第4話

 翌日、レイは親友のジンに呼び出され、下層ストレイの外れにある、廃棄された立体駐車場の屋上にいた。金網の向こうには、ゴミゴミとした俺たちの街と、その先にかすんで見える上層セレスティアルの巨大なタワー。昔から、ジンと二人でよくここでサボったり、くだらない話をしたりした場所だった。


「見たか、昨日のニュース!」

 フェンスに寄りかかりながら、ジンが興奮した声で言った。彼の瞳は、この街の他の奴らとは違い、いつもギラギラとした光を宿している。

「C.M.社の感情データ輸送ラインが、またやられたらしい。自由感情戦線の仕業だ。最高にクールだろ?」

「……そうだな」

 俺は、気の無い返事をした。レジスタンスの英雄譚なんて、今の俺には遠い世界の出来事だ。

「なんだよ、その気のねえ返事。お前だって、あんなクソみたいな会社、なくなっちまえばいいって思ってるだろ?」

「別に。どうでもいい」

「はあ? どうでもいいって、お前……」

 ジンは、心底信じられないという顔で俺を見た。「俺たちは、家畜みたいに心を刈り取られて生きてるんだぞ。黙って搾取されてるだけでいいのかよ!」

「うるさいな。俺は、そんな高尚なこと考えてる暇はねえんだよ」

 俺は吐き捨てるように言った。

「俺が考えてるのは、今日の飯と、来週のマナの薬代だけだ。革命ごっこで、腹は膨れない」


 その言葉に、ジンは一瞬、押し黙った。マナの名前を出されると、彼も強くは言えない。だが、すぐに彼は、何かを決意したように、まっすぐに俺を見つめた。

「……だからだよ、レイ。マナちゃんのためにも、世界を変えなきゃ、何も解決しねえんだ。いつまで、お前は自分を犠牲にし続けるつもりだ?」

「俺の勝手だろ」

「勝手じゃねえ! ミオだって、泣きそうな顔で心配してたぞ。お前、最近おかしいって。カイトの店で、ヤバい取引してるって噂も聞いた。上の世界の誰かに、目をつけられてるんだろ?」

 ジンの言葉が、棘のように突き刺さる。ミオも、ジンも、俺のことを心配してくれている。分かっている。分かっているからこそ、苛立ちが募った。

「お前に、俺の何が分かるんだよ」

「分かろうとしてるんだろ!」

 ジンが、俺の胸ぐらを掴んだ。彼の瞳が、怒りと、悲しみで揺れていた。

「俺たちは、ずっと二人でやってきたじゃねえか。なのに、お前は一人で全部背負い込んで……! 俺にも、背負わせろよ。友達だろ!」


 その熱い言葉に、俺は何も答えられなかった。

 ジンは正しい。こいつの言っていることは、全部正しいんだ。でも、俺はもう、こいつと同じ道は歩けない。マナを救うためなら、俺はこの魂を悪魔にだって売ると決めたんだ。理想だけじゃ、妹の命は救えない。

 俺は、ジンの手を、静かに振り払った。

「……もう、帰る」

「レイ!」

 背後でジンが叫ぶ声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。


 夕暮れの赤い光が、巨大なタワーを黒いシルエットに染め上げていた。

 ミオの優しさも、ジンの熱さも、今の俺には眩しすぎる。俺はもう、あいつらと同じ場所にはいられない。

 ポケットの中の、空になった薬のケースを握りしめる。次の取引では、何を売ればいい?

 孤独感が、鉛のように心を重くしていく。

 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。

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