第2話 アルフ、ドライアドと出会う
屋敷の執務室。
埃をかぶった机や棚の中を整理していると、アルフは一冊の古びた本を見つけた。
本棚の奥に隠れるように置かれていたそれを取り出すと、中から一枚の地図が滑り落ちる。
「……これは、村と周辺の地図か」
広げてみると、村の東側には広大な森が描かれ、そのさらに奥に一本の青い線――川があった。
アルフは地図を手に立ち上がる。
「よし、行ってみよう。あの川まで行けば水が手に入る」
「待ってください、アルフ様!」
シーナが慌てて立ちふさがる。
「森の中は危険です。それに……獣や魔物が出るかもしれません」
「でも、このままじゃ水がない。水がなければ、僕たちも困るだろう?」
言い返すと、シーナは唇を噛んだ後、諦めたように頷いた。
「……分かりました。なら私も行きます。二人のほうが安全ですから」
こうして二人は、森へと足を踏み入れた。
森の中は薄暗く、木々は乾ききった葉を垂らしている。
小鳥の鳴き声すらなく、ただ風が枝を揺らす音だけが響いていた。
どれほど歩いただろうか。
ふとシーナが足を止め、木の根元を指さした。
「アルフ様……あそこ」
そこには、一人の少女がぐったりと倒れていた。
緑がかった長い髪、木の葉のような薄衣。
アルフは急いで駆け寄り、腕や足を確かめる。
「外傷は……ないな」
「でも、どうしてこんな場所に……」
シーナが息を呑み、低く囁く。
「この子……ドライアド様では?」
アルフは目を見開いた。森を司る大精霊――その名は伝承でしか聞いたことがない。
「……試してみよう」
アルフは少女の手を取り、ゆっくりと魔力を送り込んだ。
淡い緑の光が、少女の体を優しく包み込む。
その光は地面を伝い、周囲の木々へと広がっていった。
枯れかけていた葉にみずみずしい色が戻り、枝先に小さな芽が顔を出す。
森の空気は柔らかく、どこか温かくなった。
しばらくすると少女の頬にわずかな赤みが差し、閉じられていた瞼がゆっくりと震えた。
「……ん……」
かすかな吐息とともに、瞳が開かれる。
その瞳は、深い森を思わせる澄んだ緑色をしていた。
「……あなたは?」
「俺はアルフレート・マグナ。この村……いや、この領地を任された者だ」
アルフは短く名乗り、隣に立つ少女を示す。
「こっちはシーナ。幼い頃からずっと俺を支えてくれている」
シーナは優雅に一礼し、微笑んだ。
少女は二人を見つめ、両手を胸の前で組んだ。
「助けていただき、心から感謝いたします」
その声音は涼やかで、森を吹き抜ける風のようだった。
「私はノンナ。この森を守ってきたドライアドです」
その言葉に、シーナが小さく息を呑む。
「やっぱり……本物のドライアド様……」
アルフは木の幹に寄りかかるノンナを見やり、問いかけた。
「どうしてこんな所で倒れていたんだ?」
ノンナは森の奥に目を向け、静かに語り始めた。
「ここ数ヶ月、雨がほとんど降らず、川の水も細くなっていきました。森の木々は水を求めて弱り、私も力を削られて……やがて動けなくなってしまったのです」
ふと、ノンナの視線がアルフに戻る。
「ですが……あなたたちはなぜこの森に? ここは、領主から見捨てられた地のはず」
アルフは少し口を閉ざしたが、やがて正直に話した。
「俺は緑魔法の使いだ。それを理由に、父――辺境伯に失望され、この領地を押しつけられた」
その瞬間、ノンナの瞳が鋭く光った。
「緑を侮るとは……なんと愚かな」
彼女の周囲の枝葉がざわざわと揺れ、さっきまで沈んでいた森がざわめきで満ちた。
シーナが慌てて口を開きかけたが、アルフが軽く首を振った。
「……落ち着いてくれ。今は怒っている場合じゃない。この地を立て直すことが先だ」
ノンナはしばしアルフを見つめ、それからゆっくりと息を吐いた。
「……分かりました。あなたの目には、この地を捨てない意志がある。助けてもらった恩もあります。私も力を貸しましょう」
「本当にいいのか?」
「ええ。この森と水を取り戻すことは、私の願いでもありますから」
アルフは頷き、心からの感謝を口にした。
「ありがとう、ノンナ」
三人が村へ向けて歩き出すと、森の奥から小鳥の声が響いた。
それは、ずっと途絶えていたはずの命の歌だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます