白井未衣子とロボットの日常《共闘》
カレーポーク
1・正夢の日
それは運命だった。
家族ぐるみで遊園地に出かけた時、災害レベルの事件が発生した。
みんなが悲鳴をあげて逃げ回るなか、私は母の腕に抱えられながら、後ろを覗いた。
黒くてでかいものが、戦っている……。
その記憶は、時がたってもずっとこびりついた。
あれから10年の月日がたった。
言葉も行動もおぼつかなかった私は、今は中学生になった。
それでも……いつも似たような夢を見る。
黒い巨大の正体はロボットで、黒髪の男の人が変身して……私達を守ってくれている。
私はずっと、夢の中の男の人を信じている。
夢の話を2人の兄達や祖父母にする。
すると祖母がやめるように言ってきた。怖い顔をして。
「いい加減にしなさい!」と。
私は何度も祖母に怒られているけど、憧れの男の人の夢を見るのがそんなにいけないの?
怒られる理由がわからないよ。
「お前さあ、婆ちゃんに何でも言うなよ……」
「何で?」
「婆ちゃん困ってたんだからな」
「うん。でも、他の夢なんか、見たことないし」
「そうなんだよなあ……」
通学途中、私が下の兄で同じ中学生の
勇希兄ちゃんにはいつも忠告されているけど、私は全く気にならない。
自分の見る夢で友達が出来なくなっても、やる事が勉強と読書と家事手伝いしかなくても、気にならない。
しつこいようだけど、私は夢の中の男の人を信じている。
いつの日か、私と出会うのを。
☆☆☆
天海山ユートピアとは、
だが辺りに広がるのは、雑草が生い茂った広大な更地のみ。
このレジャー施設は、今や別の場所に移転した。
移転の理由は2つある。10年前の事件と地下に存在する基地だ。
外宇宙対策本部[ラストコア]は、地上の空港の3倍以上の規模を有する基地である。
滑走路のようなだだっ広い演習場では、訓練が行われていた。
訓練内容は、奥に配置されている3機の戦闘機に搭乗し、合体を行うシミュレーションだ。
1人の男が建物内から訓練を退屈そうに眺めていた。
彼は一見、どこにでもいる眼鏡男子のようだが独特の強力な戦闘力を有していることから、特別隊員として任用されている。
それが原因なのかもしれないが……彼はどうも正規の軍隊が好ましく思えなかった。
整然な陣形を取っているようにみえるが、訓練兵一人一人に意欲がみられないと武人は肌で感じ取っていた。
訓練は何度も実施するから、お馴染みの取り繕った既製品を眺めているようで、飽きてしまう。
(こんなもんで、地球を守る気かいな……パターン一緒や)
武人は[ラストコア]のトップである総司令官・
しかし、他国の軍隊も世界情勢の影響により、そちらを優先させられると宗太郎は言って、武人に我慢させていた。
初めは耐えていた武人だったが、それも限界に近づいてきた。
「悪いんやけど、俺に委ねてくれへんか?」
「既に決定権は君に託しているが」
「訂正するわ。選択範囲を広めてもええか?」
「どういう事だ?」
「一般人に声をかける」
「!」
宗太郎は武人の発言に驚いた。
「アレックスに一般人用の試作機を開発させているんや。それに乗せる」
「だがテストは不十分だろう」
「最悪、実戦で投入し、不具合な点を徐々に解消していくしかあれへん。時間がないんや……」
「衛星データか……」
宗太郎は以前の報告会の様子を思い出していた。
報告会によると、衛星データで撮れた宇宙 の情勢が深刻化しているとの事で。
もうすぐ地球に被害を及ぼすようになるという事態まで可能性が広がっているらしい。
武人も宗太郎も、この侵略危機の問題を抱えていたが……協力してくれる人材がいない。
「だが戦力候補は大量に送り込んでいるようだが」
「アレックスらの調査データでもわかる。軍の奴らは成績の低いのんしか送ってこうへん。見た目だけ取り繕って、肝心のやる気が感じられへん」
「それ程にか……」
「俺が責任持って監督する。この通りや」
武人は頭を下げた。
★★★
「てなわけや。空の案内、よろしく頼むで」
「何がよろしく頼むだ。開発に忙しいってのに」
輸送機の操縦士こと、[ラストコア]の技術局長であるアレックス・ヘイリーは武人に不満をこぼした。
ブロンドヘアの眼鏡をかけた童顔だが、立派な成人男子である。
「はあ……俺的には鍛えられた人間を使えば楽なんだがな」
「お前のデータから見ても、年々落ちとんのはわかるで。今回は見飽きて途中で退出したわ」
「何を考えているんだ……いや、軍には保身だけか」
アレックスは話を聞きながら、ハンドルを軽く握っていた。
「予測はつくけど、条件はどうや?」
「男が望ましいな。女は身体上負荷をかけてしまう可能性がある。あとは……一般人だと厳しいが、鍛えられている奴だ」
「スポーツやってるアスリートがええんやな?」
「そうだな。他に成人している奴。子供は論外だぞ。保障問題が絡むからな」
ふうん、と武人の返事は鈍かった。
アレックスは何も反論せず、目の前の操縦に集中する。
「のどかな街やなぁ……」
「愛嬌市南部は自然豊かな住宅街だ。北部と比べて公園や寺院が多い」
「北部行ったらええんちゃう?」
「北部は商業地で建物の密集地だ。被害損額は大きい」
「政治屋もうるさいもんなあ。庶民を守る度胸もないくせに、金にはケチつけてな……ん、どうした?」
武人は横目でアレックスを見ていた。
アレックスの両目が大きく開いた変化に気づき、様子を伺った。
「何だ、あの光。猛スピードだが……」
「!」
武人はだらけた姿勢を戻した。
「レーダー反応がなかったぞ……!」
「アイツ、さらに開発進めたんやな。こんなスピードを出すロボットはそうそうおらん」
切迫した状況でも、武人は冷静に推測していた。
「好き勝手されると落とされてしまう! バリア展開とAI射出するぞ!」
「俺も待機するわ」
☆☆☆
私達
それは、『私を一人で外に歩かせない』。
数年前、私は同級生や上級生にいじめを受けていた。
私の身を守る為、家や学校以外は家族の誰かと一緒に行く事が決められていた。
「なあ
「適度にあしらう術は身に付いてるから、大丈夫かな」
「お前さあ。1人でもいいから友達作ろうとか、思わねえの?」
「全然ないよ」
「クラスでも女の子いるだろ? 女の子だったら何とかできる
んじゃねえの?」
「いいよ。どうせ煙たがられるだけだから」
「隠すように努力してるだろ? あんまり卑屈になるなよ……」
「私が選んだの。卑屈になってないわ」
「お前、それで……?」
勇希兄ちゃんは突然、話を止めた。
それも当然。私も上空からの騒音が聞こえたのだから。
「今の、何だ?」
「ヘリコプター? 飛行機? でもおかしいなあ。エンジンの音が聞こえなくなるの」
私は違和感を感じていた。
私が挙げた乗り物は知っての通り、上空で稼働する限りは通り過ぎるまで音が聞こえる。
しかし、今聞こえたのは、断続的に途切れた音だった。
勇希兄ちゃんと私は、上空を見た。
天気は曇り時々晴れという予報。
多く漂う白い雲の上には、シャトルと……。
「黒っぽいのは何だよ!」
勇希兄ちゃんが吠えた。
黒っぽいのとシャトルの間に、爆発した時に見られる炎や煙が発生していた。
愛嬌市南部・吉川区にサイレンが鳴った。
☆☆☆
「本部が避難命令を出したぞ!」
「そうか、俺も降りるわ」
武人は操縦席を降りて、後ろのドアを開いた。
「補聴器はつけているな?」
「お前の放送は逃せへんから、大丈夫や」
アレックスは持ち物の確認をした。
補聴器は2人の通信に必要な機器だ。
格納庫に固定されているマシンは、各階によって異なるマシンだった。
白ボディの、空飛ぶ戦闘機。
だがデザインのラインの色は、水色・黄色・ピンクと異なっていた。
マシンの側に、数人のメカニックが整備に追われていた。
辺りが上空のため、各々背中にジェット噴射器を背負っている。
「黒川! 行けるのか!」
「今出るわ! 開けるで!」
マシン用の巨大なハッチのすぐ側に、人が出入りできる分の小さな脱出口がある。
武人が開ける前、メカニックが彼に叫んだ。
引くタイプの扉は開くと、強風が格納庫に入り込む。
武人もメカニックも、歯を食いしばって張り付いた。
脱出口の縁を掴んだ武人は、外を見た。
2、3体の巨大ロボットが飛んでいる。
銃口を輸送機に向けて。武人はニヤリと笑う。
(これくらいなら、生身で楽勝やな)
「行くで!」
武人は手を離し、上空の外へ飛び込んだ。
☆☆☆
「勇希、未衣子!」
「
「兄貴!」
多くの人々が安全な地下に避難しようとしていた時、私と勇希兄ちゃんは白井家の一番上の兄と会った。
私の上の方の兄の、和希兄ちゃん。
高校生で、自転車通学をしている。
和希兄ちゃんは自転車のハンドルを握ったまま言った。
「お婆ちゃん達は先に避難したそうだ。俺達も急ごう」
乗るか? と自転車の後ろを見た。勇希兄ちゃんが答えた。
「未衣子だけ乗せてやってくれ!」
「勇希はいいのか?」
「俺は走って着いていくよ」
勇希兄ちゃんの計らいで、私が自転車の後ろに乗ろうとした時だった。
黒いロボットが落ちてきた。数は1体だけ。
公園の大木ぐらいのサイズだから、近くで見るとデカく感じる。
あのシャトルに攻撃仕掛けてきたのは、このロボットではと私は疑った。
『フン。あの男に必死で相手するなんざ、馬鹿らしいぜ』
声が聞こえた。黒いロボの方から、私達の耳に届いた。
このロボは喋る事ができるのだろう。
だとしたら、攻撃を中止するよう、お願いできるのではないか?
私の望みは、次のロボの発言で虚しく消えた。
『周りのもんを散々壊して、奴への土産にしようぜ!』
次の瞬間、ロボは自分の腕で木を思いっきり倒した。
既に叫び声をあげて逃げる人達の行方を閉ざす。
中には体にダメージを受けて、横たわる人も。
勇希兄ちゃんは私の名前を強く呼ぶ。
固まる私の手も握って。
☆☆☆
敵のロボットは全部で6体と、輸送機のレーダー反応にあった。
外に出た武人が、輸送機の周りの敵を全て撃墜。
武人はジェット噴射機を使用せず、ロボの肩と輸送機を踏み台にして行き来し、手持ちの銃でロボの中心部を打ち抜いた。
武人は確実に『心臓』部分をぶち抜いていた。
高い命中率を誇る彼のおかげで、ぶち抜かれたロボは次々と爆発し、残骸は燃えて地上に落ちていく。
残ったAIが残骸を回収し、地上落下の被害を最小限に努めた。
武人は輸送機の真上。アレックスのいる操縦席を覗いた。
「よお。終わったで」
「無茶をするな! そのまま落下したらどうするんだ!」
「むしろ変身してデカくなるより、身体はマシやろ?」
「確かに負担は大きいが……お前はうまくかわせるとは思ったが、万が一の場合を考えると心臓に悪いぞ」
「アレックスは心配症やもんな」
武人は今にも不安定な足場にいるのにも関わらず、アレックスと他愛ない会話を交わした。
「敵はまだ残ってないな?」
「輸送機の周りはもういないが……!」
アレックスの表情が一変した。
「どうした?」
「くそ……逃げたな、1匹」
「何?」
輸送機のレーダー反応によると、敵のロボは全部で6体発見されている。
武人が倒したロボの数は全部で5体だった。
アレックスの推測では……残り1体は逃亡、という状況になる。
上空周りを見渡す武人だが、ロボらしき影は何一つなかった。ならば……。
「下に降りたな」
「そんな……被害状況を」
「俺が降りる。耳は付けてるから指示あるんやったら怒鳴ってくれ」
「ま、待て! 先に場所を……」
アレックスが言い切る前に、武人は輸送機から降りて、地上へ落下した。
武人の身体構造を知るアレックスは死にやしないと思いつつ、消えた男を心配した。
☆☆☆
敵のロボに対抗する術がなかった私達は、逃げている間に攻撃を受けた。
幾多の爆発が、私達を吹き飛ばす。
愛嬌市一の広大さを誇る吉川公園は、残骸と穴が広がるばかり。
避難所の指定がされている地下鉄の入口は、すぐそこなのに……。
「未衣子……大丈夫か?」
「私は大丈夫……」
「怪我をしているぞ!」
和希兄ちゃんは私の腕にかすり傷があるのを見つけたようだ。
でも、手当をするのは、あの敵から逃げ切ってから……。
『ガキの癖に、しぶといなあ?』
敵のロボは元気が有り余っていて、私達をからかう。
『3人仲良く、あっちへ行きな!』
敵のロボは吠えると、手持ちの大きなライフルを私達に向けた。
人間とロボ。ロボに比べたら小柄な私達は、ライフルの火力を浴びれば一発だ。
今でも生きているだけで奇跡だ。
兄妹3人固まって耐えると、別の爆発音が聞こえた。
『うおっ!』
敵のロボが思わず声をあげ、少し身体のバランスを崩した。
ロボの右の肩部に火の弾が当たったらしい。
ロボは肩部を左手でおさえた。
その隙に移動したのか、一人の男が私達の目の前に現れた。
男は両手を広げ、私達を迎えた。私は男を見た。
助けてくれる人物を見ただけなのに。
何年も似たような内容しか見れない夢を、思い出していた。
目の前の救助者と、夢の中で戦う男の人に、親近感を覚えた。私は証拠のない確信をしていた。
(そうだ、この人だ)
「大丈夫か?」
男の人の声で、私は彼のお腹に抱きついた。2人の兄も腕を掴んでいる。
「未衣子?」
勇希兄ちゃんは不思議に思ったかもしれない。
初めて出会った男の人に抱きつくなど、普通はあり得ないのだから。
『クソっ! 奴に出会ったら考えが台無しになるじゃねぇか!』
男の人の背後で、敵のロボが嘆いていた。
だけど、ライフルの銃口はまだこちらに向けられている。
まだやる気はあるらしい。
『丁度いい、今のうちにまとめて落としてやるよ!』
「おおっと、それはちょっと待ちな」
『ヒィッ!』
男の人がそれだけ言ったのに、敵のロボは大げさに反応した。やけにビビりすぎる。
夢の中の通りだと、やっぱり彼は強いんだ。
私は男の人から離れないまま、そう思っていた。
「ここより西にな? 青い海が広がってるとこあんねんけどな?」
西の青い海……愛嬌湾の事かしら?
『海?』
「先に行ってくれへんかなぁ? 30分経っても来えへんかったら、お前の好きにしてええから」
決着はそこでつけようや。
男の人はロボ相手に余裕を見せていた。
『チィ、わかったよ! テメェ覚えとけよ!』
敵のロボはジャンプしてそのまま愛嬌湾の方角へ飛行した。
「さてと」
男の人は一時逸らしていた視線を私達に向けた。
周りに集う私達にこう言ったのだ。
「お前ら、一緒にくるか?」
☆☆☆
アレックスは焦りを感じていた。
操縦席のレーダー反応には、敵機を示す赤い光が点滅を繰り返すだけである。
もちろん、仲間の武人を示す青い光も点滅しているが……問題はその距離だ。
2点の光は近接した途端、赤い光が青い光から遠ざかるのではないか。赤い光が向かう方角は愛嬌湾。
(湾上だったら、被害は最小限に抑えられる。本部からのAI射出も可能だが……)
アレックスはレーダー上の青い光が気になっていた。
だが時間は止まらない。青い光もようやく動きを見せた。
「!」
青い光も愛嬌湾へ向かっていた。
しばらく経つと、アレックスのヘッドホンに通信が入った。
『よお!』
「遅かったじゃないか!」
『悪いなあ、逃げ遅れた人らを助けてたんや。ほら』
操縦席のモニターが切り替わる。
映るのは……黒いボディに赤のラインが入った人型ロボと、両手に乗る3人の子供達だった。
☆☆☆
男の人が差し伸べた手を、私達は自然と掴んでいた。
兄妹3人、しかも和希兄ちゃんは大人の仲間入りとも言える身長はある。
それをもろともせず、彼は全員背負って、一気に飛んだ。
上空へ出た瞬間、男の人の身体が光り出した!
わからない内に、私達はロボの両手の上にいた。
全身真っ黒な、さっきの敵のロボと同じ高さのロボ。
でも所々に赤のラインが引かれていて、さらにラインは光っている。
ロボの両手は黒ではなくグレーの色だが、関節部分と似たような色味をしているので、違和感を感じない。
雲が漂う上空を、私達はただ眺めていた。
雲の隙間から、濃い青色が見えた。愛嬌湾の波は穏やかだった。
先に敵のロボが向かっていた筈だけど。
男の人……黒いロボがしゃべりだした。
『今から、すごいもん見せたるな?』
黒いロボは私達からある方へ視線を向けた。
SF作品に出てきそうな、大きなシャトルが飛んでいた。
☆☆☆
「その子供……まさか」
『頼みがあるんやけど、ジェット機を3つ、ここまで飛ばしてくれへん?』
「子供は論外って言っただろう! 話を聞いてないのか!」
アレックスは怒った。
襲撃前の会話で彼はジェット機のパイロットの条件をあげていた。隣で武人は聞いていた。
武人の行動を見るに、自分の条件を適当に聞いていたんでは、とアレックスは思った。
『敵は1匹だけや。最初はオートでええ。この子らに体験してやろうかなぁって……』
「遊んでるんじゃないんだこっちは! 子供達を輸送機に降ろしてお前がやれ!」
仲間の提案に彼はイライラしていた。
しかし、武人の考えは曲げなかった。代わりに、約束というお願いを請うた。
『時間はあれへん。あと10分したら、敵は攻撃しよる。そう俺が塩を撒いたからな』
「公園でも、市内でドンパチは原則禁止だからな」
誘導自体は間違っていない、とアレックスは認めた。
「だがそれとこれは話は別だ! 許可しないからな!」
『指揮は俺がとる。どっちにしろ、単独でも攻撃しよる。この子らの初陣には今がチャンスや』
モニター越しの黒いロボの視線は真正面に向けられている。
武人の真剣さがひしひしと伝わってくる。
『責任は俺が取る、って宗太郎にも言った。適任者はこの子らしかおれへん。この通りや』
アレックスは静かに、操縦席のあるスイッチを押す。
すると、水・黄・ピンクの三色の四角いスイッチが、アレックスの右手に現れた。
「どうなっても、知らないからな!」
☆☆☆
シュゥゥゥと轟音がした。目の前のトリコロール。理容店の様な赤・青・白ではなく、水・黄・ピンクのパステルカラーだけど。
3機のジェット機が、ご丁寧にロボの両手、近くギリギリに接触した。
さらに自動的に操縦席のハッチも開けてくれた。
これに乗るのかなあ?
『落ちん様にしたる。コックピットに座ったら自動的にシートベルトしてくれるから』
「このまま乗ればいいのか?」
「大丈夫かよ……」
勇希兄ちゃんは弱音を漏らしたけど、ゆっくり黄色のジェット機に乗った。和希兄ちゃんは水色のジェット機。
私はピンク色のジェット機に乗った。
コックピットのシートに座った私達。シートベルトは自動的に装着された。
『高速移動するわな。喋ると舌噛むで?』
「は? 何だって……」
勇希兄ちゃんが言い終わる前に、ジェット機の加速が始まった。
「うわぁ!」
『両方のレバーを握っとき! そしたら大丈夫や!』
男の人に言われて私達は、左右のレバーを握ろうとした。
無事握る事はできたけど、その手を離そうとする程に、後ろに引っ張られる。
誰も引っ張ってないのだけど。
ジェットコースターは小学生の頃一度経験したけど、その勢いに比べてもこのスピードは速い。
スピードに気をとられ過ぎて、別の問題には全く気がつかなかった。
気づいたのは和希兄ちゃん。
真正面のモニターの右下に、和希兄ちゃんが映る。声を上げる勇希兄ちゃんと比べて、歯を噛み締めて抑えてるけど、やっぱりスピードに飲まれて変顔している。
和希兄ちゃんが気づいた問題。
私も勇希兄ちゃんもようやく気づいた。
モニター右に黄色が映る。妙に近づいてきている。これは、もしかして。
「ぶ、ぶつかる!」
『大丈夫や! ジェット機はそんなんで壊れへん!』
『近すぎるぞ! こっちは下から勇希と未衣子の分が来ている!』
和希兄ちゃんが叫んでも、ジェット機は緊急停止などしなかった。
まずい、潰れてしまう。
私も兄ちゃん達も限界を感じて、目を瞑った。
すると、モニターが強く光った。
目に入れると痛くて失明してしまう程の、強力な光。
光のおかげで、周りは何も見えなかった。
やがて、強力な光は消えていき、私達は顔をあげることができた。
というより、ジェット機がぶつかって押し潰されるのでは……と怯えていたのに。
私達は生きていて、しかも無傷だった。
『しまったわ。ヘルメットだけでも持ってきたらよかったわ』
少し距離を離して男の人が言った。
見上げても、モニター画面に変化はなかった。
いや、なかったように見えた。
上部に《Docking Mode》と青く点滅され、その右側にはロボットの全体図が。
『のっぽの兄ちゃんがメインで乗ってるのが、【パスティーユ・スカイ】という素早さ重視の機体や』
男の人の説明だ。
『敵さんは湾上におるからな。急ぐで?』
男の人が先陣を切ると、合体した私達のロボットも動き出した。
ジェット機同様、スピードが速い。
『攻撃もオートでやるから、君らは見とくだけでええで。ベルトとレバーだけしっかりな?』
とりあえず私達はその忠告だけは守ろうとした。
☆☆☆
愛嬌湾。愛嬌市西部に広がる大きな青い海とも呼べるもの。その湾上で漂うロボットがいた。
未衣子達を公園で襲うつもりだった、敵のロボだった。
彼は武人の約束を守り、ここまでやってきた。
同時に、30分経っても来ない場合は、襲撃をしてもいいとも言われた。
時間の概念は、短く感じる時もあれば、長く感じる時もある。
今の敵のロボは、「30分」が長く感じた。
いや、そもそもこのロボは地球の時間の概念がわかるのか?
このロボと武人に倒された残りの5体は、宇宙から降りてきた。
おそらく、時間も気候も環境も、地球とは異なるだろう。
『本当に来るのか? あの男は』
湾上についてから、ずっと宙に浮いていた敵のロボ。
何も起こらないので、暇で退屈していた。
約束を忘れたのか?
そう思った彼は武器を手にした。アニメでよく見るライフル銃だ。
『ま、いっか。そろそろ攻撃しかけても……うおっ!』
敵のロボが、機体のバランスを崩した。
鋭く光る何かが、飛んできたからだ。
それは刀か剣の部類だと、彼は把握していた。
刀か剣のような武器は一定の距離で方向を変え、戻ってきた。
刺しにかかったと思えば、標的の彼から外れて……何者かが棹をキャッチした。
刀剣の動きが止まった所で、敵のロボはすぐに周りを見た。
愛嬌市内方面の上空に、2体のロボットが。
『2体……?』
(1体は奴だろう。黒い方はそうだ。だが、もう片方の白い方は何なんだ……?)
敵のロボは困惑した。
だって白いロボットとは、彼は初めて出会ったのだから。
『悪いんやけど』
黒いロボである武人の声。
『お前には俺やなくて、この子らと戦ってくれへん?』
この子「ら」……?
敵のロボの目の前には、2体のロボしかいない。
武人が紹介したのは1体。
「ら」が付く のはおかしい……と疑問に抱いたが、考える余地はなか った。
謎の白いロボ、いわゆる「この子ら」が突進してきたからだ。
先程投げられた鋭い刃物は、細長い刀である事がわかった。
何回も、刀の先で刺しにかかってきたのだ。
敵のロボは声を漏らしながらも、うまくかわしていった。
距離を取るよう、後ろへ引き下がった。
『ふーん。基礎は難なくいけるようやな』
『基礎とは何だ基礎とは!』
武人の発言を挑発と捉えた敵のロボ。
今度は彼から謎のロボに仕掛けようとした。
しかし。謎のロボの全身が光った。
目を腕で覆ってしまう敵のロボ。その光が強烈に眩しかったのだ。
光はすぐに消えた。敵のロボは腕をどけた。
謎のロボは白いまま。
だが所々、最初の時と違っていた。
水色のラインは薄ピンクに変わり、腰の周りにはスカートみたいなじゃばらのカバーがついていた。
最初の時の謎のロボは、人間に例えると細身の男性。
こちらは女性を彷彿させた。
謎のロボの右手には、白い杖なのかロッドなのか。どうやら背丈と同じくらいの棒を持っていた。
先端部分には丸い物体があり、中にはピンクの花が凝縮されていた。
紙細工をした事あるならば、あれはくす玉の一種だと思う人もいるかもしれない。
そんな形をした球が入っていた。
『女型……?【HR(ヒューマニティー・ロボティクスの略)】でも珍しいというのに!』
敵のロボは呟いた。
謎のロボはロッドを持ち上げた。
機体の周りに数個の光の球が引き寄せられた。
今度はロッドを前に一振り。
光の球は全部、敵のロボに向かっていった。
もちろん敵のロボは難なく回避した。
刀裁きに比べればスピードは緩やかだからだ。
ところが、この球には特殊な力を秘めていた。
球が分裂し、倍に、倍に増えていく。
さらに球の左右から、針金のような細長い線が出てきた。
線は球と球とを繋ぐ役割を担っていた。
やがて多くの球が丸い網をつくり、敵のロボを逃がさないようにする。
他方、敵のロボは必死に逃げ回るが、1本の線に引っかかり、そのまま他の線と絡まってしまった。
結果、球と糸が敵のロボを縛り付け、動きを封じたのだった。
『く、クソっ!』
敵のロボは悔しがった。
もがき苦しむ敵のロボの姿を、武人はやや離れた所で眺めていた。
『俺はこの子らが倒されるまでは手出しせえへんからな』
ついでに精神的に追い打ちをかけた。
『このロボットにはな、3人の子供達が乗ってるんや。お前が消そうとした子らや』
『何、だと……? あのガキ共が?』
『下に逃げんとおとなしく輸送機を攻撃してたら、他の仲間と一緒に俺が相手してやったのになぁ……。それでも力出せへんけど』
『舐めやがったな! 貴様! うっ?』
謎のロボがまた光り出した。
全身が縛られている為に、光を遮る腕が使えない。頭を下げて凌ぐしか、方法はなかった。
光の消滅後、現れたのはまた別のロボットだった。白い機体色は変わってないが、機体のラインと体型が違う。
ピンクから黄色へ。美しい女性型からガッチリした男性型へ。
光の影響もあってか、そのロボットはまるで黄金の輝きを放っているかのように見えていた。
黄色くなった謎のロボは、空手で見かける構えのポーズを取り、「気合い」を入れた。
「気合い」に見えるのは、ロボの周囲に風の渦と火柱が起こっていたからだ。
「気合い」を溜めたロボは勢いよく、敵のロボに突撃した。
右手はグーの形で、炎が右手を包む。狙うは左の頬の部分だ。
身動き取れない敵のロボ。ジタバタしても、線が途切れない限りは自由にできない。
結果、右手のパンチがストレートに入る。
パンチは強烈で、ロボの顔をぐちゃぐちゃにするのは容易い事だった。
グエッと無意識に吐いた敵のロボ。
容赦なく、次の一撃をくらってしまう。
次は左手が繰り出された。
下から顎に強烈なパンチ。
敵のロボは上に飛んだ。
顔面のみで簡単に崩れるはずはないのだが……このロボは全身麻痺を起こしてしまった。
たった二度の衝撃で、全身痺れを起こし、放電まで起きて……。
『あああああ!』
断末魔をあげて、爆発していった。
☆☆☆
敵のロボは見事に自爆のような爆発を起こした。
私達のロボはあのロボにはそんなに手を加えた、感触がない。
おまけに、私達のロボは現在、男の人が言う「自動操縦」のおかげで、私達自身は何もしていない。
ただ、両脇のレバーを握っていただけである。
ずっとレバーを握っていたから、レバーが汗で濡れた。
ずっとロボに振り回されてたから、心臓バクバクしたし、息も荒い。
でも敵が爆発したら、ロボは落ち着いた。
『破片が落ちそうやけど、拾ってくれるから心配せんでええ。一旦戻ろうな』
後ろに俺がついとると、男の人が言った。
男の人の言う通り、爆発で出てきた破片はやってきた小型ロボが回収していた。
それはモニターで確認したからいいけど。
『いろいろ出てきたよなあ。敵を縛りつけた上でパンチかよ……』
勇希兄ちゃんの声だった。
コクピット内で終始、1番うるさかったのは彼である。
『球で縛りつけたのが【パスティーユ ・フラワー】。鉄拳制裁したのが【パスティーユ ・サニー】や』
『パ、パス……?』
『機体名や。今は頭の片隅に置いといたらええ。飛んでる輸送機があるから、そこで降ろしたる』
モニター画面に飛行機を太らせたシャトル改め輸送機があった。
再び私達の乗った【パスティーユ】? が光った。やっぱり眩しいので目をつぶって下を向いた。
今度は何に変形するのかな、と思ったら「分離」をしたみたいで。
画面上部も《Separate Mode》に変わっていた。
『輸送機にはジェット機状態で入ってもらうからな。あ、そうそう。俺の名前言うとくわ。黒川武人でええで。君らは?』
『俺は白井和希です』
『俺は勇希』
「未衣子です」
『3兄妹なんで、名字は全員白井です』
『へぇ……兄妹かあ。仲良いなぁ』
未だジェット機に乗ったままだけど、名前の紹介までできた。慣れたかなあ。
☆☆☆
「【ホルプレ ス】の軍団なんざ、こんなもんよ。HRの下級品なんだかからな」
「送ったのは黒種で、【ホルプレス】でも最高クラスを誇ってるそうだが?」
「無理無理。奴らは偵察か兵の傘増ししか役に立たんよ。言えるとしたら、情けねえ星だって事よ」
「地球か……」
「ラルクがいなかったらボロボロになっちまってるだろうなぁ……」
「自慢の息子か?」
「アイツは最高傑作だ。下級HRを大量に送り込んでもへばりはしねぇよ」
ヘヘヘ、と笑う髪の長い中年男。
聞いていたのは、和装の格好をした少年だった。
2人の距離は5メートル程離れている。
地球の隣に位置する惑星・火星。
火星の周辺には2つの衛星の他に沢山の星が散らばっていた。
その中の1つ、タレス星に属する「レッド研究所」。
所長室の灯りは消えていて、部屋全体は暗かった。
所長のクーラン・レッドの眺めるコンピュータだけが、唯一の灯りだった。
「【ホルプレス】の派遣は続けるんだな」
「報酬安いからな。地球人は雑魚だが、秘密兵器の類いはこしらえてるようだ」
「一応、我々の祖だぞ?」
「ルーツが何だ。何の能力も持ちえない生物の癖によ」
その後、少年はゆっくりと所長室を去った。
長話を聞きたくなかったからだ。
コンピュータの画面には、多くのデータが再生されていた。
撃墜された【ホルプレス】の軍団。
3機のジェット機が合体した白いロボット。
そして、3人の子供を抱えた『自慢の息子』。
クーランはニヤリと笑った。
「絶対捕らえてやるぞ、愛しの息子よ……」
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