第5話:フレンチトーストと無限の力
2024年6月2日、日曜日。朝8時。
昨日と同じように、控えめなノックの音で悠真は目を覚ました。ぐっすり眠れたおかげで、頭はすっきりしている。昨日はいろいろ大変だったが、悠真は昔から、どんな状況でもよく眠れるタイプだった。
「悠真さん、起きてますか?」
「ああ、起きてるよ」
パジャマのまま玄関に向かい、ドアを開ける。そこには、いつものようにエプロン姿の美琴が立っていた。手にはバスケットを提げている。髪は丁寧にまとめられ、薄く化粧もしているようだった。
「おはようございます。今日も朝ごはん作ってきました」
「おはよう、美琴。いつもありがとう」
部屋に招き入れると、美琴は慣れた手つきで食器を並べ始めた。今日の朝食は洋風で、フレンチトーストにスクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコン、そして彩り豊かなサラダが用意されていた。
「昨日は大変でしたね」
そう言いながら、美琴はコーヒーを注いでくれた。香ばしい香りが部屋中に広がる。
「本当に。まさか10階層でミノタウロスに遭遇するなんて」
「剣も折れちゃいましたし……でも、無事で本当に良かったです」
二人はテーブルを挟んで座り、朝食を食べ始めた。フレンチトーストは、ほんのりシナモンが香って美味しい。卵液がしっかり染み込んでいて、外はカリッと、中はふんわりとした食感だった。
「実は私、昨夜は少し寝不足で……昨日はいろいろありましたから、なかなか眠れなくて。悠真さんはどうでしたか?」
「いや、普通に爆睡したよ。考えても仕方ないし」
美琴は少し呆れたような顔をした。
「相変わらずマイペースですね」
「まあね。でも、『無限複製』のスキルにはすごく興味あるから、色々試してみたいな」
「私も手伝います。まずは何から始めますか?」
美琴が首を傾げながら尋ねる。その仕草は高校時代から変わらない。
「そうだな……まずは身近な小物から試してみようか。いきなり大きなものや危険なものを複製するのは避けた方がいいだろうし」
「確かにそうですね。じゃあ、このペンとか消しゴムとかから始めてみましょうか」
「いいアイデアだ」
◇ ◇ ◇
朝食を片付けた後、二人はリビングのテーブルに向かい合って座った。美琴は几帳面にノートとペンを用意し、実験結果を記録する準備を整えている。
テーブルの上には、ペン、消しゴム、コップ、スプーン、ティッシュの箱など、身近な小物が並べられている。
「じゃあ、まずはこのペンから」
悠真は黒いボールペンを手に取り、テーブルの中央に置いた。このペンは100円ショップで買った安物だが、書き味は悪くない。
昨日、隠し部屋でスキルストーンを使った時のことを思い出す。あの七色の光に包まれた瞬間、体の奥底に新しい力が宿ったのを感じた。今もその力は確かに存在している。
意識を集中させ、ペンを見つめる。すると、自然に言葉が口から出た。
「『無限複製』」
小さく呟くと、悠真の体から淡い七色の光が放たれた。その光がペンを包み込み、次の瞬間――
「あっ!」
美琴が小さく声を上げた。ペンの隣に、全く同じペンが現れたのだ。まるで手品のように、何もなかった空間に突然ペンが出現した。
「すごい……本当に複製された」
悠真は慎重に2本のペンを手に取った。重さ、質感、細部のデザインまで、完全に同一だった。キャップを外してみると、中のインクの量まで同じように見える。
試しに両方で紙に字を書いてみた。インクの濃さも書き味も全く同じだ。
「美琴、これ見分けつく?」
「えーと……」
美琴は2本のペンをじっくりと観察した。一本ずつ手に取り、重さを確かめ、光に透かしてみる。さらにスマートフォンの拡大鏡機能を使って細部まで確認したが、違いは見つからない。
「全く同じですね。どっちがオリジナルか分からなくなりそうです」
「本当だな」
「悠真さん、もう一度ペンを複製してみてください。今度は適当にどれか1本を選んで」
「分かった」
悠真は2本のペンから1本を選び、スキルを発動させた。すると、選んだペンの隣に3本目が現れた。
「なるほど。複製する対象の隣に出現するんですね。でも、どれがオリジナルかは、もう分からなくなっちゃいました」
「確かに。全く同じものだから、複製した時点で区別はつかないな」
「では、複製品から更に複製はできるんでしょうか?」
今度は2本目のペン(複製品)を少し離れた場所に置き、それに対してスキルを使ってみた。
「『無限複製』」
光が複製品を包み、その隣に4本目のペンが現れた。
「できた! 複製品からも複製できるんだ」
試しに、4本目から5本目、5本目から6本目と続けて複製していく。どれも問題なく複製でき、品質の劣化も見られなかった。
「これは便利だな。複製品の品質が劣化することもないし」
「無限に増やせるということですね。まさに『無限複製』という名前通りです」
美琴がノートに実験結果を書き込んでいく。ペンを走らせる手つきは軽やかで、楽しそうに記録を取っていた。
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