第5話:パフェは芸術か、それとも…
その日のオープンカフェは、いつも以上に甘い香りで満ちていた。期間限定の「パフェフェア」が開催されており、ショーケースには色とりどりのパフェが並んでいる。イチゴとベリーの赤、マンゴーとオレンジの黄色、そして何よりも、透明なグラスに層をなす、パフェという名の小さな芸術作品が、光を放っていた。
その中でも、最も注目を集めていたのが、五層に積み重なった「五層パフェ」だった。
五虎退は、そのパフェの前に座り、まるで博物館の展示物を見るかのように、静かに見つめていた。一番下の層には、透明なゼリーに閉じ込められたフルーツが輝き、その上には白いヨーグルト、そして、フレッシュなクリームとアイスクリーム、最後に、てっぺんに真っ赤なさくらんぼが飾られていた。
「…このパフェは、まるで一つの物語ですね。一番下の層から、少しずつ読み進めるように、上から丁寧に味わわなければ…」
五虎退は、小さな声で呟き、スプーンをそっと持った。彼女にとって、このパフェは、職人が細部にまでこだわって作り上げた、一つの詩のようなものだった。
しかし、彼女の隣に座る虎御前は、その言葉に眉をひそめていた。
「物語?そんなの知らないよ!一番美味しいのはアイスに決まってるじゃん!下から攻めて、まずアイスを食べるのが一番効率的で美味しいんだ!それが私の道!」
虎御前は、五虎退とは対照的に、パフェの底からスプーンを突き刺そうと、すでに構えていた。彼女にとって、パフェとは、最も美味しい部分を、最も早く、最も効率的に食べるためのものだった。
二人の間に挟まれるように座っていた秋田藤四郎は、二人の議論など、全く耳に入っていなかった。彼の目は、ただ目の前のパフェの可愛さに釘付けだった。パフェのグラスに描かれた小さなウサギの絵、てっぺんに乗った、まるで宝石のようなさくらんぼ。彼にとって、このパフェは、ただただ愛おしい存在だった。
五虎退の思考は、すでにパフェの枠を飛び越えていた。
「虎御前さん。このパフェは、ただの食べ物ではありません。一番下のゼリーは、このパフェの序章。その上にあるヨーグルトは、物語の起承転結における『起』。そして、クリームとアイスは物語の『承』であり『転』。最後にこのさくらんぼが、物語の『結』です。上から順に食べることで、このパフェ職人さんの紡いだ物語を、完璧に追体験できるんです。下から食べるなんて、物語の結末から読み始めるのと同じこと…そんな野蛮な行為、許されるはずがありません!」
虎御前の思考も、負けじと暴走する。
「物語?そんなのどうでもいい!このパフェは、お腹を空かせた私を、美味しいもので満たすために存在している!一番美味しい部分を、一番早く、一番効率的に食べるのが、食べる者の義務だ!秋田だってそう思うでしょ!?」
二人のパフェ論争は、テーブルの上で火花を散らし始めた。
秋田藤四郎は、二人の言葉が全く理解できなかった。
*(思考:パフェ、可愛い…このさくらんぼ、キラキラしてる。なんだか、おもちゃみたいだなあ。そうだ、このパフェの物語、僕が考える。さくらんぼは、このパフェの国の王子様かな。それとも、魔女の呪いで閉じ込められたお姫様かな…)*
彼の思考は、ひたすらパフェと、その可愛さに支配されていた。
五虎退が、パフェのてっぺんに向かって、スプーンをゆっくりと下ろそうとした瞬間、虎御前がそれを手で制した。
「待って!そのパフェは、私が一番に美味しく食べると決めた!私が正しいことを証明して見せましょう!」
虎御前がそう言うと、静かに刀を顕現させた。その刀身からは、一切の迷いのない、純粋な食欲が感じられる。五虎退もまた、ゆったりと刀を顕現させる。その刀は、まるでパフェのガラスのように繊細な光を放ち、その動きは、パフェを壊さないよう、極めて慎重だった。
ガキンッ!
パフェの哲学をかけた剣戟が始まった。
虎御前の斬撃は、一直線で、鋭く、速い。その動きは、まるでパフェの底に到達するためだけに特化されたかのように、五虎退を避けて、一直線にグラスを狙う。
ザンッ!
虎御前の斬撃が、カフェのテーブルを両断する。しかし、その刃がパフェに届くことはなかった。五虎退は、ゆったりとした動きで、その斬撃を華麗にかわしていく。彼の刀は、一筆書きのように滑らかな軌道を描き、虎御前の力任せな攻撃を、まるで柳に風と受け流していた。
「ふむ、よい斬撃です。ですが、それではパフェの真の物語は見いだせませんよ」
「うるさい!私は、この一撃でパフェの美味しさを証明するんだ!」
二人のバトルの余波は、周囲に激しい影響を与えた。虎御前の放った衝撃波で、カフェの窓ガラスが木っ端微塵に砕け散る。その破片が、朝日に照らされてダイヤモンドのようにきらめいた。五虎退が刀を振るうたびに、優雅な刃風が、周囲の客が残した新聞を舞い上がらせ、まるで紙吹雪のようだった。
フルーツが宙を飛び、クリームが弾け飛ぶ。甘い香りが、刀が擦れ合う金属音と混ざり合い、奇妙なハーモニーを奏でた。秋田藤四郎は、そんな光景を呆然と見つめていた。
*(思考:パフェ、ばらばらになっちゃった…でも、さくらんぼは無事だ。よかった。王子様、ちゃんといるんだ。あのお姫様も、無事かな…)*
彼の思考は、ひたすらパフェと、その可愛さに支配されていた。
バトルは最高潮に達した。
虎御前が、これまでの斬撃をすべて統合したかのような、完璧な一撃を放つ。その刀は、雷鳴のような轟音と共に、五虎退に向かって一直線に伸びていった。
ゴオォォン!
五虎退は、その一撃を正面から受け止める。二人の力がぶつかり合い、カフェ全体が激しく揺れ動く。その衝撃で、テーブルの上に残されていた、パフェのてっぺんに乗っていたさくらんぼが、ふわふわと宙を舞った。
そして、そのさくらんぼが、秋田藤四郎の目の前に落ちてきた。
虎御前と五虎退は、勝負の決着に集中していた。互いの額から汗が流れ落ち、刀を握る手に力がこもる。
その時、秋田藤四郎が、ふわりと舞い降りてきたさくらんぼを、静かに手に取った。
そして、パクリと一口、口に運んだ。
「…あ、おいしい。よかった。お姫様、無事だった」
二人は、その声にハッとして動きを止める。
秋田藤四郎は、さくらんぼを完食し、二人に満面の笑みを向けた。
「…あ、ごめん。食べちゃった」
その言葉に、五虎退と虎御前は同時に、刀を地面に落とした。全ての哲学と、すべての努力が、一瞬で無に帰した。
「今かよ!」
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