第3話 運命の森

ブワァァァン!!


城壁を軽々と飛び越えた航希の眼下に広がるのは青々とした森だった。

「うわあぁぁぁ!?」

エルミナの悲鳴が耳を刺す。航希も自分で驚いていた。何の躊躇もなく十メートル以上の跳躍をするとは――しかも少女を抱えたまま。


「大丈夫、僕に掴まってて!」

航希は両腕でエルミナをしっかりと抱きしめる。柔らかな感触と甘い香りが鼻孔をくすぐるが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。


ドサッ!


二人の体が地面に落ちた衝撃は予想以上に軽かった。航希の身体が無意識に受け身を取ったからだ。


「航希さん……すごいですね……」

エルミナが息を切らしながらも笑顔を見せた。その金色の瞳が夕暮れの森の中でキラキラと輝いている。


「とりあえず安全な場所を見つけないと」

航希は周囲を見回す。背丈ほどの草が茂る森の中は意外と視界が悪い。何かの獣の気配も感じる。


「あそこ……少し開けた場所があります」

エルミナが指差す先に小さな空き地があった。


---


「ふぅ……なんとか落ち着けるね」

小さな洞窟のような窪地に簡単な枯れ枝のバリケードを組み終えた航希が汗を拭った。

「君は火種持ってる?」

「はい!魔法で着火できます」

エルミナが手のひらを広げると小さな炎が灯った。


パチパチ……

焚き火の音が森の静寂を破る。温かい光が二人の顔を照らした。


「さて」

航希は膝を抱えて座り込む。「改めて聞くよ。君はなぜ深淵教団に狙われてるんだ?」


「私の能力のせいなんです……」

エルミナが燃える薪を見つめながら静かに話し始めた。

「私は『聖血の乙女』と呼ばれるハーエルフ族の最後の生き残りなんです。」

「聖血の乙女は……千年以上続くシルヴェル家の女性にのみ現れる特別な存在なんです」

エルミナが薪の爆ぜる音に合わせて話し始めた。

「私たちの血には『生命の精霊』が宿っていて……傷を癒したり病を治したりできるんです」

「それが治癒魔法ってやつか」

「はい。でも通常の魔法とは違って詠唱も魔力供給も必要ありません」

エルミナが右手を開く。すると淡い青白い光がゆらゆらと灯った。


「……触れただけで傷が塞がっていくんです」

航希は思わず目を見開いた。「つまり君の血は万能薬みたいなもの?」

「はい。だから深淵教団は……」彼女の声が急に沈んだ。「十年前のあの日……月のない夜でした」

彼女の金色の瞳が遠くを見るように細められた。

「教団は『神に近づく不死の秘法』を完成させるために……シルヴェル家に襲いかかったんです」

航希は思わず息を飲んだ。暖かいはずの焚き火の熱が急に感じられなくなる。

「父も母も……村も全てがなくなりました」

エルミナの声がかすれる。炎に照らされた頬を一筋の涙が伝った。

「わたしは幼すぎたから何もできず……ただ地下の隠し部屋で震えていただけで……」


航希は言葉を失った。目の前で泣く少女の姿と、どこか知らない記憶の断片が交錯する。

(あれは……確か真冬の夜だったか?誰かの叫び声が聞こえて、あれ?その後どうなったんだっけ?)


航希はエルミナの涙を見つめながら、断片的な記憶を探っていた。

(真冬の夜……吹雪の中で……誰かが倒れてて……)

「その時に……あなたが……」

エルミナが嗚咽混じりに続ける。「あの寒い森の中で……傷だらけの私を抱えて……」

「私を『助けてやる』って言ってくれたんです」

航希は思い出した。あの日の夜のことを。

「あぁ、あの日のことか。あんなの別にたいしたことないよ」

「なんか軽いですねぇ...。でも、航希さんは命の恩人であることに変わりはないですから!」

エルミナの目がきらきらと輝いていた。航希は思わず彼女の肩に手を置いた。

「えっと、そのぉ。……嬉しかったです」

そう言ってエルミナは太陽のように笑った。

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