第6話 呼び声
授業中、先生の声が、まったく頭に入ってこなかった。
視線はノートに落ちているけれど、心の中では昨夜の彼女の声が反響している。
「……いつか、誰かが、私をわかってくれるんでしょうか」
あの小さな溜息混じりの呟きが、耳から離れない。
彼女がひとりの部屋で、誰にも気付かれずにそう吐き出している光景が、想像できてしまう。
胸がざわつく。苦しくて、どうにかしてやりたいのに、僕には画面の向こうへ手を伸ばす術がない。
昼休み、友達がふざけ合っている輪の中で、僕はスマホを握りしめていた。新しい通知は来ていない。彼女のチャンネルに更新もない。
それでも無意識に何度も画面を確認してしまう。
「……返信、してくれるだろうか」
コメント欄に残した僕の言葉。
――あんなこと、正直、少し恥ずかしい。けれど、本心だった。
本当に伝わってほしいと思ってしまった。
帰り道、街の雑踏の中を歩きながら、イヤホンを耳に差し込む。アーカイブを再生すると、すぐに彼女の声が世界を支配する。
人々の足音も、信号機の電子音も、すべて遠のいていく。
「……いつか、誰かが、私をわかってくれるんでしょうか」
その言葉が再生されるたびに、僕の鼓動は速くなる。
偶然だと分かっているのに――それでも、僕に呼びかけられたように感じてしまう。
「僕が……」
声にならない声が、唇から漏れる。
ポケットの中で、スマホが震えた。
反射的に取り出して確認する。通知欄の一番上に――彼女のアカウント名。
一瞬、心臓が跳ね上がる。
「……嘘だろ」
画面を開くと、そこには短い一文があった。
「ありがとう。あなたの言葉、少しだけ救われました。
もしよければ、直接……会って話してみたいですの。」
足が止まった。雑踏の中で立ち尽くし、息を呑む。
――彼女が、僕に? 本当に?
何度も画面をスクロールしては確認する。夢ではない。震える指で返信を打つ。
「もちろんです。いつでも、どこでも」
送信ボタンを押した瞬間、膝が崩れそうになる。
こんなことが起きていいのか。
画面の向こうの、遠い存在だったはずの人が、僕を選んだ。
ほどなくして、また通知が届く。
「では……明日の18:00に、新宿駅の東口で。」
世界がひとつの約束だけを中心に回り始める。
僕は、彼女に会う。
声の主に、画面の向こうの孤独に、初めて触れる。
――その事実だけで、胸が熱くなって、震えが止まらなかった。
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