第16話 死神から逃げてきた探索者、発見じゃ!


「こっちじゃ、ミオリ殿!」

「リューちゃん、走るの速すぎよ!」


 ミオリを置いてきぼりにしないようにしつつ、出来るだけ急いで気配を感じとった方へと走る。下層らしく、迷宮の壁はそこかしこが崩れ、魔物の爪痕や血の跡が目立つ。


「ボス……ボスボス、ロウジの兄貴……! 俺が助けねぇと、ならねぇのに!」


 息を切らしながら、こっちに駆けてくる人影があった。駆ける、といっても、よろめきながら壁にぶつかり、もつれる脚で何とか前へと進んでいるだけだ。


 通路幅ぎりぎりの巨大な蜘蛛の魔物が一体、身体を通路にぶつけながらも男を追いかけてきていた。

 身体は黒く光り、鋼鉄のように硬く、刃物のような足の切っ先を突き立てようと、何度も男のすぐ近くの地面を抉っていた。


 男がたった今、その餌食にならなかったのは、たまたま男の足がもつれ、身体が傾いたおかげだったように見えた。


「リューちゃん、アイアンスパイダーよ! あの人を助けなきゃ!」

「むぅ……咆哮を使っては、あやつを巻き込んでしまうのう。ミサイルでいくぞよ!」

「ミサイル!? レーザーだけじゃなくてそんなのも使えたの!?」


 屈伸するようにかがみ込み、しっかりと狙いを定める。


〈龍神ミサイルきた!〉

〈発射五秒前……〉

〈5……4……3……2……1……〉


「発射じゃ!」


〈発射!〉

〈行けリューちゃん!!!〉


 違法探索者に使った時のような手加減はいらない。脚と頭に気を集中させて、勢いよく飛び出す。


 ぎゅん、と空気を切り裂きながら、自分自身の小さな身体がミサイルのように迷宮を跳んでいく。真っ直ぐ飛んでいく中、男と一瞬目が合い、驚愕の表情を浮かべていたのが少し面白かった。


 そこからコンマ何秒も立たずに、ゴォン、と物凄い音を立てて、短い角がアイアンスパイダーの脳天に直撃した。アイアンスパイダーは鉄のように硬いが、痛みはない。


 アイアンスパイダーは勢いよく吹っ飛び、ダンジョンの壁や床を引っ掻きながら、火花を立てながら嫌な音をまき散らした。


〈直撃だぁ!〉

〈どっちも痛そう……〉


「ミオリ殿!」


 そのまま間髪置かずに、すぅ、と空気を肺いっぱいに吸い込む。


「任せて!」


 ミオリは素早く男の前に出て、盾を構える。おかげで後ろに突風や破片が飛ぶ心配はしなくていい。


 吹っ飛んで、よろめきながら立ち上がろうとしている、漆黒の巨大蜘蛛。その身体に狙いを定めて……咆哮。


「はぁっ!」


 ギィン、と光線が走り、アイアンスパイダーの中心を貫いた。


 内側に向かって吸い込まれるように溶融し、アイアンスパイダーの身体が爆発するように燃焼し、ついにバラバラになった。


〈これがフルパワーか……? やべぇ〉

〈いや、別チャンネルで見たやつより手加減してる、と思う〉


 火花が舞い散り、薄暗かったダンジョンの中を赤く照らす。


 振り返ると、どこか誇らしげな顔のミオリと、呆然とした表情の男が突っ立っていた。


「一丁上がりじゃ!」

「すごいわリューちゃん! ゴーレムの時と同じ光線ね!」

「お……おい。今のは一体……?」

「お主、無事じゃったか? 一人きりで一体、何をしておる?」

「あ……そ、そうだ、聞いてくれ! 俺のボスが!」


 その男……高坂ギンというB級探索者は、焦りながらも、何があったのか話してくれた。

 他のパーティメンバー、なんとS級探索者達とともにこのダンジョンの奥深くへと潜っていたらしい。しかしパーティは壊滅し、彼はそのボスとやらに逃がされた、と。


「死神のような魔物……『デス』とな。聞いたことが無いのう」

「S級探索者が苦戦するなんて、とんでもない奴なんじゃないの?」

「な、なあ。ちびっこ。お前嘘みてぇに強いんだな。信じられねぇけどよ。でもこの目で見たから信じるぜ。だから頼む! この通りだ!」


 ギンはその場にうずくまり、額を地面にこすり付けるようにして、突然土下座した。


「ボスは……ロウジの兄貴は、今もアイツと戦ってるはずだ! 力を貸してやっちゃくんねぇだろうか! 礼は必ずする! 俺にできることは何だってする! だから、頼む!」

「おおおい、落ち着くのじゃ! 顔を上げるのじゃ!」

「いいや、上げねぇ! うんと言ってもらえるまでは、決してやめねぇ!」


 無理やり引き起こそうとしても、ギンは頑として顔を上げなかった。


 S級探索者が苦戦するほどの相手。この龍神の身体は確かに強力だが、そいつに勝てるかどうかは未知数だ。それに、地道にここまで進んできたわけではなく、罠で転送されてしまったわけだし、何よりミオリを地上に送り届けなければならない。


「そうもいかんのじゃ。わらわ達は、事故でここまで来てしまったのじゃ。ミオリ殿と共に地上に帰る術を探しておったところなのじゃ……」

「……そうか! 帰還石ならあるぜ! ここに二つ!」

「なんと……」


 ロウジはポーチから仄かに光る帰還石を二つ取り出した。


「さっき倒した敵から手に入れたんだ。でもずっと敵に追いかけられててよ……使う隙が無かったんだ……」


 これでこの場にある帰還石は二つ。だがここに居るのは自分とミオリ、ロウジの三人だ。


「二つかぁ。困ったわね」

「俺の分はいらねぇ。もしボスに力を貸してくれるなら、その後は二人で使ってくれ! ボスは今もあいつと戦ってるはずなんだ。ちょっと力を貸してくれれば、何とかなるんだ。な? 悪くない条件だろ?」


 今は何としてもミオリを地上へ返してあげたい。自分が使うかはさておき、この場で一つでも帰還石が手に入るなら、確かにいい条件といえるだろう。


「そうじゃのう。その条件、乗った!」

「ちょっとリューちゃん! 本当にいいの? この階層には、さっきのアイアンスパイダーみたいなのがいっぱいいて……その上わけのわからない『デス』とかいう魔物と戦わなきゃいけないのよ?」

「ミオリ殿も、わらわの力は知っておるじゃろう。それに、何も敵を倒さなければならないわけではないのじゃ。ギン殿のボスが撤退できる時間を稼ぐだけなら、何とかなるじゃろ」

「うーん……確かにリューちゃんならできるかもしれないけどさ……」


 ミオリはまだ不安そうだったが、ギンはこっちの気が変わると困ると考えたのか、帰還石を二つ、素早く差し出してきた。


「ほら、受け取ってくれ! これで契約成立だ!」


 さっきミオリが言った通り、探索者の生死は自己責任。どんなに親しくなった人でも、危険な場面では自分の命を第一に。それが、探索者の鉄則だ。

 この場で帰還石を取られて約束を守ってもらえない、なんて可能性もあるのに、素直に石を差し出してしまうあたり、ギンもなかなかお人よしの部類なのかもしれない。あるいは、それだけ切羽詰まっているということだろう。


「確かに受け取った。お主に力を貸すと約束しよう!」


 ギンから帰還石を受け取ったその時。


 少しだけ希望に満ちたギンのその顔が、一瞬にして絶望的な表情に変わった。石にでもなったかのように、硬直したまま、身じろぎ一つしなかった。


「嘘……だろ」

「……ん? どうしたのじゃ?」

「リュー……ちゃん……アレ……」


 ギンが見ているのと同じ方向を、震えるミオリの指が指し示した。


「何……? 何なの、この寒気。真っ暗闇に閉じ込められたみたいに、理由も無く、怖い……」


 ミオリは寒さに震えるように、自らの腕を抱いた。


 何も感じないが……?

 後ろを振り返ると、薄暗い通路の奥に、それは立っていた。


 容易に人の首を落とせそうなほど巨大な鎌を持った、夜闇のように黒いローブの魔物だった。

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龍神様の信仰集めダンジョン攻略配信。 八塚みりん @rinmi-yatsuka

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