怪異無双Ep.2 視えない女と、憑かれた女と、ぼやく男(前編)

 学園祭を前に浮かれたキャンパス。

 屋台の匂いと笑い声が風に乗り、くだらない青春の断片がそこかしこに散らばっている。


 小夜は木陰のベンチに腰を下ろし、ひとり静けさを求めていた。——そのはずだった。


「小夜! いたいたーっ!」


 元気な声が平穏をあっさり吹き飛ばす。

 振り返れば、京子がたこ焼きと綿あめを両手にぶら下げ、満面の笑みで突っ込んでくる。


 小夜は小さくため息。嫌な予感しかしない。



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「……また何かやらかす気じゃないでしょうね?」

「ひどーい! 私そんなに信用ないの!?」


 口では抗議しながら、京子はたこ焼きを頬張る。返事を聞く気は最初からない。


「小夜がいるとさ、なんか絶対怪異出るじゃん! だから、オカ研来てみてよ!」

「……それ、呪い扱いされてない?」


 にっこにこで笑う京子。小夜はもう観念するしかなかった。



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 そして案の定、ずるずると引きずられる形でオカ研の部室へ。


 古びた木の扉を開ければ、そこは妙に薄暗い部屋だった。

 窓には黒いカーテン。蛍光灯はついているはずなのに光は頼りない。


 ホワイトボードには赤字で「実践式招霊術研究中!!」と書かれ、意味不明な落書きまで添えられている。

(……部活というより終末予言サークルに近くない?)


 小夜は心の中でそっと突っ込みながら、部室の奥へ視線をやった。



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 現れたのは、ロングヘアをまとめた女性。

 灰色のカーディガンを羽織り、柔らかい笑みを浮かべている。だが、瞳だけはやけに冷たい。


 オカ研の部長、五十嵐先輩だ。


「今日の実験は、この3人でやりましょうか。だって、こっくりさんって疲れたら怒るでしょ」


 その笑顔のまま言う。小夜の背筋に鳥肌が走った。



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 机の上には五十音表と十円玉。

 周囲には小さなLEDキャンドルが四つ、淡く灯っている。


 京子と、事務的な雰囲気の谷口が指を置く。

 だが小夜は腕を組んだまま、冷えた目で見ていた。


「私は見てるだけだから」


 観念運動、でしょ? くだらない。そう呟きながら。



---


 やがて——十円玉が動いた。


【ハ】【イ】【ケ】【マ】【ス】【カ】


「『はいけますか』って……どういう日本語?」

「“行けますか”ってことじゃない!?」


 京子の声は震え気味だった。

 LEDの淡い光の中、十円玉は止まらず、さらに滑るように動く。


【イ】【マ】【イ】【キ】【マ】【ス】


「……“いまいきます”?」


 小夜が眉をひそめた瞬間、パチッと音がした。

 部屋の奥で火花が散ったような、乾いた音。



---


 谷口が青ざめる。

「……京子さん、手、冷たくないですか?」


 硬貨に置かれた京子の指は、石のように固まっていた。

 口元が笑っているのに、目は笑っていない。


 ぞわりと、室内の空気が薄くなる。

 誰もが息を呑み、動けなかった。



---


 そのとき。


「──こっくりさんなんかじゃないッ!!」


 鋭い叫びが沈黙を切り裂いた。

 五十嵐先輩だった。


 普段は冷静な彼女の声が震えている。

「それ……もう、あなたじゃない……!!」


 谷口が悲鳴を呑み、小夜も言葉を失う。


 京子の口元が、不気味に吊り上がった。

 その笑みが彼女のものではないと、全員が直感していた。



---


To Be Continued…

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