3・糾弾の日
暗い、暗い。僕はずっと闇の中。
怖い、怖い。僕はずっと罵られる。
辛い、辛い。僕はずっと耐えてきた。
だから、僕は泣き叫ぶんだ。
そうすれば、他のみんなが消えてしまうんだ。
そうして……僕は負のループを自ら繰り返してしまうのだ……。
☆☆☆
「貴様に、任務を与えてやろう」
[レッド研究所]の主人であるクーラン・レッドは、1人の宇宙人にそう言った。
彼の名はエスト・フレスラー。
クーランが引き入れたHRであり、全宇宙で広まる[
しかし、見た目は地球人でも通用する男性だ。
「任務……ですか?」
「難しい問題じゃねぇなあ。わかりやすいモンだよ」
クーランは顎を指で触っていた。
ニヤリと笑うクーランに対し、エストはオロオロしていた。
エストは落ち着きがない。
些細なことでも慌てだす。
だからクーランは彼に任務を与えなかった。
ところが今回、クーランはエストに任務を与えた。
「簡単に言えば、ラルクを持って帰ってほしいんだわ」
「ラルクって……あの?」
「奴は地球にいる。奴だけ引っ張ってやったら、地球はもうもぬけの殻さ」
ラルクとは、クーランが愛した《息子》。
HRだったが反抗して地球にいた。
その実力はエストも知っていた。
11の星を潰した、最大の犯罪者との噂。
エストが潰した星の数はたった4。
ラルクはエストにとって脅威なる存在だった。
「倒すより楽だろう? 心配すんな。運び屋も用意してやるよ」
さらに褒美もやる、実力も認める。
クーランは響きのいい言葉を並べた。
「僕を認める……?」
「そうさ。お前を俺の軍の一員として、認めてやる。今までは半人前だと思ってたがな」
「わかりました! 今すぐ僕は行きます!」
エストは180度回転し、準備しようとした。
「まあ待て。俺の言う事聞いてからだ。地球のどこか攻撃宣言しろ。そしたら奴はくる」
クーランは忠告した。
エストは気持ちのいい声で、彼に返した。
「いいのか、行かせて」
エストが部屋を出てすぐに、銀髪の少年が入ってきた。
「要は使いようだ。この機会ぐらいしか、奴は使い道が無いんだよ」
お前さんの部下にしたら? とクーラ ンは言うが……少年は首を横に振った。
「ギャーギャー喚く猿なんざ、こっちからごめんだ」
「手厳しいねぇ……」
「その代わり、運び屋をうちの部隊から引っ張るんだろう。報酬はあるよな?」
「お猿君の活躍に関わらず、お前さんには一定の報酬はやるよ」
ククク、と笑うクーラン。
少年は用はないと悟り、部屋を出ていった。
「お前を捕まえるのは絶対だからな……俺の手でやりたいもんだがな。出番は与えてやらんとな。競争は基本。勝てぬ者はいらん」
クーランは暗い部屋の中、唯一の灯りでもあるモニターを眺めていた。
そこには……黒髪ロングの眼鏡をした男性が映っていた……。
☆☆☆
【ホルプレス】の襲撃、すなわち私達の初陣は、私達の勝利に終わった。
武人兄ちゃん達から訓練を受けているので、教わった通りにやってみようとした。
だけど、実戦となればやっぱり戸惑う。
まず、ロボ形態になるまでに時間がかかった気がする。
勇希兄ちゃんなんて終始騒いでたな。
でも、【ホルプレス】が大量出現していたら、1体ずつ倒すのではなく、一気に殲滅する方法を考えろと、武人兄ちゃんから教わった。
私が提案し、【パスティーユ・フラワー】として、たくさんの敵を蹴散らした。
魔法のようにロッドを振れば、光の球が飛び出した。【ホルプレス】達は受けた。
青色の【ホルプレス】はそれだけで弾かれたように、爆発を起こした。
残りは赤色の【ホルプレス】だらけ。
【フラワー】のエネルギーが消費したので、形態チェンジやと武人兄ちゃんが叫んだ。
『スピードで回避し続ければ、ダメージは少ないだろう』
和希兄ちゃんが乗り出した。
【パスティーユ・スカイ】にチェンジした。
【スカイ】は両手に剣を持って、多数の敵に斬りかかった。
素早い動きで【ホルプレス】達は手も足も出なかった。
『地球に……こんな奴が……?』
驚きの声も出てきた。
ほとんどのロボは、【フラワー】と【スカイ】で全滅した。
残りは隊長格だけ。
『俺にやらせてくれ!』
勇希兄ちゃんが叫んだ。
武人兄ちゃんの了承も受けて、【パスティーユ・サニー】にチェンジ。
隊長格は動かなくなり、回避動作ができなくなった。
【サニー】は容赦なくパンチをお見舞いした。
隊長格は装甲が砕けてボロボロになり、後から爆発した。
私達の勝利だった。
戦闘後は無事に帰還して、私達は[ラストコア]内で泊まる……まではいいのだけど。
私は、今朝の模擬戦闘の件でモヤモヤしていた。
警報が鳴る前、武人兄ちゃんは王子を……本気で撃とうとしていた。
兄ちゃんの言葉と、構え方に嘘偽りが無いように見えた。
私は武人兄ちゃんが好きだけど……。
★★★
時間は夜になった。
今日も[ラストコア]内で泊まる予定で、私は基地内を歩いていた。
すると、私は外を眺めている武人兄ちゃんを見つけた。
外と言っても……実際は海底の映像であるが。
「兄ちゃん?」
私は声をかけてみた。兄ちゃんは気づいて、私の方へ向いた。
沈んでる様な表情だった。
「未衣子か……?」
「どうしたの?」
「大した事ないで? 未衣子はどうしたんや?」
「今から閲覧室に行って……勉強しようかなって」
「未衣子は熱心やなぁ……」
それからは、中々言葉が続かない。
武人兄ちゃんも、あの戦闘が気掛かりなのかもしれない。
当事者だもの、気になるのは当然だよ。
なんとか、気まずい雰囲気を打開しなきゃ……。
「あの……」
「なあ未衣子」
私は名前を呼ばれた。
この時、自分の体を震わせた。
「お前にとっては、俺はどう映るんや……?」
それって、私からの客観的視点が欲しいの?
私は正直に答えた。
「兄ちゃんは優しい人だよ。命の恩人だよ」
「そうか……」
武人兄ちゃんの返答はそれだけだった。
再びの沈黙。会話が続かない。
下手に話題を探しても、不穏な空気を打開するのは難しい。
私が内心焦っていた時。
「なあ、未衣子」
また兄ちゃんが呼んだ。
「もし、俺が地球を苦しめる敵に回ったとしたら、お前はどうする?」
敵……? 私達を助けてくれた武人兄ちゃんが敵に? [ラストコア]の人達も信頼する兄ちゃんが敵に?
私は、兄ちゃんの言葉が飲み込めなかった。
ただ固まっている私の頬に、武人兄ちゃんの手が伸びた。
手から伝わる、兄ちゃんの熱。
私は答えを出さないといけないのかな、と本気で思った。
でも、私の考えすぎでもあった。
武人兄ちゃんの熱が無くなっていく。
兄ちゃんの手は、私の頬から離れていた。
「いや、気にせんでええ。君らはまだ子供や。もしもの時は宗太郎らに任せるから」
兄ちゃんはちょっとだけ笑った。
私は答えを出さなくてよかった、と少し安心した。
離れたのは手だけじゃなく、距離もそうだった。
「明日も訓練あるからな、勉強も程々にしい?」
武人兄ちゃんが手を振って、去っていく。
何事もなく。
私は期待に応えられてないのかな……。
だってあの時、何も言えなかったから。
敵になるって聞いて、怖かったから……。
一体、どうすればいいのだろう。
武人兄ちゃんの隣に立つには。
ずっと兄ちゃんの味方でいるの?
でも、敵になったら?
地球を滅ぼす事態になっても味方をするの?
自分の住んでる星なのに?
私の思考はぐちゃぐちゃになっていた。
勉強はしたけど、身についたのかはわからなかった……。
☆☆☆
【ホーンフレア5th】の修理は無事に済んだ。
関節部分の材質について調べた所、ロボの装甲開発の研究もしているアレックスは、類似品で賄えるのではと考えた。
演習場、オート操縦による実験を試みた結果、3度目の挑戦で類似品で関節部分は耐えた。
サレンは再びお礼を述べた。
「ここまでご協力、ありがとうございました」
「いやいいんだ。俺もHR以外の地球外ロボを観察できてよかった」
「《神経チューブ》、やっぱり切れていたんですね……」
「ロボの骨格は基本、合成金属なんだが……すぐに傷む」
「柔らかい素材は必要なんですがね……」
会話は続いた。
「関節部分のみならず、足裏のゴム素材も替えておいた。……狭い演習場で戦闘を実施したのがいけないが」
「十分尽くしてくれましたよ。部品が無ければ宇宙船まで取り寄せないといけませんから」
「実戦は不安だがこればかりは致し方ない……それより王子は大丈夫なのか?」
アレックスは聞いた。
サレンはうん、と苦い表情をしていた。
「あの戦闘から落ち込んでるかも……仕掛けたのはこちらからだけど、本当は怖かったのかもしれないですね」
「HRの戦闘経験は……」
「武人さんが初めてですね。もしもの時は帰るつもりだけど……」
残って欲しいのよね、とサレンは言わずとも示していた。
「協力が難しいようならば司令には伝える。王子の御身を優先してくれても構わない。……ネックなのは君達と戦争に発展しないか……」
「それはないですね。王子の希望で地球に来たので、王や民は関与してませんので」
サレンの反応を見たアレックスはホッとした。
彼女の前には見せないが。
☆☆☆
マニュアル操縦時での初陣後も、私は毎日[ラストコア]に通っていた。
武人兄ちゃんの問いには答えられなかったけど、だからと言って、サボる理由にはならない。
せめて、私にできる精一杯の努力をしなければ。
次の学校休日。朝から来ていた私は、昼食を食堂で取るようにした。
正午だとやはり人は多い。
でも、座席は確保しやすいので、この多さは苦じゃなかった。
栄養満点なメニューを注文して、席を決めようとすると、ある人物を見つけた。
端の座席で1人座る男性。食事は飲み物とパンだけ。
私はこの人を知っていた。
武人兄ちゃんに挑んだリュート王子だった。
「あの……向かい、いいですか?」
私は先に聞いた。
黙って座るのは相手側が不愉快になるかもしれないから。
王子の返事は。
「ああ……構わない」
OKらしいけど、どこか元気がない。
やっぱりこの前の戦闘を引きずっているんだ。
私は悩みを聞いてあげようと、向かいの席についた。
「それだけで、足りるんですか?」
「ああ……随分量が多いようだが、君は食べられるのか?」
「朝はたくさん動いたから食べられるよ」
訓練を通して、鍛えられてきたから。と私は続けて言った。
そうか、と王子が反応した後は、2人の間に沈黙が続いた。
私もどう話したらいいか難しくて……。
でも、このままでは何も始まらない。
私は勇気を出して、王子に話しかけた。
「あの、」
「君は……奴についてどう思っている?」
王子が喋り出した。奴……?
「武人兄ちゃん?」
「そうだ。純粋な少女である君は、奴を慕っているのか?」
「助けてくれたんだよ? 兄ちゃんは私達を」
「奴は犯罪者なんだぞ」
「犯罪者……? 私にはそうには……」
と言いかけた私は、思い出したのだ。
兄ちゃんが言った、『敵になったらどうする』という問い。
私はまだ答えていないのだ。お箸の動きが遅くなった。
「何か、奴が言ったか?」
王子が私の食べる動作を見て言った。
私は黙り込んだ。王子にはお見通しなのかな、と思ったから。
「もういい。質問を変えよう」
王子は話さない私を見て、話を切り替えた。
「君は何故、毎日この基地に来ている? 学校などあるだろう?」
「学校は行ってるわ。その時は終わってから来ているよ」
「しんどくないのか?」
「むしろ楽しいよ。新しい事に挑戦できて」
「それが何を意味するのか、わかってやっているのか!」
王子の声のトーンが大きくなった。
これは多分、私達子供を心配しているサインなのは、理解できた。
「教えてもら ってる。危険なのは。でも私、学校が嫌いなの。無理して通ってるの」
「学校が嫌い……?」
王子は驚いた。彼からしたら、学び舎を嫌うなんて考えられないんだろう。
「いじめられてるの私。だから外では私1人にしない決まりができて……」
「君は1人でも来ているだろう?」
「勇希兄ちゃんの空手について行く、って言って出て来たから。帰りは迎えにくるよ」
もちろん本当の事。嘘はついてないよ。
王子は質問を繰り返した。
「君はなぜ、いじめられているのだ?」
学校が嫌って答えたら、そう聞いてくる人がほとんど。
慣れているので、正直に答えた。
「私のみる夢がおかしい、って口を揃えて言うんだ。同じ夢しか見れないのに」
「夢?」
「いつも同じ男の人が戦っている夢しか見れなくて……でもみんなはいろんな夢を見るからおかしい、って言うんだ」
「待て。同一の夢しか見れないとは……!」
王子が言い終わる前に、大きなサイレンが響き渡った。
もちろん、警報アナウンス付き。
1週間も経たぬうちに、敵がやってきた……。
☆☆☆
時は少し遡る。青い星・地球の近くの宇宙で、白い大型船が進んでいた。
船内の操縦室では、揉め事が起きていた。
「落ち着いて下さい! もう地球ですよ!」
「早く手柄を取りたいんだ!」
「我々が先に出ます! 貴方は標的が現れたタイミングで指示しますから!」
「うるさい!」
大の大人を小人達が囲むような構図。しかし微笑ましい光景ではない。
エストは自分を囲む小人達を押し退けて、操縦室を出ようとした。与えられた任務をこなす為に。
「ラルクは目の前だ!」
「今行ったら失敗します!」
「【ホルプレス】だからだ! 僕は違う! 強いHRだぞ!」
うおりゃあ! と大きな掛け声。エストが小人達を弾き飛ばした。
大声をあげたまま、彼は走っていった。
「待って下さい!」
入れ替わりで映像の通信が入った。
『行かせてやれ』
「しかし隊長……」
『奴は囮として、他のロボと戦ってもらう。捕獲は我々で行おう』
「わかりました」
小人の1人が通信回線で隊長格の小人とやり取りしている頃。
猛ダッシュしたエストは船の格納庫まで来ていた。ロボ形態に変身してまで、外の宇宙に出たがっていた。
『ここを開けろ! 扉を壊すぞ!』
脅しをかけたエストだが、隊長格の指示を仰いだ小人達は潔く後方の巨大な扉を開けた。
エストは宇宙へ出た。
しかし、問題はある。大気圏突入についてだ。
考えなしに突発的な行動を取ったエストだが、HR【ティア・ルーチン】には両腕にシールドが備わっていた。
これが自身を守る盾となった。
やがて空の色は明るくなり、エストの目にも緑色と茶色を視認するようになった。
HR【ティア・ルーチン】はドォン!と両足をつけて着地した。
動物が逃げ回る程の轟音。
着地点にはロボの足跡が深く刻まれた。
着地点から1歩前へ、動いただけ。
エストは高らかに叫んだ。
『出てこいラルク! お前をクーラン様に献上する!』
そこは荒地で、地球人はいなかった。
☆☆☆
ジェット機状態の【パスティーユ】に、私と2人の兄は乗っていた。
ジェット機は動いてない。
収容している輸送機内でじっとしていた。
でも、進路は確認できた。
モニター画面にカーナビのような地図が表示され、私達と敵の位置も把握されていた。
敵は海外の荒地にいるらしい。
『発進したら戦場や。何度も言うけど、生き残りたいんやったら勝つんや。それがどんな強敵でもや』
武人兄ちゃんの、暴論に聞こえる発言。
でも、二度も経験したらそれはまさに教訓だと気付かされた。
今もまだ怖い。でも逃げてたら私達がやられるし、地球までもが……。
考えるとゾッとしてる。
武人兄ちゃんは小さい脱出口の前にいた。
補聴器を付けているので、私達や[ラストコア]の人達と連絡が取れる。
『敵を確認しました。拡大します』
輸送機の操縦士さんが言った。モニターでも、敵の姿が見えたけど。
「あれ……? 【ホルプレス】じゃ、ない?」
『本当だ! 全然違うぞ!』
『敵は1体だけ?』
反応はそれぞれだけど、私達は【ホルプレス】じゃない敵に戸惑った。
でも、武人兄ちゃんは私達を落ち着かせた。
『【ホルプレス】と違ってちょっと手強いかもしれへん。でも、君らの乗ってるロボは最強や。これはお世辞やないで』
そうだ。私達のロボは最新鋭だって言ってた。
『本当は俺もついて行きたいとこやけど。様子がおかしい。先陣は君らが切って、後ろは俺が取る』
まずはこれで行こう。と武人兄ちゃんは言った。
その後、操縦士さんから発進準備はいけるのか、確認があった。
私達はすでに、ベルトもしてるし、両手にレバーを握っていた。準備は万全だった。
『繰り返すけど、レバーはちゃんと握ってね? 合体は状況判断してやってね?』
「はい!」
私達全員、返事した。
『じゃあ、飛ばすからね! 発進!』
ブゥン! と音立てて、格納庫の床を滑らせた。
すでに開いていた輸送機後方から、私達のジェット機が飛ばされた。
ジェット機は水平に飛んだ。
☆☆☆
「王子を連れてきました」
「大丈夫か?」
「ああ……」
リュートの返事は鈍かった。
アレックスには[ラストコア]内に専用の研究室を設けてもらっている。
ただ研究・開発の為の作業場ではなく、休息が取れる寝室も用意されていた。
リュート達を2人掛けのソファに座らせた。
「また、嫌な場面を見せてしまうが……」
「構わない。私とて、何もしないわけにはいかない」
「本来ならば、同行させたかったが……その調子だと足手纏いだろう」
アレックスの気持ちに、リュートは歯がゆい感情を持った。
すでに武人との戦闘以来、複雑な心境になっていたのだが。
備え付けのモニターには、現在の戦闘状況が映る。
3機のジェット機が合体し、【パスティーユ・スカイ】で敵に近づいていた。
「奴は……」
「輸送機にいるようだ。考えがあるらしいと」
「まさか!」
「不味い状況になればすぐに飛ぶと言った。敵の動きを読みたいそうでな」
【パスティーユ・スカイ】は持ち前の速さで近づくのは容易かった。
敵は……武器を持っていない、濃い紫色のロボ。
機体のラインが赤く光る。
攻撃開始、の筈だが。
紫色のロボ【ティア・ルーチン】の周りに渦のような強風が吹いた。
【スカイ】は弾き飛ばされた。
3人とも目を見開いた。
「身体に能力を秘めているのか……?」
「口元拡大できます? 牙のような歯が……」
「口のついたHRか……!」
敵のロボがHRと判断したが、3人とも初めて見たタイプで、詳細は知らなかった。
この映像は音声も入る。
もちろん、敵のHRの叫び声も。
『ラルクは白くない! 出てこいラルク!』
☆☆☆
ラルク? 初めて聞いた名前。
でも、どこかで聞いた事あるような名前……。
それは私だけかもしれない。
ラルクは白いロボじゃなければ、黒っぽいロボ……。
王子のロボは…黒より青と表現する方が良さそう。まさか……。
「武人兄ちゃん?」
私は無意識に名前を言った。
『いや……違うだろ』
『あの人の名前、黒川さんだし……』
2人の兄は否定していた。彼らも知らないのだけど。
でも、大声で叫ぶ敵と戦わない理由にならない。
むしろ、彼が呼ぶ相手が仮に武人兄ちゃんだとしたら……。
その可能性も否定できない。
「やっぱり、ここで食い止めよう」
『そのつもりだぜ!』
勇希兄ちゃんが答えた。
和希兄ちゃんから返ってこなかったけど、とりわけ過度な反応もなければ肯定の意だろう。
『聞こえてるぞ! お前達の声は!』
敵のロボの声だ。
『さっさとラルクを出せ! 地球にラルクはいる筈だ!』
未だにラルクと声を荒げる敵のロボ。
『その前に俺達が相手する! 武人さんに任されたんだ!』
和希兄ちゃんが答えた。
【パスティーユ・スカイ】は両手に青く光る剣をクロスした。
双剣の上から、敵のロボが見える。
私達は敵に勝負する気満々だった。
しかし、敵のロボは。
『ラルク以外の相手はしない!』
私達を吹き飛ばした。
『威力がすげぇ……!』
『【スカイ】では装甲が弱い……勇希!【サニー】にチェンジだ!』
和希兄ちゃんが提案した。
勇希兄ちゃんは了承し、機体から光を発して、【パスティーユ・サニー】にチェンジ。
【パスティーユ】は熱でロボの形を変形
させる。
コックピットは球状の特殊ガラスで守られて。
『いくぜ! 雄叫び野郎!』
勇希兄ちゃんは突撃する前に叫んだ。
雄叫び。確かに敵は叫ぶと、私達を吹き飛ばす威力を持っている。
それで戦うなんて、凄いなあ。
感心している場合じゃない。彼を倒すのに集中しないと。
【フラワー】じゃないからってサボったらダメだ。サポートしないと。
☆☆☆
(俺の策は、不味かったかもしれん)
武人はHR形態になり、未衣子達が交戦する敵を目指して飛んでいた。
数分前、武人は輸送機の格納庫にあるモニターで戦闘を目撃していた。
敵は近づく奴を吹き飛ばす。
となると、近距離戦には持ち込みにくいのは想像に難くなかった。
操縦士に指示して、別の小さい脱出口から、武人は降りた。
耳に補聴器が付いている為、操縦士とは連絡が取れる。
『この方角で合ってる思うけど、』
『連絡取っています!』
(まだ子供やからなぁ……目の前まっしぐらや……)
風は強くない場所。
進路さえ合えば、敵を間近で視認できると思った。同時に武人は嫌な予感を感じていた。
(HRは《同調性》があって、逸脱した能力持ち以外は集団で襲う。今回のは【ホルプレス】以上やけど、攻略しやすい方や……まずはあの子らに……!)
物事を考えている時に、不意打ちはやってきた。
【ブラッドガンナー】の背後から、真っ白な立方体が飛んできた!
攻撃を察知していた武人は立方体をかわす。
今度は前から立方体が飛んできた。
これもかわした。
(やっぱり……!)
武人の予感は的中していた。
未衣子達が現在交戦中とのロボ以外にも、敵が潜んでいる事。
だから武人は、未衣子達と出撃をずらしたのだ。
緊急時以外は見守るつもりだった。
立方体は増える。前からも後ろからも上からも。
未衣子達に駆けつけようとした気持ちが……ここで仇となるのか……。
武人は通信を繋いだ。
『今すぐ【パスティーユ・フラワー】にチェンジしろって言ってくれへん? 遠いとこから攻撃する方が楽やと!』
攻撃を交わしながら、武人は怒鳴った。
多数の立方体攻撃になんて事はない武人だが、ずっと続くと自身のストレスが溜まる。
誰かが仕組んでいるのに、顔が見えないのにイライラ。
さらに立方体の角から、白い糸状の線が出てきた。
【パスティーユ】の開発に協力した武人には、この線の意図が読めた。
自分を捕獲する目的だと。
『お前らの目的はわかった! コソコソせんと出てきいや!』
武人は叫ぶと、糸状の線を電撃銃で切った。
電撃銃の銃口には、縦状の稲光が出ている。
線を何本か切って、【ブラッドガンナー】は糸の巣から脱出した。
既に、武人は周りに囲まれた。
立方体のロッドを持った白いロボの群れだった。
☆☆☆
『【パスティーユ】の子供達! 今からよく聞いてくれ!』
操縦士さんから通信が入った。
【サニー】で何度も接近を試みるが、敵が叫ぶ度に弾かれる。
耐久性の高い【サニー】だけど、何度もダメージを受けると、ロボも私達の精神も疲弊する。
だから、操縦士さんの緊急通信は有り難かった。
『【フラワー】にチェンジして、距離を離して攻撃するんだ! 無闇に近づくだけではボロボロになるよ!』
【パスティーユ・フラワー】。私がメインパイロットになるロボ。
魔法使いの様な攻撃と防御ができるロボ。
私達は承諾して、【フラワー】にチェンジした。
右手のロッドで光の球を出した。
『そんなしょぼい球で、僕を倒せるか!』
敵のロボはまた叫んだ。
衝撃波の如く、球はロボの前で弾かれてしまった。
叫びの余波は私達にも及ぶ。
でも【フラワー】にはバリアを展開でき、これで被害を軽減できた。
敵は未だに立っている。
けど、ハァ、ハァと息を吐く声も聞こえた。
モニター越しで画質は荒いけど、濃い紫のロボの肩は上下を揺らしていた。
あんなに叫んで、疲れないのかな……。
同時に、こんな心配も抱えてしまった。
(あの人、悲しそうにみえる。何でかな?)
倒すべき敵なのに、かわいそうだと思っていた。
急に、何か役に立てないかと、考えていた。
そうだ。試しにやってみようかな。
最初の【ホルプレス】戦では恐怖でできなかったけど、今はロボに乗っている。
説得だ。基本、交渉とか会議とか……話し合えば解決できる事もあるから。
もし彼が悩んでいて、悩みを聞いて、解決策を練れば、彼は叫ぶ苦しみから解放するんじゃ……。
「あの、聞きたい事があるの!」
『え?』
『未衣子、何やって……』
兄達には突然の行為に驚いただろう。
でもそれを私は気にしなかった。
敵のロボはまだ、ハァハァ言っていた。聞こえてないのかな?
「聞こえてる? 私の声!」
もう一度、私は話しかけた。
ようやく彼がこっちを見た。
☆☆☆
敵は【ホルプレス】の集団ではない。
だが武人は次々と撃ち落とす。
糸の巣から出てからまず数体、その合間に糸の巣を破壊。
迎撃はテンポ良くやっていた。
しかし、敵は増えていく。無限に増殖するように。
全てが白いロッドを振って攻撃してきた。
数が増えても、武人は対処した。
魔法のような攻撃を仕掛けるHRに、武人は見覚えがあった。
上を見上げる武人。その先は青空しかないが、彼は叫んだ。
『部下に動いてばっかりさせんと、いい加減出てきたらどうや!』
誰かが宇宙にでもいるんだろう、と武人は思った。
だが武人の発言は虚しく、何の反応も返らなかった。
【ブラッドガンナー】は武装をチェンジした。
普段の標準型よりもゴツい武装を施した。
両手にミサイルを放つ連射砲。
胸元にも……大砲の銃口が。
『天王星圏スイル、マルロ・ヒーストン! 上で眺めてんと降りてきいや! 俺の命ごと部下を落とすで!』
武人はまた、空に向けて叫んだ。
流石に周りに変化があった。
多数の白いHRが、武人から離れていった。
武人は戸惑い、離れて去る敵を撃ち落とせなかった。
(戦う意志あるんかわからんな……)
敵のHR集団が空へ上がるのを見た武人は、未衣子達をサポートする為、【パスティーユ】の元へ駆けつける事にした。
☆☆☆
『何の、つもりだ』
「どうしてあなたは、何でそんなに泣き叫ぶの?」
『泣き叫ぶだと……? 僕が……』
敵のロボは驚いた。
もしかして、泣いている感覚がないんだろうか……泣きじゃくる子供の様だと私は思ったけど。
敵の反応に違和感あっても、私は話し合いを続けた。
「だって戦うんだったら、私達に近づくのになぁ、って」
『僕はラルク以外は……』
「私達が邪魔だったら落とせばいいだけの事。こちらも装甲がボロボロだけど耐えている。武人兄ちゃんの言うHRだったら、倒せるはずだから」
私は精一杯、敵のロボに自分の考えを言った。せめてでもと。
敵のロボが止まった。
正確に言えば、肩の動きが止まった。
『だったら、教えてやる』
敵のロボが言った。
覇気が戦闘時よりも収まっていた。
私の問いに応じてくれるんだ。
【パスティーユ・フラワー】も距離を離して着地した。
近づくのだけは、ちょっと様子を見ようとした。
『僕は、ずっと避けられてた』
避ける? 嫌われるのと同じ意味かな。
『産まれた時から捨てられ、冥王星圏の研究施設をたらい回しにされて……誰も僕を助けようとしなかった』
酷い。そんな過去が……。
『悲しみのあまり無差別に星を潰したら、クーラン様と出会った。だが僕を信用しなかった』
敵のロボは話を続ける。
『待ち続けた結果、クーラン様は僕に命じた。ラルクの捕獲を。なのに! 僕はラルク以外の敵を相手している! このままでは、僕はまた捨てられてしまう!』
「そんな事……」
『あるさ! あの人は結果にしか拘らないから!僕は……』
「なら、私達が助けるよ」
『!』
『おい未衣子!』
『どうなってるんだ……』
兄達は動揺していた。それを無視して続けた。
「貴方は強いよ。だって私達とこんなに戦える。私達のロボは凄い技術を使ってるって言われてるの。それでもこんなにダメージを与えてくれる」
『そうなのか』
「だから、自分に自信を持ってよ」
13年しか生きてない私が言える義理はないけど、この人にはそうしてほしいと願ったから。
「負の感情がコントロールできないなら相談して? 解決する方法を一緒に考えよう?」
話をする内に、自然と距離が縮まっていた。
【フラワー】は敵のロボの正面に立っていた。
一番攻撃されやすい所に。
『やめろ未衣子!』
『武人さんはまだですか!』
勇希兄ちゃんは私を止めようとした。
和希兄ちゃんは応援を待っている。
至近距離で敵の前にいるのに、私は怖さが消えた。
敵のロボが仕掛けに来ない。
戦う意欲を失ったのだろう。
【フラワー】の手は握手を求めるように、彼の前に出した。
『いいのか? 僕はHRとしても役に立たないんだぞ?』
「そんなの後から考えたらいいよ。今は貴方を救いたい。泣いてる人を倒すなんてできないよ」
敵のロボ、もう敵じゃない。
彼は私の言葉に感応したのか、【フラワー】と反対の手を出した。
2つのロボの指先は……もうすぐ触れ合う筈、だった。
☆☆☆
【ティア・ルーチン】の周りにすっぽり収まる位の円が刻まれていた。
エストはそれを知らなかった。
彼の目には見えなかったからだ。
嵌められたと知ったのは、【パスティーユ・フラワー】の手を取ろうとした時だった。
刻まれていた円が光り出した。
それからの動きは速かった。
円の溝から幾多の光の糸が、植物のツルのようにメキメキと生えてきた。
糸は全て、【ティア・ルーチン】の胴体を絡めてしまった。
その時間、わずか数秒。
一瞬の動作に、【パスティーユ】は動けなかった。
エストはもがき足掻くが、糸を解く術を知らない彼は、何も出来なかった。
ようやく、【ブラッドガンナー】の姿が見えた。
『下がるんや! 【フラワー】!』
武人は指示した後に、右手の銃で雁字搦めの【ティア・ルーチン】を撃った。
咄嗟の判断でダメージは与えられなかったが。
【パスティーユ・フラワー】はすぐに後ろへ下がったが、エストの奇声の余波を受けた。
『うわあああああ!』
エストは叫んだ。それは断末魔のようで。
糸から立方体が実り、立方体から電撃が放たれた。
痺れで麻痺させる様な攻撃だが、エストは声で抵抗する。
声の威力は今までの攻撃よりも強力だった。
しかし、エストの抵抗も虚しく、彼の敗北で終わった。
ロボの手のひらぐらいの小さな立方体が、【ティア・ルーチン】の胸の中心を刺した。
そこはHRの《心臓》の機能があった。
そこを突いて抉ると……HRは機能停止してしまう。
停止した【ティア・ルーチン】は力が抜けていき、関節部からオイルを溢し。
電気が起爆剤となり、爆発した。
武人の指示以降、ある程度距離をとっていた【パスティーユ】。
【フラワー】のバリアもあってか、ダメージは軽く済んだ。
隣には【ブラッドガンナー】が空中に浮いていた。
もちろん【パスティーユ】も浮いていた。
大爆発の惨状を、2体のロボは見守るしかなかった……。
『黒川さん、話があります。プライベート回線でいいですか?』
爆発の沈静化が見えた頃、2体のロボは撤退を始めた。
【ブラッドガンナー】の頭部右側の補聴器から、操縦士の通信が入った。
『帰ってからでも聞くけど、何や?』
『それが……』
操縦士は困り果てた様子で報告した……。
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