第6話:二人だけの秘密の実験

次に、消しゴムやコップ、スマートフォンのケースなど、様々な材質のものを複製していった。プラスチック、ゴム、ガラス、金属――どれも問題なく複製できた。


「材質による制限はなさそうだな」


「そうですね。でも、気になることがあります」


美琴がペンを置いて、悠真を見つめた。


「何か気づいたことでも?」


「いえ、ただ……普通、スキルを使うと疲れたりするじゃないですか。でも悠真さん、全然疲れてないみたいで」


言われてみれば、確かにその通りだった。通常、スキルや魔法を使用すると、多少なりとも魔力や体力を消費する。しかし、「無限複製」を何度使っても、悠真は全く疲労を感じなかった。


「本当だ。全然疲れてない」


「不思議ですね。まるで呼吸するみたいに自然に使えてます」


「これも『無限』の名前の由来なのかな。無限に使えるって意味で」


「かもしれませんね。じゃあ、次は植物なんてどうでしょうか」


美琴が窓際の観葉植物を指差した。小さなサボテンの鉢植えだ。


「そのサボテン、去年私があげたものですよね」


「ああ、ちゃんと育ててるよ。2週間に1回くらい水やりしてる」


「ちゃんと世話してくれてて嬉しいです」


悠真はサボテンの前でスキルを発動させた。しかし、光は出たものの、何も起こらない。サボテンは複製されなかった。


「やっぱり生物は無理みたいですね」


「まあ、生命を複製できたら、それこそ大変なことになるからな」


次に、より複雑な機械の複製を試みることにした。悠真が自分のスマートフォンを取り出す。


「スマホも複製できるかな」


「データとか大丈夫でしょうか……」


「まあ、自分のだし、問題ないだろう」


悠真はテーブルにスマートフォンを置き、慎重にスキルを発動させた。


「『無限複製』」


スキルを発動させると、スマートフォンの隣に全く同じものが現れた。見た目は完璧なコピーだ。ケースの小さな傷まで再現されている。


恐る恐る電源ボタンを押すと、問題なく起動した。


「すごい……ロック画面も同じです」


ロック画面には、悠真が設定していたデフォルトの壁紙が表示されていた。


「パスコード入れてみよう」


悠真がパスコードを入力すると、ホーム画面が表示された。アプリの配置も、壁紙も、全て同じだった。


写真フォルダを開いてみると、保存されている写真も完全に同一。連絡先、メッセージの履歴、全てが複製されている。


「これは……複雑な電子機器も完璧に複製できるんですね」


「ああ。データまで完全にコピーされるとは思わなかった」


悠真は複製されたスマートフォンを手に取り、しばらく操作していたが、やがて考え込んだ。


「これ、どうしよう。俺のスマホが2台あるのも変だし」


「初期化しちゃいましょうか」


「そうだな。それがいいか」


結局、複製品のスマートフォンは初期化することにした。これなら誰かに渡っても問題ない。


 ◇ ◇ ◇


基本的な検証を終えた後、美琴が新たな提案をした。


「悠真さん、距離の限界も調べてみませんか?」


「距離?」


「はい。今は目の前のものを複製してますけど、離れた場所のものも複製できるのかなって」


「なるほど、確かに気になるな」


まず、部屋の端と端で試してみることにした。悠真がリビングの窓際に立ち、美琴がキッチンの入口に消しゴムを置く。距離は約4メートル。


「見えてますか?」


「ああ、大丈夫」


悠真はスキルを発動させた。光が走り、キッチン入口の消しゴムの隣に、同じものが現れた。


「できました!」


「よし、じゃあもっと離れてみよう」


次に、ベランダに洗濯バサミを置いて、部屋の中から複製を試みた。ガラス越しに洗濯バサミは見えている。


「『無限複製』」


スキルが発動し、ベランダの洗濯バサミの隣に、同じものが現れた。


「ガラス越しでも大丈夫なんだ」


「じゃあ、もっと離れた場所でも試してみましょう」


二人はアパートの屋上に上がることにした。エレベーターはないので、4階まで階段を上る。途中、同じアパートの住人と一人すれ違った。


屋上への扉は普段は施錠されているが、住人は合鍵を管理人からもらえる。悠真も美琴も、以前アパートの住人たちとバーベキューをした時に利用したことがあった。


「わあ、いい天気」


屋上に出ると、美琴が大きく伸びをした。確かに、雲一つない青空が広がっている。朝の爽やかな風が吹き抜けていく。


屋上には小さなベンチや花壇が設置されていた。管理人の趣味らしく、花壇には色とりどりの花が咲いている。


「じゃあ、端と端で試してみようか」


美琴が屋上の北端に向かい、悠真は南端に位置取った。距離は約20メートル。美琴が水筒を地面に置き、大きく手を振った。


「準備できましたー!」


水筒は小さく見えるが、朝日を反射してキラキラと光っているため、はっきりと視認できる。


「いくよー!」


悠真も手を振り返してから、スキルを発動させた。


「『無限複製』」


光が走り、遠くで美琴が歓声を上げた。両手を大きく振りながら、こちらに向かって走ってくる。


「できました! 水筒の隣に同じのが出現しました!」


「やった! 結構離れてても大丈夫なんだな」


美琴が戻ってきて、二つの水筒を持ってきた。どちらも全く同じ、ピンク色の可愛らしいデザインだった。


「こんなに離れてても複製できるなんて、すごいです」


「もっと遠くでもいけるかもしれない。今度機会があったら試してみよう」


 ◇ ◇ ◇


部屋に戻った二人は、これまでの検証結果をまとめた。美琴のノートには、几帳面な字で実験の詳細が記録されている。


「分かったことを整理すると」


と美琴がメモを取りながら言う。


「まず、無機物なら材質を問わず複製可能。生物は不可。複製品は対象の隣に出現する。視認できれば距離は関係ない。そして、複製品からも更に複製が可能」


「あと、使っても全く疲れないのも特徴だな」


「そうでした。魔力も体力も消費しない。本当に『無限』に使えるスキルなんですね」


悠真は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。


「こうして見ると、かなり使い勝手の良いスキルだな」


「本当ですね。理論上は無限に増やせるわけですから」


「ただ、使い方を間違えると大変なことになりそうだ」


「そうですね……悪用しようと思えばいくらでも」


二人は顔を見合わせた。確かに、このスキルには危険な側面もある。


時計を見ると、もうすぐ正午だった。朝から実験に熱中していて、時間が経つのを忘れていた。


「お腹すいてきましたね」


「そうだな。美琴、今日の昼食は?」


「オムライスを作ろうと思ってます。材料も持ってきてるので」


美琴が立ち上がり、キッチンに向かった。悠真も手伝おうとしたが、美琴に止められた。


「悠真さんは座ってて下さい。スキルの実験で疲れてるでしょう?」


「でも……」


「いいんです。料理してる時間が好きなので」


美琴はそう言って微笑んだ。その笑顔に、悠真は素直に従うことにした。

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