそばれる間、ずっとうつろろな瞳になっていた。

 夫とする愛の営みとは、感覚的にも、天地以上の隔たりがある。


 嵐が過ぎ去ったように、しばらくして、男どもがおとなしくなった。

 そのときには、被害者である私も、すっかり虚脱状態になっていた。

 肌を露わにしたまま、力無く床に横たわっていた。


「あらあら」


 そこへ、聞き慣れた声が、私の耳に飛び込んできた。


「やはり、こんな下賤げせんな者どもに蹂躙じゅうりんされてよろこぶような女でしたか。

 アナタなんかにこれ以上、伯爵夫人を名乗ってもらいたくないわぁ」


 暴漢どもの後ろから、義母が顔を出してきたのである。

 そのかたわらには、義妹までが扇子を広げて立っていた。

 二人して、暗い笑みを浮かべて、地面に横たわる私を見下していたのだ。


 そして、義母が扇子で口許を隠しつつ、暴漢どもに命じた。


「息子がこの嫁をめとってから、わが伯爵家では悪いことばかり起きてるわ。

 でも、そうねえ……とにかくお金が必要みたいだから、この下衆な女の身体で存分に稼がせてちょうだい。

 もちろん、上がりは私たち、真の伯爵家の者がすべていただくけど。

 おほほほほ」


 かくして義母の陰謀によって、夫の不在中に、私は娼館に売られてしまったのだった。

 そして、裸にかれたうえに、両足のけんを切られ、私は一生、歩けない身体にされてしまったーー。


◇◇◇


 私、タリアが、領主グリアーノ伯爵家の邸宅に初めて訪れたのは、二年前のこと。

 伯爵家のご令嬢ミラ様の家庭教師になったのだ。


 伯爵家、それも領主様のご令嬢をお教えすることは、私には名誉なことであった。

 あと二年半で成人を迎える貴族の令嬢に教えるべき内容は多岐に渡っていた。

 歴史や言語、経営学などの座学をはじめ、舞踏会での作法や、テーブル・マナーなどの行儀作法、さらには楽器を用いての音楽の習得などなどーー。


 でも、ご令嬢は、すでにわがままにお育ちになっていた。

 すぐに授業から脱け出したり、癇癪かんしゃくを起こして物を投げつけたりする。

 母親である伯爵夫人が甘やかしてばかりだから、手がつけられなくなっていた。


 もっとも、同情すべき事情もないではない。

 隣国との戦争が続いており、ご令嬢を溺愛なさっておられた領主様が、手勢を率いて出征し、何年もの長期に渡って不在中であった。

 だからだろうか。

 わがまま放題の妹と違って、次期当主であるお兄様、アレックス様だけが、真面目で優秀だった。

 不在の父に代わって、腹心の家令ダミアンとともに政務をっていた。


 そんなお兄様、アレックス様から、私は求婚された。

 妹を相手に辛抱強く教えようとしているところを見て、気に入った、という。

 私よりも二歳年上のアレックス様は仰せになった。


「私には武勇の誉れ高い父と、気立ての良い母、少々わがままが過ぎるが可愛い妹がいる。

 あとは、共に領民をいつくしむ、愛情豊かでしっかりした妻が欲しいのだ」


 いきなりプロポーズされたときは、さすがにキョトンとしてしまった。

 実際、アレックス様の家族評は身内びいきに過ぎると思えてならなかったが、それはどうでも良い。

 私には、次期領主様であるアレックス様と、結婚など出来る出自ではない。

 私は丁重ていちょうにお断りした。


「私には無理です。アレックス様。

 貴方様と結婚するということは伯爵夫人、このグリアーノ領の領主夫人となることを意味します。

 でも、私はもともと戦災孤児で、修道会で育てられた身です。

 正室になるなど不可能で、側女そばめとなるのが関の山です。

 ですが、私は修道女ですので、側女になるために還俗するほど愚かではございません。

 ですからーー」


 アレックス様は、必死に断りを入れる私を見て、微笑みを浮かべられた。


「出自など、構わないさ。

 私の母ーー現在の伯爵夫人も、元は酒場の看板娘だったという。

 街中で酔った父を介抱した手際を気に入って、父が正室として迎え入れたのだ。

 わがグリアーノ伯爵家は代々、武勇で王国にお仕えしてきた。

 出自には寛容なのだ」


 それは知らなかった。

 ミラ様の家庭教師として、このお屋敷にやって来た際、開口一番、伯爵夫人ドロネス様はおっしゃった。


「修道女にはどんな身分の女でもなれるので、安心できないわ。

 アナタはどこの馬の骨かしら?」


 怪訝けげんそうな顔つきで、ジロジロと品定めされたことがあった。

 それなのに、まさか自身の出自が「酒場の看板娘」だったとは。


 でも、自分が次期領主様からの求婚を受けて良いのだろうか?


 不安になったので、答えを保留にしたまま、古巣の修道会に戻って神父様に相談した。


「戦災孤児たる自分が、将来の伯爵夫人になって良いのでしょうか」と。


 すると、神父様からは、意外なことに、手放しで祝福された。


「それは良いことです。

 グリアーノ伯爵家の嫡男は観る目がある。

 貴女を伴侶に選ぶとは、じつに賢明な判断です。

 即座に婚約の儀を執り行いましょう」


 修道会を訪れるテラス神父様は、教会の司祭でもある。

 実際、高位貴族の婚姻を、幾つも執りなしてきた実績もおありだ。


 でも、今は戦時。

 しかも、当主たる伯爵様は、自らの軍勢を率いて最前線の陣中にあるという。

 そんなときに、婚約の儀を執り行なうのは、さすがに不謹慎な気がする。


「お父様であるご領主様のご帰還を待ってからでは?」


 私が遠慮がちに声をあげると、神父様は顔を曇らせた。


「帰還できれば、それで良いのだがな。

 それほど戦況が厳しいのだ。

 グリアーノ伯爵が陣構えをした箇所に、敵軍が総攻撃を仕掛けたとの報が入っている。

 おそらくは、つまい」


「それではーー」


 私は思わず両手を口に当てた。

 気落ちするアレックス様の姿が、容易に想像される。

 武勇の誉れ高い父君に対する尊敬の念が、並々ならぬものと知っている。


 神父様は首を横に振る。


「グリアーノ伯爵家も大変なことになろう。

 だが、領土と領民の保全は、君たち若者の肩にかかっておるのだ」


 神父様の見立ては正しかった。

 数日を経ずして、わが王国軍の敗戦の報と、領主様の戦死が伝えられた。


 結果、お兄様ーーアレックス様が伯爵位を継いだ。

 それと同時に、私は嫁ぎ、伯爵夫人となった。

 領主様の喪に服す意味もあり、結婚式はごく内輪だけで済ませる質素なものとなった。

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