第15話 これからも修行を続ける

「だがこれで確認できた。貴様の修行も身にはなっている。まさか魔術を拳で打ち消し、縮地まで扱えるとは」


 あれ? なんかこれ褒められる流れになってる? 勝負には俺が勝ったかもしれないけれど、実質兄上には刃が立たなかったというのに。


「お待ちください兄上。魔術を撃ち消せたのは兄上が手加減をしたからでしょう。それに縮地というならば、兄上の縮地には全く追いつけませんでした」


「……」


 また兄上は考え込んでしまった。先程の戦闘で出来た痕跡を目で辿っていると、僅かに口が開いた。


(……自覚はさせん方がいいか?)


「自覚? 何を自覚させるというのです?」


「なんでもない! よいか。勝負に勝ったとて貴様をオットー家の人間として認めたわけではない。魔力の無い無能に跨がせる敷地などないわ」


「それは勿論です」


 俺が調子に乗らないよう律してくれた発言に、深く頷く。


 最初からオットー家の人間に戻れるとは思っていない。その為に修行をしている訳じゃない。


 ……でも、ちょっと兄上に認めてもらえたのは嬉しい。


「しかし恋しくは無いのか? 衣食住が揃った生活というものが」


「恋しくないと言えば嘘に成りますが」


 と返すと、兄上は胸元から紙を取り出し、器用に地図を描きだした。


 この山を降り、人目から避けた林道を通った先に何かがある事を示している。


「そこは父上も認識していない別荘だ」


「別荘?」


「ここからは独り言だ。父上は現在執務の為、王都へ凱旋している。少なくとも2週間は帰ってこないだろう。緊急時の為、食料や衣服も完備してある」


「兄上……」


「まあ俺は今や次期【三大魔】と目される程の魔術師に成った。そのようなシェルターは要らん。なら馬鹿みたいに五年も修行している無能が休む方が、まだ使い道があるというものだろう」


 ……ほんとうに兄上は変わらない。貴ばれるべき魔術師として常に凛々しく、かつ自信満々の雰囲気を崩さない。だけどその奥底にはちゃんと俺に根気強く修行をつけてくれ、かつ心配してくれる兄としての優しさがある。


 五年前もこの優しさに救われた。俺は兄上には感謝してもしきれない。


「いえ、行きません」


「貴様今のは行くところだろう!?」


 だけど、今はその優しさに甘えている場合じゃない。


「俺は兄上と違って魔力もない、オットー家の恥さらしです。故に人よりも十倍の努力を要します。ここで立ち止まっていては、俺の為にお腹を痛めてくれた母上にも顔向けできません。せめて『魔術騎士道』の【技】の章をマスターするまでは、この山を下りるつもりはありません」


「母上、か……」


「しかし五年前と変わらぬ兄上のご厚意には深く感謝します。俺が魔物を倒せるまで修行できたのは、兄上があの日外へと連れ出してくれたからです」


「オットー家から追放されたというのに、貴様はまだ俺の事を兄と呼ぶのか」


「だって、たとえオットー家から追放された身だとしても、たとえ魔術師に成れない身だとしても、そして五年経っても――兄上は、自分の自慢の兄上ですから」


「貴様そう恥ずかしい事をよくもぬけぬけと……!!」


 顔を真っ赤にした兄上からは、魔術師としての仮面が剥がれていた。


 幼いころよく見た、照れ屋な兄上がそこにはいた。


「……好きにしろ。別荘は空けておくからな」


「ありがとうございます」

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