第4話 検証クエストと時をかけるアル中疑惑



 とりあえず、俺は台所に避難した。

 いや、避難というか、逃げた。

 全力で。100メートル走の選手並みのフォームで。

 なぜなら――仏間で起きたあの出来事が、俺の平穏な精神を根こそぎ破壊したからだ。


 俺はコップを掴み、蛇口をひねり、水道水をがぶ飲みする。


「ぷはぁぁぁっ……! 五臓六腑に染みわたる……!」


 冷たい井戸水が喉を通るたび、心臓が「ドクドクドク!」とロックバンドのドラムソロを披露している。

 やめろ、俺の臓器でライブハウスを開くな。

 せめてBGMは落ち着いたジャズにしてくれ。


 そう、この屋敷は山奥にあるくせに、井戸水だけはやたら冷たくて美味い。

 夏でも冷蔵庫レベル。

 いや、もはや天然冷蔵庫。


 地球の恵みすごすぎ。文明バンザイ。

 たとえ電動ポンプひとつでも、「俺、まだ現代人だから」と妙なプライドを保てる。……多分。


 が、冷静になってくると、妙に現実的なことが気になってきた。


「ガスってどうなってんだ?」


 外に転がってるプロパンボンベはまだ残量あるけど、これ切れたらどうすんだ? 

 山奥までガス屋さんが配達してくれるのか? ていうか、そもそも道狭すぎて軽トラすら入れないぞ。


「田舎暮らしを満喫! オフグリッド生活!」


 なんて雑誌でオシャレに紹介されても、現実はガス切れ=ただのサバイバルだ。

 婆さん、よくこんな場所で生活してたな……。

 炭火?

 薪?

 それとも、まさかのカセットコンロ一本勝負?

 それ、野営キャンパーの領域なんですけど。


 そんなふうに無駄な心配をしているのは、脳が必死にあの異世界(仮)体験をなかったことにしようとしているからだ。

 脳みそが現実逃避モード全開。

 俺の脳はチキン。


「よし、とりあえず道路だな!」


 現実的な方向に逃げるため、俺は声に出して宣言した。

 まずは道を切り開こう。

 車が楽に通れるレベルまで整備すれば、ガスも米も宅配便も来る。

 Amazonだってドローンで荷物届けてくれるかもしれん。


 異世界? 知らん。あんなの幻覚。夢オチ。解散!


 そう決意して、俺は仏間へ戻った。

 飲みかけの日本酒と、湿気でフニャフニャになったせんべいが待っている。

 あぁ、これだ。これこそ現実。

 安心安全のアルコールワールド。


「夢オチ! はい、終了!」


 強引に幕を下ろすため、残っていた酒をぐいっとあおった、その瞬間――。


「うわぁぁぁっ!?」


 視界がぐにゃりと歪んだ。

 世界がブラックホールに吸い込まれるみたいに、闇に塗りつぶされていく。


 あ、これ、前にもあったわ。


「夢じゃ……ない!? 二度目だこれぇぇぇ!」


 慌ててスマホのライトを点ける。

 パッと浮かび上がったのは、ニッコリ微笑む仏様。


「いやいやいや! どういうこと!? 転移!? これ、異世界転移ってやつ!?」


 声に出して自分にツッコミを入れながらも、脳内の冷静な俺がボソッと囁いた。

 ――お前、昨日ラノベ読みすぎ。


 その通りだ。

 俺は最近、「トラックに轢かれて異世界」とか「魔王と同居生活」だのを読みまくっていた。

 だが現実は残酷だ。


 俺はいま、闇の中の祠(っぽい建物)にいて、仏様と視線を合わせている。

 これは夢でも妄想でもない。

 ガチ現実だ。


「よし、落ち着け俺。まずは状況確認だ」


 心臓バクバクのまま、祠の木の扉を押し開ける。

 ギィィィ……と、時代劇でしか聞かない音が響いた。


 ひやりとした夜風が肌を撫でる。


「うぉぉぉ、さっむ!」


 外は暗闇。

 マジで漆黒。

 懐中電灯?

  あるわけない。

 俺の準備能力、ゼロ。

 だけど目が慣れてくると、木々のシルエットや地面の起伏がぼんやり見えてきた。


 で、空を見上げた瞬間――。


「うおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 間抜けな声が勝手に飛び出した。


 満点の星空。

 夜空いっぱいに宝石をぶちまけたみたいな光景。

 しかも、太い光の帯――天の川がド派手に自己主張している。


「やっば……プラネタリウムの有料シートよりヤバい……!」


 テンション爆上がり。俺の語彙力は完全に崩壊した。

 衝動的にスマホを取り出して、パシャリ。

 証拠写真。

 重要。後で「夢じゃなかった!」って自分を説得するため。


 それから振り返ると、そこには立派な祠。

 あの山中で見つけた崩壊祠と、形はそっくり。

 ただしこっちは新品ピカピカ。

 もちろんパシャリ。証拠、証拠。


「よし、戻ろう」


 祠の中に入り、仏様に向かって手を合わせる。

 心の中で強く念じた。

 ――帰してください。


 ぐらり、と世界が反転。


 気づけば、再び婆さんの屋敷の仏間にいた。


「……帰ってきた」


 見慣れた仏像と神棚、そして蛍光灯のチカチカ。

 あぁ、現実。ホーム、スイート、現実。


 だが、スマホを確認すると――写真はしっかり残っていた。

 満天の星空と、立派な祠。

 加工でも合成でもない。間違いなく現物。


「マジか……本当に異世界、往復できるんだ……」


 条件は?

 新月?

 酒?

 それとも仏像?


 思考はぐるぐるまとまらない。

 でも一つだけ、確信したことがある。


 ――俺の引きこもり生活、終わったわ。


 もうネット掲示板に一日中書き込む日々には戻れない。

 だって俺は今、異世界に行けるアル中――


「時をかけるアル中コスプレイヤー……!」


 思わず口に出したが、自分で言って笑った。

 ひどい肩書きだ。でも、心の奥が高揚感でいっぱいだった。


 俺の第二の人生――いや、検証クエストが今、始まったのだ。

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