第6話 ギルドと友人

【お知らせ】

次回から一週間ごとの更新となります。ご了承下さい。


 ※この物語はフィクションです。登場人物と現実で同じ名前をしている方々とは一切関係ございません。物語の都合上、あまり関わりたくないと思う方も出てくる性格にしております。

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 翌日。いつもより早く起きてしまった心詠は、伸びをしてカーテンを開ける。窓の空は良い天気だった。一階に降り、洗顔とスキンケアをしてリビングに行くと志音が朝食の用意をしていた。


「おはよう、お母さん。」

「おはよう、心詠。いつもより早いわね?」

「昨日はいつもより寝る時間が早かったから。今日の朝ご飯はツナマヨとブロッコリーのサラダにポトフ?」

「ええ、そうよ。もうすぐ出来るから、待っててちょうだい。」

「うん。」

「心詠。昨日あまり食材を買ってきていなかったけれど、お昼はどうするの?」

「お昼はサンドイッチにしようと思ってるよ。」

「あら、良いわね。具材は何にするの?」

「ハムとレタス、それからチーズを挟んだのと、卵を挟んだのかな。」

「ねぇ、心詠。ツナマヨサンドイッチも追加しない?朝とお父さん達のお弁当用に作ったんだけれど、余るのよね。」

「そうなの?なら使わせてもらうね。」

「えぇ、ありがとう。心詠。」

「どういたしまして。」


 そんな会話をしながら志音は手を動かし、朝食を完成させる。心詠は箸や飲み物を用意し、自分用のお盆に取り分けられた朝食をテーブルの上に持っていく。するとリビングの扉が開き、慈士が入ってくるのと同時に階段を駆け下りる音が聞こえた。


「おはようございます。志音さん、心詠。」

「おはよう、お父さん。」

「おはよう、慈士さん。」

「はる兄は寝坊したみたいだね。」

「昨日の夜、また遅くまでMOにログインしてたのかしら?」

「暖万が所属しているギルドのマスターさんに、心詠がやった連続クエストの情報を共有していたのかもしれないね。」

「ついでにギルメンに捕まってあっちこっち行ってたんじゃない?はる兄、面倒見がいいから。」

「そうかもしれないわね。」


 そんな会話をしていると、暖万が勢いよくリビングに駆け込んできた。


「おはよう!」

「おはよう、はる兄。」

「「おはよう、暖万。」」

「はる兄、髪の毛もの凄いことになってるよ?」

「暖万、寝癖ついてるわよ。」

「あ〜……あとで直す。」

「全く。」

「その寝癖を直すのは大変そうです。」


 そんな会話を聞きながら、心詠は暖万の寝癖の形に一人くすくすと笑っていた。


「暖万の寝癖は良いとして、皆ご飯食べるわよ。はい、これ。暖万の分よ。」

「ありがとう、母さん。」


 暖万が志音から朝食を受け取り、全員席に着くと朝食を食べ始める。テレビでは天気予報がやっていた。今日は午前中が晴れで、午後からは曇りのようだ。明日は日の出前の深夜から雨らしい。


「明日は天気が崩れるのね。洗濯物、乾くといいのだけれど……。」

「暖万、今日の帰りは遅くなるのかい?」

「その予定。」

「一応、傘持っていくのよ?」

「了解。」

「心詠も、今日は折りたたみ傘持って行きなさい。」

「分かった。」


 家族と雑談をしながら朝食を食べ、食器をシンクに置くと歯磨きをしてリビングに戻る。台所に戻った心詠は洗い物をする母の横で、学校に持っていくサンドイッチを作り始める。お湯を張った小さな鍋に卵を入れ、火にかける。12分程茹でたら冷水が入った容器に移し、冷やして殻を剥く。剥いた卵をボウルに入れてフォークの背で潰していく。小さな塊が少し残っているくらいになったら塩、胡椒で下味をつけてマヨネーズで和えて一旦置いておく。次に、まな板の上で食パン三枚とハム一枚、スライスチーズ一枚を真ん中で半分にする。食パンの片面にバター風味のマーガリンを塗ってレタスを乗せ、マヨネーズをかける。その上にハムとチーズ、パンを乗せてラップで包む。置いておいた卵と朝の残りのツナマヨはそのまま食パンに挟んでラップで包む。サンドイッチ用のランチボックスを取り出し、紙を敷く。その上にサンドイッチを入れて蓋をし、ゴムで固定したら自身の付きランチバッグに入れてチャックを閉める。


 ランチバッグを持って部屋に戻ると、心詠は部屋着を脱いで制服に着替える。ドレッサーの前に座り、櫛で髪を梳いてハーフアップの形に纏め、白いリボンのバレッタで留める。日焼け止めを塗って、学校で使う教材が入った鞄を背負い、ランチバッグを持って部屋を出る。玄関に向かい、折りたたみ傘を取って鞄の中へしまうと、外出の声掛けをして扉を開き駅に向かう。駅に到着すると、柱に寄りかかりながら話している二人組に声を掛ける。


「成永ちゃん、優友子ゆうこちゃん。おはよう。待たせてごめんね。」

「あ、みよちゃん!おはよー!」

「おはよう、心詠。私達もさっき着いたところだから大丈夫よ。」

「そうなの?」

「そうそう!」

「揃ったことだし、行きましょうか。」

「了解!」

「うん。」


 心詠の数少ない友人である相良和さがらわ優友子、河本かわもと成永と共に改札を通りホームへ行く。電車を待ちながら、三人は声を潜めてご飯やスイーツ、コスメの話など世間話をしていた。優友子も寧唯も、心詠と同じくMOをプレイしているのだがその話をすることは無い。共通する話題であり、この三人ならば一番盛り上がる話題なのだが、心詠達が今いる駅は同じ学校の生徒がそれなりにいた。そんな場所でMOの話などすれば………


「ねーねー!実は私、今度MO買うんだけどさ〜、宗弥そうやくんも一緒にやらない?」

「あ、私も!宗弥くん、一緒にやろうよ!」

「ちょっと!千愛里ちあり絵麻乃えまの!抜けがけしないでよ!」

「まあまあ、皆でやろうよ。ね?」

「いや〜、モテる男は大変だな〜!宗弥!あ、ちなみにやるんなら俺もやるぜ?」

「うん。ありがとう、剛我こうが。」


 あの公共の場にも関わらず、騒いでいる一行に絡まれかねない。一行の中心的人物である風谷かぜたに宗弥は、心詠達が通う学校で一番モテる男子生徒だ。そんな人物と不用意に関われば、彼の取り巻きの女子達を筆頭に、宗弥に片想いしている女子達から睨まれかねない。心詠達は彼女たちの声が聞こえた瞬間、黙ってスマホを取り出す。スマホのコミュニケーションアプリでやり取りをすることで、彼らに気付かれないように気配を消すのだ。彼らを徹底的に避けることで火の粉から逃れられるのなら、避けるのが無難だ。ゲームをプレイすることで培われた能力をフル動員し、気配を消していると電車が来る。その電車に乗り込み、心詠達は安堵の溜め息を吐いた。


 電車に乗ったあと心詠達は、努力の甲斐も虚しく騒がしい一行に絡まれ、そのまま学校に向かうことになっていた。


「なぁ、宗弥!MOでさ、ギルド作れるじゃん?」

「そうらしいね。」

「だからさ、俺たちでギルド作らね?勿論、河本さん達も一緒に!」


 心詠達と宗弥一行が微妙な雰囲気のまま学校に向かっていると、そんな提案が投げかけられた。


 ギルドとは、複数のプレイヤーが集まり共通の目的を目指して結成される組織である。ギルドに入ると、ギルドホームと呼ばれる建物を購入してログイン及びログアウト地点とすることが出来たり、ギルド専用のチャット機能が使用出来たりと、様々な特典を得ることが出来る。ただし、一つのギルドに所属している間は他のギルドに入ることは出来ない。


「良いね!剛我にしては珍しくいい案出すじゃん?」

「え〜、私達でギルド作るのは良いけどさ〜。あの子達も入れるの?」

「ちょっと千愛里!」

「え〜、だってさ〜。絵麻乃も文那ふみなも、ぶっちゃけそう思わない?あの子達が入って来たら、ライバル増えるじゃん!宗弥くんが取られちゃっても良いの?」

「「それは……。」」

「ね?だからさ、あの子達には遠慮して貰おうよ。河本さん達、遠慮してくれるよね?」


 そう言って宗弥に見られないよう後ろを向きながら睨んでくる、千愛里と言う名の取り巻きその2。ちなみに、心詠の中で取り巻きその1は剛我と言う男の子で、取り巻きその3と取り巻きその4が文那と言う女の子と、絵麻乃と言う女の子である。そんなどうでも良いことを考えながら、心詠達は肯定の言葉を紡ぐ。


「勿論、私達は遠慮しとくよ。(あなた達とやるなんて真っ平御免よ。)」

「そうそう。(そもそも、私と紗奈はもう既にギルド入ってるし。心詠に至っては、ギルドになんか入ったらストレス溜まってMOにログインしなくなりそう。)」

「(MOはやってるけど、あなた達と一緒になんか絶対)やらない。」


 3人は見事に内心を隠しながら、ギルドへの加入を断る。当然だ。女の嫉妬は怖い。しかし、そんな心詠達の内心も知らずに、宗弥本人と取り巻きその1は心詠達を誘ってくる。


「まあまあ、そう言わずに皆で仲良くやろうよ。ね!」

「そうだぜ!MOのトップに立って一躍有名になろうぜ!俺たちなら簡単だろ!」


 本気で言っているのだろうか。そもそも、宗弥達と心詠達がギルドを作ったとしてメンバーは8人。MO内でギルドランキングのトップに立つには、あまりにも少なすぎる。なんなら、ギルドランキング上位8位までがエントリー可能なMOの一大イベント『ギルド対抗戦』に出場することすら出来ないだろう。ギルドランキングのトップを目指すというのはそれほど甘いことでは無い。ギルドランキングのトップになるには才能と努力、戦略の知識などが必要不可欠だ。


 心詠の兄である暖万が所属しているギルドランキング第4位のギルド『龍の覚醒』や、世奈達が所属しているギルドランキング第3位のギルド『花蝶かちょうの楽園』ですら、ギルドランキングトップにはなれていない。決して、『龍の覚醒』と『花蝶の楽園』が弱い訳ではない。むしろ、ギルドランキング上位に居るだけあって、どちらのギルドにも最上位職業持ちが15名は所属している。これはプレイヤー人口に対して、最上位職業持ち自体が少ないMOというゲームにおいては多い方だ。なにせ、最上位職業持ちのプレイヤーとは一種の天才・化物達である。並大抵のことでなれるものではない。そんな最上位職業持ちのプレイヤー達が、より高みを目指して日々己の力を磨いている。それでもトップにはなれないという現実を彼らは知らないのか、はたまた思春期特有の万能感故か、甘く見ている節がある。そんな男子二人の言葉に誰よりも不快感と怒りを示したのは、ギルドに所属していない心詠だった。


「…………ねぇ、ギルドランキングのトップの座を舐めてるの?」

「「え?」」

「ちょっと、心詠?」

「あぁ、それともギルド対抗戦に出場したプレイヤー全員を舐めてるのかな?」

「みよちゃん、落ち着いて!ね?」

「ギルドランキングのトップに立つ……言葉では簡単だけど、それが実際どれだけ大変なのか分かってて言ってるの?」

「え、えーっと……それは……。」

「ギルドランキングのトップを目指してるのは、何も一つのギルドだけじゃない。ギルドランキング上位8位までのギルドはどこも目指してる。一種の天才と呼ばれる人達が、ギルドを成して研鑽を積んで、ぶつかり合って一つしかないギルドランキングのトップの座を奪い合うんだよ?並大抵のことでなれる訳ないでしょ?」

「心詠、落ち着いて。ほら、門が閉まる時間決まってるんだから、さっさと行きましょう。」

「そうそう!ね、さっきの言葉は気にしないで行こう?みよちゃん。」

「………………。」


 心詠の怒りはまだ収まっていなかったが、二人の言葉も最もだったので、心詠は渋々止まっていた足を動かす。驚きと困惑で固まった宗弥達を置いて、心詠達は学校への道を再び歩き出したのだった。

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