第3話 希望の光を運ぶ夜の旅人

その日、街全体が停電に見舞われた。


ムーンライトも例外ではなく、店内はロウソクの明かりだけが揺らめく幻想的な空間になった。 マスターは、焦ることなく僕に声をかけた。


「さあ、大変です。停電で夢が道に迷ってしまったようです。一緒に配達を手伝ってくれませんか?」


僕は、半信半疑ながらも頷いた。


「はい、僕でよければ」


マスターが取り出したのは、一枚の古地図だった。そこには、街の地図が描かれているのだが、ところどころに「迷子の夢」のマークが点灯していた。


「あれは、夢が現実の世界に迷い込んで、混乱している場所です。早く届けてあげないと、人々の心まで不安定になってしまう」


僕たちは、地図が示す場所へ向かった。 深夜の街は、いつもよりずっと静かで、真っ暗な中に、ほんの少しだけ光が灯っていた。



最初にたどり着いたのは、公園のベンチだった。


そこに座り込んでいる男が、絶望したように空を見上げている。彼は、昼間カフェにいた、プレゼンに失敗したサラリーマンだった。


「ごめんなさい、失敗しました…」


彼の声は、虚しく闇に吸い込まれていく。足元には、光の粒がぼんやりと漂っていた。


「夢の欠片が、現実の苦しみに押しつぶされてしまったようです」


マスターは、そっとその光の粒を拾い上げ、僕に手渡した。


「この光を、彼の心に届けてあげてください」


僕は言われた通りに、彼の胸に手をかざした。

すると、光の粒は彼の心に吸い込まれ、彼の表情に再び力が戻ってきた。 彼ははっと顔を上げ、僕とマスターを見つめた。


「あなたたちは…? まさか、あのカフェの…」

「ええ。少し道に迷った夢を、届けに来ただけです」


男は少し戸惑った様子だったが、やがて深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。…まだ、やれる。もう一度、挑戦してみようと思います」


彼の言葉は、迷子の夢が再び力強く輝き始めたことを示していた。


次にたどり着いたのは、小さなアパートの一室だった。

そこでは、若い女性が、何度も描いたスケッチブックを破り捨てていた。彼女は、カフェで小説のアイデアを得ていた女性だ。


「もう、描けない…」


彼女の声は震え、瞳からは涙が溢れていた。彼女の周囲を、色のない光の粒がぐるぐると回っていた。


「彼女の夢は、現実の厳しさに、色を失ってしまったようです」


僕たちは、彼女が破り捨てたスケッチブックの破片を拾い集めた。それは、かつて彼女が描いた、色鮮やかな夢の欠片だった。僕たちはそれを彼女に渡した。


「これは…?」


女性は破片を手に取ると、まるでジグソーパズルのように組み合わせ始めた。 そして、その絵が完成した時、彼女の指先から再び、色が生まれてきた。


「よかった。描ける…!」


彼女は泣きながら、嬉しそうにスケッチブックに新しい絵を描き始めた。



夜が明ける頃には、僕たちはすべての「迷子の夢」を届けることができた。街に電気が戻り、人々はいつも通りの日常に戻っていく。 カフェに戻った僕たちは、マスターと二人で、夜明けの光を眺めた。


「マスター、夢って…」


僕は胸がいっぱいで、うまく言葉にできなかった。


「夢は、希望です」


マスターは優しい声で答えた。


「そして、その希望を信じ、諦めない限り、それは決して消えません。人々の心が、それを輝かせ続けるからです」


僕は、マスターの言葉を聞いて、自分の中に再び、失っていた情熱が戻ってきたのを感じた。 僕は、自分の夢の欠片が輝いていることを知っている。 そして、いつか誰かの役に立てるように、僕もまた、物語を紡いでいきたいと思った。


深夜のカフェ「ムーンライト」は、僕にとって、ただの休憩所ではなかった。

それは、夢の終着点であり、出発点。


そして僕は、そこで出会った「夢の配達人」に、新しい物語の始まりを教わったのだ


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