セックスとクローゼット
劉白雨
第壱話
「とっても良かったわ。」
「俺も、良かったよ。君とこんな関係になれるなんて、夢のようだよ。」
拓也もそう言って真梨の額にキスをする。
「嬉しい。」
真梨は頬を赤らめ、上目遣いに拓也を見た。
真梨は、拓也とベッドを共にしていた。
昼間から拓也に抱かれ、激しいセックスを味わい尽くし、今は甘い時間を過ごしていた。
その時、階下でドアを開ける音がした。おそらく夫の
「まずいわ!」
真梨は慌て飛び起きて、ベッド脇に散らばっていた服を掻き集め、片っ端から身に付けていく。焦り過ぎてシャツが前後逆になっていることにも気づいていない。
「俺はどうしたら良い!」
拓也も慌てている。まさか、旦那と鉢合わせになるなんて思いも寄らなかった拓也も青い顔をしている。
「バカ、大きな声を出さないでよ。」
慌てて真梨は拓也の口を押さえる。
「ご、ごめん。で、どうしたら良いんだ。」
拓也は慌てて小声になる。
「……そうね。取り敢えず、そのクローゼットに隠れて。」
真梨はそう言って、壁一面に備え付けられている、大きなクローゼットを指した。
このクローゼットは、真梨と、夫である将司の部屋着を入れておくためのもので、それなりに容量があるため、人一人ぐらい中に隠れることは可能だ。
真梨は、拓也をクローゼットの中に押し込み、拓也の服や持ち物も慌てて掻き集めて一緒に放り込んだ。
「おい、分かったから、そんなに押すなよ。ハンガーに当たって痛いんだよ。中でじっとしてれば良いんだろ。」
拓也はそう言って、放り込まれた自分の服を、ハンガーに掛けられた服たちを避けながら身に付け始めた。ハンガーに腕が挟まったり、慌ててズボンの片足に両足を通して転げそうになり、ブツクサと文句を言っている。
「とにかく、後で頃合いを見て、逃げ道を作るから、それまで中にいてよ。絶対に物音を立てないでね。分かった。」
真梨は、拓也に念を押して、クローゼットの扉を閉める。
最後の確認のため、部屋を見渡すと、ベッド脇に、万が一のためにと持って上がってきていた拓也の靴が転がっていた。
「もう。バレたらどうするのよ。」
真梨はそう言って、クローゼットの中にその靴を放り込んだ。
「真梨、いないのか!」
将司が、階下で真梨を探している声がする。
真梨はドレッサーで自分の格好を確認した。特に服の乱れもなく、髪の乱れが少し気になったが、フル回転で言い訳を頭の中で考えながら、声を張り上げた。
「おかえりなさい!」
これ以上遅くなると、将司が上がってきてしまうと思い、部屋の中を再度見渡した。ベッドの乱れが気になったが、もう時間がない。
そう思って階下へと降りた。
将司は、洗面台で手洗いと
「あなた、お帰りなさい。お仕事早かったのね。」
真梨は将司に声を掛けた。
「ああ、真梨、いたのか。ただいま。思いのほか早く終わってね。残業を覚悟してたんだけどね。」
洗面を終えた将司は、そう言って照れ笑いをする。そして、真梨を抱き寄せようと手を伸ばす。
「やめて、今はちょっと汗臭いから。これからシャワーを浴びようと思ってたんだから。」
真梨は慌てて、将司のハグを拒否する。拓也の匂いでも残っていたら
真梨は、一応タレントとして世間に知られている。それなりに人気があり、CM契約もいくつかある。
元々、高校生の時にアイドルグループの一員としてデビューし、その後、その美貌も相まって、あらゆる方面から引っ張りだこで、俳優や声優、タレントとしても人気を博した。
そして今は、良妻として、
そんなキャリアをスキャンダルなんかでフイにはしたくなかった。
「そんなこと、俺が気にすると思うか。」
将司は、真梨を無理矢理抱き寄せ、キスをする。
「もう、強引なんだから。変な匂いしても知らないんだからね。」
予防線を張りながら、真梨は呆れた声で言うも、そんな将司の強引な態度に、拓也に抱かれ火照っていた身体が再び
「真梨、今日はなんか雰囲気が違うな。」
将司はそう言うと、真梨の顔を上からマジマジと見下ろした。
「そう?さっきまでヨガをやってたのよ。少しは美しくなれたかしら。」
真梨は、そう言って誤魔化そうとする。
「ああ、今日は一段と綺麗だ。」
将司はそう言って、再び真梨を強く抱きしめて、キスをする。
「ありがと。」
真梨は照れ臭そうに顔を赤らめる。
漸く真梨を離してくれた将司は、改めて真梨の姿をマジマジと見つめる。
「その、シャツを後ろ前に着るところなんて、愛おしくてしょうがないな。」
将司にそう言われて、真梨は自分の姿を慌てて確認すると、ドレッサーで確認したはずなのに、シャツがなぜか後ろ前に着ていたのだ。
「あらやだ、私ったら。全然気がつかなかった。でも、良いわ、どうせこの後シャワー浴びるために脱いじゃうから。」
真梨は、そう言ってなんとか誤魔化す。
「そういう、君がかわいいんじゃないか。テレビやスクリーンの中では完璧なのに、時折見せるそのドジっ子ぶりが愛おしいんだよ。」
そう言って将司は、真梨のおでこにチュッとキスをする。
「もう、そう言って女心を
将司の甘い言葉に、真梨は嬉しくてしょうがない。
真梨はこれでも将司を愛していた。
仲が悪くて浮気をしているのではない。
将司も、他の男も、ちやほやしてくれる男なら誰でも良いのだ。だから、色んな男に色目を使い、ベッドを共にする。
ある種病気なのかも知れない。
真梨の男遍歴は高校にまで遡る。
アイドルになったのも、渋谷で男にナンパされに行った時にスカウトされたのが切っ掛けだった。
アイドルになっても、男遍歴を隠すことなく、自由奔放に大人の恋愛を楽しんだ。
世間はそんな淫らな真梨を叩きまくっていたが、彼女の才能が、世間の声を黙らせた。
だが、そのイメージを払拭したのは、将司と結婚してからだ。
ベンチャー企業の社長である将司のことを気遣い、真梨も男漁りを控えた。
もちろん、イメージの悪かった真梨を嫁に貰い、心から愛し可愛がってくれた将司への真梨なりの気遣いでもあった。
真梨は結婚生活にも満足していた。それはベッドの上でも同じだ。将司に愛される喜びは
こうして手に入れた〔良妻〕というイメージは、少しずつ世間に定着し、男漁りをしていた真梨のイメージは過去のものとなっていった。
しかし、人間の本質はそう簡単に変われるものではない。
真梨の男漁りは人知れず続いていた。真梨にとって男の味は麻薬の味だった。
そんな真梨でも、変わったことがある。
それは、世間にも、夫の将司にも絶対にバレないようにすることだ。
開けっぴろげに、自由奔放を地で行くような真梨が、すまし顔で良妻を演じているのだ。慎重に慎重を重ね、バレないようにコソコソと男漁りを続けていた。
だが、そのうち大胆に、気が大きくなり、バレなきゃ良いと、男を自宅に連れ込むようになってしまった。
最初はバレたら終わりだという恐怖にドキドキしていたが、そのうちコソコソと男漁りをするスリルが病みつきになり、こうして自宅に男を連れ込むまでになってしまった。
そして今回、とうとう、男を連れ込んでいる時に、将司と鉢合わせしてしまったのだ。
真梨は、内心ドキドキしながらも、いつもの調子で、将司に夕飯のことを聞いた。
「あなた、お食事は?」
「いや、まだだよ。」
「そう、ならすぐに支度するわね。でも、その前にシャワーを浴びさせて。」
真梨は、そう言って二階へ上がろうとする。
「わかったよ。ゆっくり浴びておいで。夕食は僕が作るから。君もまだなんだろ。」
「ええ。まだよ。じゃ、お言葉に甘えて、そうさせて貰うわ。」
真梨はそう言って、再び二階へと上がろうとした。
その時、将司が後ろから声を掛けた。
「ねぇ、真梨、香水変えた?」
将司が鼻をクンクンさせて、肩越しに真梨の匂いを嗅いでいる。
「えっ、香水?……ああ、香水ね。変な匂いする?」
真梨の心臓は飛び出しそうなほどドキッとした。びっくりして、一瞬何を言われたのか分からなかったが、匂いのことだと分かると、一挙に血の気が引いた。これはバレると覚悟した。
「いや、変な匂いというか、いつもと違って良い匂いがするからさ。男を誘惑するようなフェロモンの匂いかな。」
将司が冗談半分でそんなことを言う。
「もう、将司ったら。変なこといわないでよ。香水は変えてないわよ。ヨガをしていた時にアロマを炊いてたから、その匂いじゃないかしら。そんな誘惑するような匂いなんてさせないから。」
真梨はそう言って、将司の頬にチュッとキスをすると、逃げるように二階への階段を上がっていった。
二階に上がった真梨は、階下の様子に耳をそばだてながら、将司が上がってこないことを確認した。緊張のしっぱなしで、心臓のドキドキが止まらない。
しかし、どうやら、将司はキッチンで料理を始めたようだ。ご機嫌なのか鼻歌まで聞こえてくる。真梨は、それで一安心し、寝室に戻って、クローゼットを開けた。
「拓也、今がチャンスよ。ほら出てきて。」
真梨が小声でそう言いながら、クローゼットの中を覗き込んだ。
しかし、そこには、拓也の姿はなく、誰もいなかった。
「拓也、もう大丈夫だから、早く出てきてよ。」
真梨は慌てたように、小声で言いながら、クローゼットの中を探すが、いくら大きなクローゼットとはいえ、大の男が姿を隠せる場所など無いはずである。
「もう、どこ行ったのかしら。早くしないと、鉢合わせしたら大変なのに。」
真梨はブツクサ言いながら、部屋の脇にあるバスルームや、隣の部屋なんかも確認したが、拓也の姿はどこにも見当たらなかった。
「ホントにどこ行ったのかしら。自分で帰ったのなら良いのだけれど。」
真梨は、拓也が頃合いを見て自力で逃げたのだと思った。クローゼットの中には隠れた痕跡もなく、綺麗さっぱり元通りだった。
「こんなに几帳面に片していかなくても良いのに。拓也には悪いことしたわね。後で謝っておかなきゃ。」
真梨はそう独り
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