第 4 話 運命の契約
「まほうつかいになるんだ!!それでいろいろなひとをたすけしていくんだ!!」
レオは意気込み拳を握る。そのはずみで抱いていた生き物が落ちた。生き物はレオを見上げ思案顔を浮かべるも、すぐに足元に視線を向けた。
——キュゥ——
生き物はひと鳴きしてレオに視線を向けさせ、身を翻して立ち去っていった。その美しい紅色の瞳が、一瞬レオを見つめ返したような気がした。
「バイバイ……またあおうね」
レオは生き物が消えていった場所に手を振りながら答えた。
「レオ、お前魔法使いになるとか言っていたな?」
腕を組んでいたシルクスはレオに呼びかける。
「うん!!きめたの。ぼく、まほうつかいになるんだ!」
レオは勢いよく振り返りシルクスを見る。その茶色の瞳に宿る決意の強さに、シルクスは内心驚いた。
「私はレオを気に入った。お前になら力を貸してもよい……ならば、お前が魔法使いになったあかつきには、私が専属精霊になってやろう……」
「せんぞくせいれい?よくわかんないや……まほうつかいになったらきてくれるの?」
「あぁ、お前が呼んでくれたら……」
「またあえる?」
「魔法使いになって私を呼んでくれれば、いつでも駆けつける……」
「やくそく?」
「あぁ……」
シルクスはそう答えるとレオに向き直り、片膝をついて精霊界では最高の礼の姿勢をとった。
「——我、ヴォーリア・ドリス・シルクスが古の理に基づき、レオ・ウィリアム・スパナと盟約する——」
「?なんていったの?よくききとれなかったよ?」
レオはシルクスの言葉を聞き取ることができなかった。
それは人々が進化していくうちに忘れられ、滅んだとされる精霊と人の確固たる盟約の言霊。
その盟約は幾千年、幾万年もたっても解消されることのない永遠という名の縛りだった。
普通の精霊はこの盟約は絶対に使わない……そこまで人間に従う義理が無いからもあるが、気まぐれで解消できないからもあるとかないとか……
「気にするな」
シルクスは徐に立ち上がり、口元を緩めた。レオは不服そうな顔をしながらシルクスを見ていた。
水の精霊王は人と初めて契約した。
その話は精霊界で大きく騒がれることになる。そんなことを露知らず、今も水の精霊王と契約するため奮闘する人間達は後を絶たないと聞く。
レオ・ウィリアム・スパナは後に「水精王の盟友」「永遠の契約者」として魔法史に刻まれ、後世に語り継がれることとなる。
水の精霊王ヴォーリア・ドリス・シルクスが人間と結んだ初めての永遠契約は、魔法界に激震をもたらした。何千年もの間、誰も成し遂げることができなかった偉業を成し遂げたのである。
魔法学院では「スパナの奇跡」として教科書に記載され、精霊召喚学の第一章で必ず語られる伝説となる。多くの魔法使いが水の精霊王との契約を夢見て挑戦し続けたが、レオ以外に成功した者は現れなかった。
「純真なる心こそが最強の魔法」——これはレオの功績を称える際に必ず引用される言葉である。計算や策略ではなく、ただ純粋に人を助けたいという想いが、最高位精霊の心を動かしたのだと。
また、「終焉の希望」という異名でも知られることになる。絶望に沈んでいた終焉の監視者に希望を与えた少年として、救済の象徴ともされている。後の世では、困難に直面した者たちが「スパナのように純粋な心で立ち向かえ」と励まし合うようになったという。
魔法使いギルドの本部には、レオと水の精霊王シルクスが契約を交わした泉の絵画が飾られ、多くの若き魔法使いたちの憧れの地となっている。その絵画の下には金文字でこう刻まれている。
『真の強さは魔力の大きさにあらず。純真なる心にこそ宿るものなり』
——レオ・ウィリアム・スパナ、永遠の契約者——
「ところでレオよ、だいぶ遅くなってしまってるのではないか?」
シルクスがレオに問いかけた。
「え?あぁ、ほんとだ!!もうこんなにおひさまがかたむいてる……たねうえることができなかった……」
レオは空を見上げ項垂れた。いつの間にか持っていたはずの種が行方知らずになっていたため、もっと落ち込んだ。
「まっいっか!……それよりもはやくかえんないと、おかーさんにおこられる……」
レオはコロッと表情を変え、母親の雷が怖いことに恐怖した。帰るという言葉に反応した隠れていた精霊達や妖精が集まり始めた。
「それがいい。レオ、気をつけて帰れよ?」
「おにーちゃんは?」
レオはシルクスの方を向き小首を傾げた。
「私は伸びてるこいつらを連れて行かなければならない……」
シルクスは後ろ指で精霊狩りの連中を指した。
「ふーん……そうなんだ……わかった。じゃぁ、またね」
レオは満面の笑みで精霊たちの作った道を走って消えていった。その後ろ姿が消えるまで見ていたシルクスは、当分は会えない主を目に焼き付けるかのように凝視していた。春の訪れを知らせるかのようにとても穏やかな表情だった。他の精霊王達がその表情を見たら『ありえない』と皆が皆同じ言葉を喋っただろう。
「……さて、こいつら人間共は精霊界でも問題視されていたな……見つけ次第息の根を止めても構わないと他の精霊奴らが言っていたな……」
シルクスは伸びている人間達に向き直り、冷徹な表情をした。次第にその表情は静かに緩み、冷笑を浮かべた。
「死など、生ぬるい……他の精霊奴らは一瞬で片をつけようとすぐに殺ってしまうが……死ほど楽なものはない……レオを攻撃したこと、レオを攫おうとしたこと、私を地面につけさせたこと……上げればキリがない。この世に産まれてきた事を後悔するがいい……」
その声はさっきまでレオと話していた声よりも一段と低いバリトンの利いた声だった。
「……おい」
シルクスは湖に視線を向けて呼ぶ。するとその声に反応するかのように、二つの波紋が立ち始めた。次第にその波紋は激しく波打ち、ボコボコと形を作っていく。そこには二匹の水龍が姿を現した。
「こいつら人間共を【深海の間】へ連れて行け。二度と地上に帰れないようにな……」
シルクスは水龍にそれだけを告げると身を翻し、視界から消えた。
水龍は伸びている人間に近づき、二人づつ丸呑みし、湖に潜っていった。
精霊界でよく聞く噂がある。
水の精霊王シルクスは冷徹、冷静、人に慰めの言葉を駆けることは疎か、逆にほじくり返し、けなし、ついでにと言わんばかりに大量の塩を塗り付け、悪魔よりも悪魔らしいと恐れおののかれていると……
しかし、今日レオと過ごした時間を思い返すと、その噂がいかに的外れかがわかる。あの純粋な笑顔、無邪気な言葉、そして自分への無条件の信頼。シルクスの胸に、これまで感じたことのない温かな感情が芽生えていた。
レオは精霊達の作った道を抜けると、大通りに立っていた。あたりをキョロキョロし場所を把握したレオは、自宅へと駆けていった。小さな体が一生懸命走る姿は、まるで希望そのものが駆け抜けていくようだった。
夕暮れの空が薄紅色に染まり、街の明かりがちらほらと灯り始める。レオの家からは夕食の準備をする香りが漂ってきており、母親が心配そうに外を見回している姿が窓辺に見えた。
「ただいまー!」
レオは元気よく家に飛び込んでいく。その日は一日の出来事があまりにも大きすぎて、普段なら祖父と長々と話をするレオも、疲れからか早めに就寝したのだった。
寝室では、窓から差し込む月明かりがレオの寝顔を優しく照らしている。その寝顔には、今日出会った人々への思いと、未来への大きな夢が宿っているかのようだった。
——ぼく、まほうつかいになるんだ——
夢の中でも、レオの決意は変わらない。水の精霊王シルクスとの約束、黄昏の監視者との出会い、そして自分なりに感じた正義感。すべてが三歳の少年の心に深く刻まれていた。
遠く離れた泉では、シルクスが月明かりの下で佇んでいた。レオとの契約を結んだ今、彼の心にも新たな感情が宿っている。何百年も生きてきた精霊王が、初めて「誰かを守りたい」と心から思った瞬間だった。
その時、泉の奥深く、石の中で眠りについたはずの黄昏の監視者が、ゆっくりと目を開いた。彼の手の中には、艶やかな茶色で、まるで小さな宝石のように光っている種があった。それは今日、レオが落としてしまった種——あの子が大切に握りしめていた、希望の象徴。
黄昏の監視者は静かに立ち上がり、月明かりが差し込む石の隙間から外へと歩み出た。銀色の月光が彼の黒い装束を照らし、神秘的な雰囲気を醸し出している。
彼は種を月明かりにかざした。すると種は内側から淡い光を放ち始め、まるで生命そのものが宿っているかのように温かく輝いた。月の光と種の光が重なり合い、幻想的な光の舞踏を夜空に描く。
——ぜぇったいにまほうつかいになるんだ——
あの純粋な声が、絶望に沈んでいた彼の心に一筋の光を灯していた。もしかすると、本当にあの子なら……という淡い希望が、彼の心に宿り始めていた。
「私は時が過ぎるのを気長に寝て待っているよ…」
シルクスの呟きは、夜風に運ばれて消えていく。しかし、その想いは確実にレオとの絆を深めていくのだった。
また別の場所では、転移魔法で逃げたヴォルディが悔しそうに舌打ちをしていた。
「あの子、絶対に手に入れてやる……」
その瞳には、まだレオへの執着が燃えている。今回は諦めたが、次はより周到に計画を練ってくるに違いない。
夜が更けていく中、それぞれの想いを胸に、レオ・ウィリアム・スパナという小さな少年を中心に、大いなる運命の歯車が回り始めたのである。
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