1-12 生きる理由をあたえて

「な、何やってんの!?」

「何って見ているだけだけど……」


先頭にいるのはリーリエだ。

手伝ってほしいところだけど、一人でやると宣言した以上は巻き込めない。


「イルミンこそ何してんの!?」

「クマのお腹を押そうと思ってる」

「自殺するってこと!?」

「そうじゃない!」


他にあの客を助ける方法はない。彼女達に今の状況をかいつまんで説明すると、全員がブンブンと首を横に振った。


「危ないって! イルミンなら何でもできるわけじゃないでしょ!」

「確かにそうだけど、あれをそのままにしておけない!」

「無理だよ! 大体、そんなことしたところで……」


そこでアニンが私の肩に手を置いた。


「そりゃあ、誰もやる気なんてわかねーぜ。クマの腹ん中にいるやつは産まれる前から死んでるんだし、死んでるんだから産まれたくねーのさ」

「哲学的な話をしてる場合じゃないんだけど」

「ちげーよ。たとえ無事に生まれたところで意味がねーって話だ。どうせ、すぐ天国か地獄に送り込まれるんだから」

「でも……」


そんなこと言ったら、私達が前世で生きている時だってそうだったはずだ。生まれてから死ぬまで何にも覚えてないけど、そのたった十数年が全部無駄だったなんてあるものか。


「何もしなかったら、何も始まらないんだ! ここにいる私達だって全員死んでるけど、今こうしてることがどんなにすごいことかわかるはずでしょ!」


そして、きっとそれが母グマの願いだ。


「私は一人でもやる」

「待って、イルミン」


もう一度クマの方へ歩こうとすると、リーリエに呼び止められた。


「そこまで言うなら、これ使って」


そう言って彼女はポケットから小さな小瓶を取り出した。


「何それ?」

「仮面の客が持ってた瓶。あの時、落としてったみたいで床に転がってたの」


受け取ると、水色の液体が中で波打った。

確か、鎮静剤になると言っていたはずだ。これを飲ませれば落ち着くかもしれない。どうやって飲ませるかが問題だけど……。


「ったく、仕方ねーな。こういう時、誰を頼るかはわかってんだろ?」

「アニン?」


アニンは再びピアノの方へ戻ると、鍵盤の蓋を開けた。長い金髪を手で流し、仕方ないとばかりに呆れた表情を浮かべる。


「力を貸してやるって言ってんだよ。イルミンができないことでもあたしならできるって、昨日聞いたばかりだぜ?」

「あれはただ、アニンをその気にさせたかっただけなんだよ!」

「ハッ! だとしても、あたしはピアノを好きに弾いてる時が一番生きてるって思えるのさ!」


流れるような手つきでピアノを弾き出すと、明るい曲が響き渡った。力強く、聞いているだけで心の底が熱くなってくる。


「胎教ってやつだ。腹ん中の引きこもりが気になって外に出てくるぜ」

「クマを眠らせるのが先じゃない?」

「でも、薬を飲ませるにも勇気がいるだろ?」


アニンの意図に気付くと、私は頷いて踵を返した。クマへと一直線に走ると、彼女は仰向けに倒れたまま体をジタバタさせている。

あまりにも巨大化し過ぎたせいで、昨夜のように身軽には動けないんだ。瓶の中身を口目掛けて入れようとするけど、顔を勢いよく左右に振るせいで狙いを定められない。


「そこをどいて、委員長!」


その時、突然横からモップの柄がクマの口に目掛けて下ろされた。クマはガシッと牙でつかむと、深々と食い込ませていく。見れば、隣にいたのは清掃係の一人だった。


「今だ! モップと口の隙間に薬を流し込んで!」

「助かる! でも、あなた達までなんで!?」

「知らないよ! 仲悪い二人が団結してるから、私もじっとしてられなくなっただけ!」


口の隙間に薬を流し込むと、クマがむせるように咳き込んだ。そのまま、ぐったりと体の動きが止まる。巨大な体を見やると、お腹の一部だけが膨れて動いていた。

あそこに赤ちゃんがいるんだ。


「体によじ登って――って、うわっ!」


お腹の上から手で押そうとするも、反発が強くて落ちそうになる。


「イルミン!」


すると、後ろからリーリエに支えられた。

振り向けば、続々とメイド達が駆け付けてくる。


「みんな!」

「これはどう見ても一人じゃ無理でしょ!」

「私達にも、もっと自由に羽目を外せる時間ちょうだいね!」


そう言って彼女達はクマの体を取り囲むと、お腹の下で暴れる赤ちゃんを押さえつけた。そのまま足の方へ押し出そうとすると、中の子が蹴り上げて抵抗しようとする。


「すごい力!」

「下から引っ張れない!?」

「押して押して、押しまくれ!」


本当なら絶対こんな産み方じゃないと思う。けれど、アニンが弾く曲に背中を押されながら、私達は力任せに押していった。気付けば汗だくで、クマの毛並みも滑るほどに濡れている。


「ウオオオン!」


一体どれだけの時間が立ったんだろう。クマが一際大きな咆哮を上げたと思った時、足の方から赤ん坊の泣き声がした。

ようやく産まれたんだ!

そう喜んだ瞬間、私は目の前が真っ白になった。

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